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心の内側。  作者: RUKAO
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心の内側。

 太陽を背にして“暗い青色の“ショートカットを微かに靡かせながら僕に言い放った。


「あなたの事を理解なんて一生出来ないと思う」


 僕は、この言葉にとても救われたんだ。


・・・


 季節は夏、今日はいつにも増して面白くない。

週末に彼女が実家に帰るのだが、どうも元彼とも会うようだ。


(元彼と会うっていうのは彼氏がいても普通にある事なのかな)


 初めての彼女に溺愛していた、いい表現ではないが雑誌や漫画で見るようなお金がかかるタイプの子ではなかった。

交友関係も身なりも派手でなく言い方が良くないかもしれないが地味可愛い子だった。

でもそんな所が大好きだった一緒にいて落ち着けて笑顔が可愛くて裏切られる事なんてない、そう信じていられるような子だった。


「ほーちゃんの地元、僕も行ってみたいな」


「え、いいけど、じゃあ一緒に行く?」


「え?いいの?一緒に行く」


 思っていたより軽々とした返事だった。

一抹の不安は多少軽くなった、拭い切れたわけではないが一緒に行くのに“そういう事„はあるわけないと思った。


 電車で主要駅へ向かい、そこから夜行バスに乗った、さらに電車に乗り彼女の地元へ到着した。


「いい所だね、少し涼しい気もする、お母さんはいるかな?」


「あの車だよ、いこ」


 今更だけど出発の直前まで彼女の両親に会うとまでは考えが及んでいなかった、“彼女の地元に行く事„はご両親に挨拶をする事でもあった。

僕は緊張と高揚で頭が真っ白になる思いだった。


「おかえり〜!バスは大変だったでしょう?ご飯は食べた?あなたが岩崎君ね!初めまして!ほーちゃんから聞いてるわよ!乗って乗って!」


「初めまして、岩崎です、この度は突然の事で申し訳ありませ


 言い切る前に目の前の彼女の元気なお母さんは、きっと緊張を解そうとしてか早口に喋る。


「やだ!堅いわ〜!もっと軽い感じでいいのよ〜!まるであたしが上司みたいじゃないの!若いんだからそんな気は使わないで!ご飯は食べてきたの?途中で何か食べてく?」


「お母さんお腹空いてるだけでしょ」


「そんなんじゃないわよ〜!丁度お昼時だから食べていなかったら食べるべきじゃない?岩崎君もこっちは初めてなんでしょ?やっぱりご当地グルメは大事よ〜!」


「あはは、そうですね、初めて来た所ですがいい所だと思います、まだお昼も食べていないし食べていこう?」


「うん、まあね、そうしたらあのお店いこ!岩崎さんも気にいると思うよ!」


 とても良い人だと思った、ご挨拶も兼ねたお土産も渡し、車に乗り込む。

見知らぬ土地で初めての人に会い一緒に食事をとる、僕には結構敷居が高いものだった。

小さい頃から社交的な人見知りだったし自分の考えを伝える事が苦手だった、伝えようとすると長文になり話が長い、面倒くさいだの言われ、相手に合わせていれば自分の考えと離れた分、自分が苦しくなるものだった。


「とても美味しかったです」


「それは何よりだわ〜!この辺りではB級グルメとして有名でね、お店によって結構違いがあったりするのよ〜!」


「結局お母さんダブル大盛りにしてたしお腹空いてただけでしょ」


「本当に美味しかったしね、僕もダブルにすれば良かったです」


「そうよ〜!岩崎君は沢山食べてもうちょっと太った方がいいわ〜!」


「お母さんはもう少し減量しなよ…」


 その後も幾つか案内してもらい、様々な話を聞き、僕の知らない彼女の時間を垣間見ることが出来た

彼女の土地で彼女のお母さんと何気ないやりとりの中に自分が溶け込んでいるようで心地よかった。

やがて日も沈み始め彼女の実家に辿り着いた。

といっても、彼女が住んでいた頃の家ではなく、彼女のお母さんが一人で住んでいる今の住居というのが正しい。


「今日はお疲れさま!疲れたでしょ〜!二人ともお風呂入ってらっしゃい!あっちでは二人で入ったりもしてたのかしら〜?」


「お母さん!!」


 …僕は何とも言えない顔をしていたと思う。

交代でお風呂に入り三人川の字で横になった。

彼女の小さい頃の話を沢山聞かせてもらった、その頃から一緒に居られたらもっとよかったなんて考えながら僕は眠りに落ちた。


(そうだ僕は彼女のお母さんの家に来ていたんだ)

