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私はまたあの道の上に立っていた。暗闇に浮かぶあの薄暗い一本道に。
「ああ、またか」
軽い疲労感を含んだ絶望が私の中にやってくる。私のこの小さな呟きは、この闇に、この道に、すっと吸い込まれていく。
私はいつもと同じように、山吹色のTシャツに紺色の短パンをはいていた。ずん、と、暗闇と沈黙の重さが私にのしかかる。私はその重みにいてもたってもいられず、前に歩き出す。
毎回の夢と何一つ違わないオレンジ色の街灯が続いている。どこまでもこの一本道は続いている。
微かな不安と孤独がゆっくりと私の中で花開く。それは目をそらそうとしても、どうしても私の中に現れる。
私の足は自然と早まった。全てが、いつもの夢と同じだった。
歩くうちに、私はその闇にくるまれた道の上で急に恥ずかしさを覚えた。逃げ出したくなるほどの羞恥心に襲われた。
こんなことは今までの夢にはなかった。
ありとあらゆる闇たちが街灯に照らされた私を見透かし、嘲笑っているように感じた。私は恥ずかしかった。なぜだかはわからない。でも、盛大な笑い声が聞こえてきくるようだった。
昔、クラスの前で誤った答えを自信満々に発言した時よりも、ずっと強い羞恥心に襲われた。あの時はお調子者の男子に随分とからかわれ、耳まで真っ赤になるほど恥ずかしかった。けれど今回の恥ずかしさと比べたら、あれは本当に些細で可愛いものだった。
今、私はとてつもなく恥ずかしかった。あらゆる目が私を見透かし、あざけ笑っているように感じた。ひそひそと、みんな陰で私のことを馬鹿にし、笑っているのだ。私の容姿を、私のセンスのなさを、私の無能さを。
私は恥ずかしかった。この道を取り囲むこの闇々に身を隠してしまいたいと私は思った。その闇に混ざりたいと思った。
その闇に紛れてしまえば、私は目立つこともない。この照らされた恥ずかしさも消え、私は安心することができると思った。この闇々は私を受け入れてはくれないのだろうか? 不安の花は、この激しい羞恥心を肥料にどんどんと大きく花開いていっている。
恥ずかしい。みんなが私を馬鹿にしている。みんなが私の失態に気づいている。みんなが私を見ている。恥ずかしい。どこかに隠れたい。私はみんなに到底追いついてはいない。私のことは構わず、羞恥心よ、どこかに行ってくれ!
私はあのおじさんに会いたいと思った! ハイキング帽をかぶった奇妙なおじさんにひどく会いたくなった! 彼に会えばこの羞恥心が和らぐような気がした。彼は今日はこの道にいないのだろうか?
私の歩く速度はさらに速くなり、目は真っ直ぐに、果てしなく続く道の先を、彼を探すように泳いでいた。
いつも夢に現れてきては気味が悪いと思った。そんな彼に会いたいと思うのは不思議だった。でも私は彼に会いたくてたまらなくなった。今、彼に会いたい。
私を襲う羞恥心は止まらない。私の肌は、あざけ笑いを含んだ、焼けるような視線を感じ、私の耳は、私をからかうような無音の囁き声を聞いているような気がした。
この道には、私以外誰もいないのに。
まるで周囲の闇たちが、街灯で私を照らし、みんなで私をあざけ笑っているようだった。
私は歩いた。歩き続けた。速まっていく鼓動、焦り、恐怖。幾度歩いても変わらない景色。どんなに歩いてもいつもと同じ道、何も変わらない。
何も変わらないことが私にほんの少しの安堵をもたらし、その反対側をみると、何も変わらないことに怖くなった。
あのハイキング帽のおじさんに会いたい!
私は、あのおじさんに思いっきり自分を辱めて欲しいと思った。この闇たちの前で、お前は恥ずかしい人間だとはっきりと言って欲しい思った。この闇たちに向かって公言してほしい! そうすればこの羞恥心が収まるような気がした。
会いたい。私は恥ずかしい人間なのだ。恥ずかしい人間なのだ! そんなことは自分で分かっている。もう十分に承知している!
私は耳をふさぐ。歩みは止めない。射すような羞恥心も止まらない。
どうしたっていうのだ。わかったよもう、やめてくれ。
私は叫びたくなった。
「私は恥ずかしい人間なのだ! 許してくれ!」
この暗闇たちに自分の恥ずかしさを、自分が恥ずべき人間であることを自覚していることを明言したかった。知っている。分かっている、自分で分かっているから! だからもうやめてくれ!
でも、この闇たちの沈黙が、私が声を発することを拒絶していた。私の声帯がこの沈黙を震わせることは、絶対にできないように思われた。
私は駆け出した。私は走った。前にきちんと進んでいるかはわからない。でも走った。がむしゃらに走った。私はもうあのおじさんに会うことを期待してはいなかった。でも私は走り続けた。息を切らして走り続けた。夢が覚めることを願って。