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⒑
目を覚ますと、私の横から、規則正しい寝息が聞こえた。隣を見ると、薄暗い部屋の中で、カズキが気持ち良さそうに寝ていた。彼の寝顔はまるで可愛らしい子猫のようだった。
今日も天井には、輪郭がぼやけた小さなオレンジが光っている。カズキはもう二十歳を過ぎているというのに暗闇を嫌っていた。彼は部屋を真っ暗にして眠ることができず、いつも豆電球をつけて寝ていた。
私は身体を起こして携帯を探した。いつも通り、私のTシャツはぐっしょりと汗で濡れていた。
私の携帯は布団の近くに投げだされたようにあった。携帯を付けると、午前二時十四分と表示された。新着メールはない。
携帯を再び放り出して横になった。はあっとため息が自然と出た。
先ほどの夢はもう遠い夢だった。ついさっきまで、羞恥心や不安で溢れていたのが、もうすっかりウソのようだった。私の心は彼の寝息によって沈められていた。不安も怖さもすっかりとその姿を消していた。彼の寝息は、彼の存在は、私の弱さを忘れさせてくれる麻薬のようだった。
今日はお昼過ぎにカズキの部屋に来たのだった。今日はバイトもなく、特にやることもなかった。カズキもどうやら一日予定がないようで、じゃあ会おうということになったのだ。そしてそのまま私はカズキの部屋に泊まっている。
カチ、コチ、と壁にかかった時計が時を刻んでいる。二人でいる時は、本当に世界には私達二人きりしかいないような気がした。
ごろっと横になってカズキの寝顔を見つめる。彼の長い睫が艶やかに、繊細そうに存在していた。彼の寝顔をぼうっと見つめた。途中彼の寝息がふがふがと乱れた。けれど彼は大きないびきをかくこともなく、また安定した穏やかな寝息にすぐに戻った。
私は暫く眠らずに彼の寝顔を見つめ続けた。寝顔をじっと見つめていると、私の心は彼の眠る世界で満ちていくようだった。ぼんやりとだるく光る豆電球の下で、彼の寝顔が世界のすべてのように感じられた。
私の視線に気づいたのか、彼の長い睫がぴくりと動いた。ゆっくりと彼の目が開いた。彼の目は私の目を捕らえると、またゆっくりと閉じた。そしてカズキの腕がそっと私の体に回された。私は彼の腕に抱きしめられた。彼は再び眠りに落ちる。そんな彼の身体に、私は自分の身体をぴたりと寄せた。温かい彼の体温が私に伝わる。寝息が聞こえる。私は天井で光る豆電球のようにぼうっとし続けた。私は疲れていた。私の住む世界はここだけでいい。そう思った。
「カズキとは付き合ってないんでしょ?」
どこからか、声が聞こえる。私はぎゅっと目をつぶって、彼の身体をすがるように抱きしめた。その声はぼんやりと私の中を漂っている。カズキとは付き合っていない、その通りだ。私は彼と付き合うつもりもない。付き合うということはただの名ばかりの契約。私のこの穏やかな世界には、そんな安っぽい契約はいらない。お互い自由で、でも求め合っている、だから大丈夫なんだ。だって世の中、感情が全てでしょう?
私は彼の腕の中で再び眠ろうとした。私の中で不安の花がまた開こうとしていたから。
その不安の花が、
「それは自分が傷つきたくないから、目をそらし続けているだけなんじゃないの」
と言うのが聞こえた。




