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博愛主義者優子とその恋人  作者: 川光俊哉
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(9)

 だが、優子、

私「それは一番言っちゃいけないぜ。男に、それは。つまらないプライドがとうとう破壊される。あわれみを受けた。小娘の目からも明らかにかわいそうに見えるというのは、やりきれない。なぐさめられたのだ。おまえは近藤のお母さんじゃないのに。お母さんでも怒るぞ。うるせえ、ばばあ、死ね、とか。そういう態度をとりそうな顔をしている。かわいそうなお母さん」

 優子から殺気が消えた。丁字に腕をひらき、無抵抗を示したどころではなく、近藤に飛びこんで来いと誘っている。それがまじりけのない純然たるまっさらな善意であっても、あるいは、あればあるほど、優子は隙だらけ。

 しかし近藤は躊躇したので、優子を確保するチャンスを永遠に失った。まことに、

私「注意一瞬、怪我一生」

 である。男を見せなかった近藤は、いよいよ、くさった女のような、と優子からののしられなくてはならないが、

優子「かわいそう。大丈夫だよ。あなたも本当はこんなことしたくなかったんでしょう。あなたはそんなふうにしてても、純粋で、弱くて、やさしいから。わたしには分かる。もういいよ。逃げてもいいんだよ。誰もあなたを責めたりしない。だから」

 新手が来た。さしあたり近くにいる工夫を呼びもどすだけでなく、それは時間かせぎにすぎなかった、抜かりなく、近藤は警察にも通報していた。

 弾丸のさきっぽのようなヘルメット、グラディエーター的な肩、胸、膝のプロテクターは漆黒のタール、光を吸収する超マットな質感で、新月、深海、ブラックホールも恥じ入るという次第、風防シールドだけが浮かび、虹色にぎらつく。事務所の狭隘な空間に、ほとんどディストピアの近未来メロン畑のような景色で、優子の恋人は数える意志をうしなった。

 外がざわざわしている。ただごとではない。やはり近藤はえらい。もとより優子の恋人は無抵抗を決めこんでいた、優子とともに身柄を確保された、左右から脇を極められ、ほとんど足が浮いていた。

 一歩外に出れば、フラッシュがやまなかった。夜が点滅しているようだった。

「過激派カップル」

「テロ夫婦」

「暴走ヤング」

「飛んでるアベック」

「デンジャラス核弾頭ペア」

「ポスト新人類ジュニア」

 などと報道されることになるとは、まだ知らない。不敬罪、内乱罪、外患罪を視野に入れつつ捜査、取り調べが行われるという。たどり着いた宿は神田川警察署の留置場だった。

 優子の恋人が寝ているあいだに、われわれは水族館の話をすることができる。

優子「デートしたんですよ」

われわれ「へえ。誰と」

優子「むかし、付き合ってた人」

われわれ「ああ、そう」

優子「水族館に行ったんです。雰囲気いいかな、と思って」

われわれ「それで」

優子「水族館の生きものって、本当に生きものなんだよね、ただの。生きてるだけ、最短距離で。ペンギンとか、かわいくないんだよね。じっとしてる。子供がカメラかまえてても、愛想をふりまくこともしなくて、ただ、夫婦でじっとプールの端で立ってる。食いものを手に入れるとか、そういう活動の必要がないかぎり、動く意味がないんだよ。野生の生きものは本当に合理的で、むかつくくらい合理的で、生きるのに最短距離なんだ。交尾、セックスだって愛してて気持ちいいからじゃなくて、ただ、子孫をふやそうっていう本能から、やってるだけ」

われわれ「それで」

優子「だから、日本が水没してさ、それで水族館はどうなってるんだろ」

われわれ「なにそれ」

優子「やっぱり、じっとしてる気がするよ。エネルギー温存しないといけないから。それで、わたしが通りかかると、ぎらぎらした目で食いものを要求する。まったくいやされないね」

われわれ「なに。たのしいの。つまんないの」

優子「水族館の魚とかタコとかカニとか、あの無機質な生活を見るのがたまらなくて。むかつくけど、デートするときって、わたしは本当にその人を好きだから、だから、客観的に自分を見るのにも、いい。本能だけで生きてるのを見て、ああ、しょせん子孫繁栄なのか、って思って、あんまりはめをはずさないようにって誓う。水族館で、わたしはそのうち、水槽を見てるのがいやになる」

われわれ「じゃあ見なくていいですよ。動物園に行ったらどう」

優子「同じだよー」

われわれ「プラネタリウムは」

優子「隕石が落ちてきて、地震が起きて、大きな津波があって」

われわれ「えっ」

優子「えっ」

われわれ「日本沈没の話ね」

優子「うん」

われわれ「つづけて」

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