心の内側
背筋を伸ばし、胸を張り、真っ直ぐに見つめ、僕に言い放った。
「でも分かろうとする事は出来る」
僕は、この言葉にとても救われたんだ。
・・・
季節は秋、彼女の地元へ行ってからしばらくたった頃だった。
今でも僕はあの時のよくわからない気持ちを消化出来ずにいる。
他の人なら気にしない事なのだろうか?所謂世間一般では極々当たり前の事なのだろうか?
あれからの彼女は隣にいても見えない壁があるようで、磨り硝子の向こう側にいるようだった。
ただこれは僕の感じ方がそうなだけであって、実は何も変わっていないんじゃないか、僕自身の気持ち次第なのではないかと自問自答を続けていた。
「見て見て!ほら!あの芸人さん出てるよ!」
「本当だ、最近色々な所に出ているよね、ほーちゃんが気にいるだけあるね」
「まあね、お笑い好きだからね」
こんな何気ない会話を毎日のように重ねている、愛情表現だって毎晩とはいかないけれど積み重ねてきた。
何も変わっていない、何も恐れるような事はない、そう言い聞かせていた。
ただ最近は一人の時間が増えた気がする。
お互い慣れてきたせいか、それとも新鮮さもなくなり飽きがではじめたのか、僕は無宗教派だけど全ての神に誓える、彼女の事が今でも変わらず好きだし愛してる。
昨日より今日、さっきより今、時が経つほど愛情が積み重なっていくように確かに感じている。
「ほーちゃん、大好きだよ」
「え、どうしたの突然?大好きだよ」
「何度だって言えるさ、何度言っても安くも軽くもならないよ」
僕の大好きな、柔らかくはにかんだ表情で声にはならないけれど吐息で笑いながら応答してくれる。
「岩崎さんのそういう素敵だね」
こんなやりとりだけでも僕の中に潜むよくわからないものは途端に小さくなりどこか隅にいってしまう。
彼女の僕に対する愛情を感じ、僕の愛情と交換してお互いに相乗効果を得ているようなそんな気持ちで満たされる。
結婚してもきっとこんな日々が続くんだろうなと想像に馳せていた。
「じゃ仕事いってくるね」
「いってらっしゃい、ご飯は何食べたい?」
「うーん、生姜焼きかな!」
「わかった、用意しておくよ、気を付けていってらっしゃい」
「はーい」
こんな風に時折勤務時間がずれて一人になる事もある。
きっと積み重ねた愛情の分だけ一人の時間が寂しく感じているのだろうと僕は決め込んでいた。
年末も近くなり寒くなってきたことも原因の一つだろう。
年末年始は帰省すると彼女が言っていた、いつか彼女の元気なお母さんとも一緒に暮らすのだろうか、彼女がいる未来というだけで考える事がとても楽しい。