 カーテンの隙間から光がもれている部屋の中で僕は一番に目が覚めた、二人ともまだ眠っているようだ。

昨日、この家の住人になれたような気持ちは薄れ、彼女のお母さんには朝一番に何て声をかけたらいいんだろうとか、朝ご飯は作るのかな外で食べるのかなとか、作る場合は手伝った方がいいのかなとか、取り留めもなく布団の中で考えていた。

結局は二度寝をしてしまい彼女に起こされるというそれまでの考えが意味のない朝を迎えた。


「おはよ」


「おはよう」


「あら岩崎君起きたわね、朝ご飯食べるわよ〜!顔洗って歯を磨いてらっしゃい」


「おはようございます、すみません、寝坊してしまって…」


 後ろ頭を掻くような気持ちで洗面所へ向かい、顔を洗い、新品の歯ブラシで歯を磨いた。

その歯ブラシをどこに置いたらいいものか迷ったがとりあえずティッシュで巻いて洗面台の隅に置いておいた。


「岩崎君は普段ごはん派かしら?パンは好きかしら?このパン最近出来た食パンの専門店で買ったの、おいしいのよ〜!」


「どちらも好きです、このスクランブルエッグの火の通り具合も大好きです、ソーセージも合わせてパンに合いますね」


「わたしはパン、岩崎さん米って感じするもんね」


「米って感じってどんな感じなんだい…」


「ふふふ、岩崎君が米って感じすっごくわかるわ〜」


「えぇ…」


 起き抜けに考えていた危惧は払拭された、下手に緊張なんかする必要ない、ここは自然体でいていい場所なんだ、そう思えてきていた。


「ほーちゃん、今日は何をするのかしら?」


「うーん、岩崎さんに浜辺でも案内しようかなって、あっちの海よりも多分綺麗だよ」


「へぇ、いいね、海が側にあるって何かいいよね」


「それと夕方から友達と遊びにいくんだけど岩崎さんどうする?」


 このとき僕は耳がすごく遠くなった気がした。

地元の友達と遊ぶのに彼氏が付いてきて自然に楽しめるものだろうか、どんな友達なんだろうか、僕が行く事で場を白けさせてしまうのではないか、例の元彼は含まれているのだろうか、彼女の問い掛けは僕が彼女とは別に何をして過ごすかか聞いているものではないのか、それともこの帰省と同じように気軽に同行を訪ねているのかもしれない。

ただ僕は目の前にいる大事な彼女に失望をしてほしくなかった。

それはそれは大事なものをよくしらない何かに託すような気持ちで飄々とした態度を装い決断をした。


「友達と会うのに僕がいたら自然体でいれないでしょ?行っておいで、この町を見たりしているよ」


「あら、それじゃ、あたしが連れて行ってあげましょっか〜」


「そう?じゃそうしよっか、ほら食べ終わったなら浜辺いこ」


「あ、まって洗い物を…」


「いいのよ〜!岩崎君も気にしないでいってらっしゃい!」


「あ、ごちそうさまでした、美味しかったです、行ってきます」


 漠然と形を捉える事が出来ない何かを胸の内に感じながらも彼女と浜辺に向かった。

その通り道でも彼女が過ごしていた頃の話や、その場所特有の面白い話とかを聞かせてもらいながら歩いた。

ただあまり頭には入ってこなかった。

どこかとても薄く分厚い膜に自分がすっぽり覆われてしまっているような感覚だった。


「それじゃ行ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


「いってらしゃい!夜ご飯はどうするの〜?」


「多分友達と食べてくる、また連絡するね」


「わかったわ〜、いってらっしゃ〜い」


「気を付けていってらっしゃい」


 何もかも、普段と変わらない彼女だった。

僕たちが今住んでいる街で見る彼女と区別が付かない彼女だった。

その夜彼女は帰ってこなかった。

友達とカラオケにいくから遅くなるってメッセージを残して翌朝まで帰ってくる事はなかった。



つづく

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