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その晩、私はひどく暴力的な夢を見た。文字通りそれは暴力的な夢だった。私の身体は野生的な暴力性に突き動かされていた。私は明かりのない暗闇の中で、野球の金属バットをひたすらに振り回していた。それは空を切り、びゅん、びゅんと音を立てた。
意味もなく、私はバットを振った。思いっきり振り回した。なんだかそうしたい気分だった。そういう衝動に突き動かされていた。何かによってそうさせられているのではなかった。私の行為は何にも縛られていなかった。真なる自由意志によって、私はバットを振り回していた!
バットを持つ手はかさかさに乾燥していた。バットを振る度に遠心力で手からバットが飛んでいきそうだった。私はそのたびにぎゅっとバットを強く握りしめた。バットを振り回すことが、私の身体を、私の心を喜ばせていた。私の身体は熱を帯びていた。私の身体を今、真っ二つに切ったのなら、その断面はきっと灼熱の赤だろう!
周囲は全くの暗闇であった。いつもの夢と同じ暗闇だった。けれど、私が立っているのは、何度も夢に出てきたあの暗闇に浮かぶ道ではない。ここには、あのしょぼくれた街灯すらなかった。
私は自分の身体をもこの暗闇で見ることは出来なかった。本当に完全な暗闇の中に私はいた。でも私は、確かにここに、自分自身の身体の存在を、自分自身の意思の存在を、確信していた。何も見えない中で、私は自分の腕、自分の足、自分の身体の存在をいつもより強く感じ、ありありと詳細に、それらを網膜に浮かべることができた。私は身体の鼓動を、熱烈に感じることができたのだ! それは、何にも揺るがすことのできない確固たる感覚だった!
私はバットを振る。それは、びゅん、と空気を切る。
びゅん。びゅん。
その音と熱を帯びた私だけが暗闇の中にあった。
しかし突如、私はもはや暗闇の中にはいなかった。そこは暗闇ではなくなっていた。無限の色彩溢れる空間に私はいた! 金属バットを固く握りしめながら。
この暗闇は至ってカラフルだった。七色に溢れていた。それは私のために、私のためだけに光る色々だった。ネオンで光る新宿とは比にならないほど、ヴィヴィっとな色彩に私は包まれていた。
これぞ、真の暗闇なのだと私ははっきりと悟った。真の暗闇はなんとも色彩に溢れているのだ!
その七色の暗闇に囲まれて私の気分はさらに高揚した。何でもできてしまうような気分だった。私こそが世界の中心であり、私のために世界が存在している! そんな極めて高貴な感情が私の体を脈うっていた。
私はバットを一層強く握りしめた。私はバットをめちゃくちゃに振り回した。疲れなどは感じない。バットを振っている私が全てだった。私は叫んでいたかもしれない! 何かを叫びながらバットを振り回していたかもしれない! でも、私の耳には何も聞こえなかった。この世界の色彩を独り占めしているここには、音なぞはもう存在していなかった。いや、音は存在していた! 音は色彩となって、むせびかえるように光っているのだ!
私は大きく息を吸った。空気は私の肺の奥深くまで入り、私の身体に虹色が満ちた。辺りを閃光が巡る。エネルギッシュな力に満ちた閃光が、私を中心に世界を駆け巡っていた。私の全身の肌が逆立つ。私は走る閃光を追いかけるようにバットを振るった。振るい続けた。
体が回転しているようだった。上下左右に、私の身体は自在に回転していた。私は無重力空間に投げ出されたかのようだった。色彩の雷鳴は止まらない。私のバットを持つ手は歓喜し続けている。七色を駆け巡る煌めき。ああ、私は生きている! 私はここにいる! 私は雄叫びをあげた。力の限り叫んでいた。全身が興奮のあまり震えていた。私の声は聞こえない。むせかえるような色彩に歓喜し、それに応えるようバットをめちゃくちゃに振り続けた。
バットを振るう中で、あらゆることが脳内をよぎった。色んなことが脳内にぱっと現れては、一瞬のうちに消え、また違う物事がぱっと現れてきていた。それは、とめどなく流れ落ちる華厳の滝のようであった。決してちっぽけな公園の噴水なんかのようではない!
それら頭に浮かんだことの一粒一粒は、思い返すこともできない。しかし、突如として小岩井さんの顔がはっきりと私の頭に浮かび上がった。何故だか彼女の可愛らしい和やかな笑顔がありありと脳裏に浮かんだ。ああ、小岩井さんだ。可愛い小岩井さん、私の小岩井さん! 私はバットを思いっきり下へと振り下ろした。とてもとても力強く。
その瞬間、緑色の閃光が、下から湧き出るようにほとばしった。とても生き生きとした緑色だった。何かから解放されたように、喜びに満ち溢れていた。それは高く天まで昇り、きらきらと輝いた。
なんと綺麗な緑色か!
私は急に何か形ある物をぶっ壊してしまいたいという衝動に襲われた。このカラフルな暗闇の中で、私はひどく高揚していた。何でもできてしまうようだった。壊したい。壊してしまいたい。何を? 何を壊したい?
突如として鮮烈な赤色の閃光が辺りを駆け巡った。私の興奮は頂点に達したようだった。
ああああああ!
その赤に応えるように、私は再び、思いっ切りバットを下に振り降ろした。
しかし、それは今までと違い、予想を反して空を切らなかった。
ドンっと何かを殴った鈍い音がした。
ひやりと、虹色が一瞬にして消えた。
私はそこで目を覚ました。私の身体は脱力していた。あらゆる感情が抜け落ちてているようだった。
何が起こったのか、分からない。ただの夢のはずなのに私の心はひどくかき乱されていた。
先ほどまでの異様な高揚感は消え去っていた。私の頭は混乱していた。溢れる色彩の残像がチカチカと瞼の奥で光り、めまいがした。
呆然として働かない頭で、私は彼に会いたい、と思った。彼に会いたい。彼に会いたい。
チカチカとするまぶたに彼の姿が浮かぶ。全身黒ずくめの彼、あの高円寺の彼。
その瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちた。それはぼろぼろとこぼれ落ち始めた。とめどなくそれは頬を伝っていった。
私は静かに泣いた。麻痺した頭の中では、抱えきれないカオスがうごめいていた。
私には何が何だか分からなかった。




