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73.呼び出し

店員に案内され適当に数個ケーキやらなんやらのスイーツを頼むこと数分。


「~っ、おいしいです」

「ん~美味しい」

「……」


 俺は出てきたお菓子が二人の美少女によって目の前で次々と消えていくのを見ていた。


(空っぽだよ…)


『異空間収納』の中に手を突っ込み現在の所持金とこれからもまだ増えるであろう支出をザッと計算して思う。

 一応お忍びで来ているので支払いはヴァンティエール辺境伯家ではなく俺のポケットマネーからだ。

 誕生会で少しばかりお金をもらったから懐が九州くらいには暖かくなっていたんだけどねぇ…。今じゃ東北だよ。

 それでも目の前でそりゃもう美味しそうにお菓子をパクつく二人を見ているとまあいいかと思えてしまう。美少女というのは百利あって一害なしだ。


 だがしかし、北海道を超えてシベリアになるのはまずい。


「…ハッツェン、そんなに急いで食べなくても目の前のお菓子は逃げないよ」


 俺が言外に食い過ぎと伝える。

 するとそれを聞いたハッツェンはこてんと首を傾けた。


「急いで見えますか?アル様」

「……わお」


 思わず声が出る。

 どうやら自覚がないらしい。

 そんなハッツェンに対してマリエルはしっかり自覚があるようだ。

 何のこと?と不思議に思っているハッツェンを見て呆れている。

 

「口の周りについているわ」

「え、本当ですか?」


 口周りに生クリームをちょこんと付けているハッツェンとそれを指摘するマリエル。


 ハッツェンがどこか放っておけない妹だとすると、マリエルは差し詰めその面倒を見る姉といったところか。


「あとハッツェン、若様がおっしゃった通りあなた早過ぎよ。もう少し味わって食べなさい」


(マリエル違う、食い過ぎ……それに君だって十分早いと思う)


 前言撤回。


 姉も妹もないや。どちらもスイーツに目がないただの女の子だ。

 どうやら彼女にも食いしん坊だという自覚は存在していなかったらしい。


 そこで俺は開き直った。


(もういいや…いざとなったらハッツェンとマリエルにも払わせよう)


 上に立つ者としての示しを付けるため全額俺が払おうなどと考えていたが、この二人に今更示しなんてつける必要があるのだろうか。

 生まれてこの方ずっと俺の傍にいてくれているハッツェンは当然のこととして、ここ2週間、ともに行動してきたマリエルにも俺は示しを付ける必要がなくなるほど本来の自分を晒してきたのでは?


 そう、別に格好をつける必要なんてないのだ。


 それにハッツェンとマリエルは仮にもヴァンティエール家に仕えている子。しかもその家の嫡男の傍付き。

 庶民からすれば立派な高給取りである。なんなら領地経営に四苦八苦している騎士爵・男爵よりも羽振りがいいはずだ。


 結論―――奢る必要なし。


(よし、俺もお菓子いっぱい食べよっ)


 完全に開き直った俺はお金の心配を忘れて手元にある抹茶色のお菓子にフォークを突き立てたその時―――


「お客様、お食事のところ失礼致します」


 突然従業員の女性が話しかけてきた。


「……」


 ただ、失礼されるのは俺ではなくて正面にいる二人の食いしん坊のはずだし、何より早くお菓子を食べたいので無視する。

 というか失礼致しますと言って5歳児に話しかける店の従業員なんて聞いたことがないのでそもそも反応する必要がない。


「……はむっ」


 俺は一瞬たりともその女性の方を見ずにお菓子に視線を固定したままフォークを口元に運ぶ。


(食べ過ぎで在庫切らしたっていう報告か?)


 口の中に広がる控えめな甘さを堪能しながらあるはずのないことを考え、従業員の要件が終わるまで待つ。


 もぐもぐもぐもぐ―――


「……」


「……」


「……」



 しかし、待てど暮らせど一向にその時は訪れない。


(流石におかしい。話しかけてきたくせにしゃべらないなんてことあるのか?)


 不審に思った俺は未だしゃべろうとも動こうともしない従業員の方にちらりと目を向ける。


「―――何か用か?」


 そして女性がこちらを見ているということに気づいた俺は先ほどまでの5歳児の声とも親しい間柄の人物に向けるような声とも違う、少し大人びさせた声で話しかける。

 女性の視線に『畏怖』という名の庶民が貴族に向ける感情が籠っている気がしたからだ。


「オーナーがお呼びです。こちらへ」


 従業員はただ一言そう言って店奥にある扉の方角を向く。


 会話する気はないらしい。

 いや、できないと言った方が正しいか。

 いくら上位区レベルの従業員に育て上げられたとはいえこの女性は所詮は庶民。

 貴族《俺》と話せる身分ではない。それほどまでに貴族と庶民というのは隔絶している。

 ぶっちゃけ彼女も嫌だろう、貴族に話しかけるとか。

 俺なら嫌だね、気を遣い続けなければならない相手との会話だなんて。


 そう考えると今まさに扉の方向を見ながらも立ち上がらない俺を気にしている女性従業員が気の毒になってきた。


(彼女の言うオーナーとやらの見当はついているし、早く行ってあげよう)


「わかった、案内してくれ」


 そう言ってから、すでにいつも通りの侍女然とした雰囲気に戻っていたハッツェンとマリエルについて来いと目で合図をして立ち、どこかほっとした様子の従業員の女性についてゆく。


 店の雰囲気に合わない物々しい雰囲気を纏った4人が通った席から談笑の声が少しずつ消えていき、店の中に静寂が訪れたと同時に扉の前に着いた。


 コンッコンッ


「失礼致します、オーナー」


 女性がドアを叩きオーナーとやらに到着を知らせる。


「ご苦労様、あなたは仕事に戻りなさい」


 数瞬の間をおいて中から返ってきた声は凛としていて美しかった。

 間違えなく女性の声だ。それにこの声は聞いたことがある。


「畏まりました―――では失礼致します」


 お辞儀を一つ俺にして従業員の女性は去っていった。


 俺はお疲れさん、と仕事《日常》に戻っていく女性を見送り扉に手をかける。


(っと、その前に確認しなきゃ……めんどくせぇ)


「はぁ……あの、入っていいですか?」


 ため息を一つ吐き扉の向こうにいる人物に話しかける。


「勿論だけど、女性の部屋に入るときはもっと紳士な声掛けをした方がいいわよ?」


 すると扉の向こうから先ほどとは違う声色が返ってきた。

 凛とした中にも少し茶目っ気が入っている、そんな感じの声だ。


「以後気を付けます」


―――ガチャッ


 内心うるせぇよと思いながらもご指摘通り紳士然とした言葉遣いをし、俺は手に力を込めて扉を開き部屋に足を踏み入れる。


 外とは違う上流の―――感じ慣れた雰囲気が肌を包み込み、ふわりと甘く、それでいて清涼感ある花の香りが鼻孔をくすぐる部屋の中。




「―――いらっしゃい、アルくん」


「―――お久しぶりです、エルさん」



 俺は紅の美女―――フィリグラン伯爵家現当主、エルーシア・カロリン・フォン・フィリグランと再会した。


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