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61.水銀の世界

「ここは―――で、―――よ。」


リア姉と箱の中身なんだろねぇ、と会話しながら子ども部屋の前に着き、いざ中へ入ろうとすると部屋の中からかすかな声が聞こえてきた。


(なにやってんだろ?)


別に中で何が行われていても俺は堂々と入ればいいのだが少し気になりそっと扉を開け隙間から中の様子を見る。


「イーヴォ、そうよここは―――」

「………ん……こう?」

「見せて。‥‥‥そうよ、よくできました。」

「ハッツェンさん、俺もできた。」

「次見に行くから少し待ってて。」

「せんせ、私も。」

「ルーリーも少し待っていてね。」

「は~い。」


(ほぉ、感心感心。)


どうやらハッツェンがグンター、イーヴォ、ルーリーに勉強を教えていたらしい。

4人の手元にはそれぞれ王都で買った手持ち黒板が握られていた。

向上心があるのはいいことだ。

何時から始めているのかわからないがついさっき始めたわけではないと推測することができる。

うまく言葉にすることができないのだが、何というかほんわかとした部屋の空気感の中にもしっかりとメリハリがあるというか…。

まぁ、要するに短時間では作り上げることのできない勉強に適した雰囲気が出来上がっているということだ。


(邪魔するのも悪いなぁ…。自分の部屋で箱開けようかな。)


前世からこのような出来上がった雰囲気の中に入ることが苦手だった俺は2度目の会場変更を考える。

が―――。


「アル何してるの?入りなさいよ。」

「おわっ」


ドンっ


そんな雰囲気知ったことかと後ろでじれったく思っていたリア姉に押されドアに身体をぶつける。

その衝撃でドアは開き俺は部屋の中にイン。


「っとっとっと、……あ。」


何とか転ばずに踏みとどまり前を向くと既に黒板を床に置き綺麗な一礼をしているハッツェンが目に入った。


「―――おかえりなさいませアル様。」


「――ただいま、ハッツェン。」


(なんだか照れ臭いな…。)


誕生会が終わっても抜けきっていなかったほんのわずかな緊張の糸がほどけた気がした。






「――髪と服装は真っ赤だからついそちらに目を寄せそうになるがそれ以上に整った顔をしていたよ。それに意外とお茶目なんだ。」

「へぇ、ぜひ会ってみたいなぁ。―――他にはどんな御仁が?」

グンターと俺とで男だけの会話をコソコソと楽しむ。


―――部屋に入ってからもう少しで30分が経とうとしていた。


ハッツェンのお出迎えの後、部下としては10点、友達としては100点満点の出迎えをグンター達から受け、今は誕生会でどんな人とどんなことがあったかを聞かせているところだ。ちなみに何で俺とリア姉がこの部屋に来たのかも既に教えている。


途中でマリエルが俺の箱をもって入室してきたのだが、すぐに「よし、開けよう!」とはならず、ずるずるとこうして話を続けてしまっていた。あるあるだよな。


ただ、いつの間にか俺と話しているのはグンターだけ。

少し離れたところでリア姉とイーヴォ、ルーリー、侍女さんズが楽しそうにおしゃべりしている。


(イーヴォ、お前はこっちだろ。)


まあいい。裏切り者は放置だ。

次はグンターが羨ましがるような話をしてやろう。そうだな、いっぱいなでなでしてもらった話にしようか。


「リア姉の友達がこれまた綺麗なんだよ…。」

「ほうほう、その話を詳しく…。」


『綺麗』という単語に真面目単純グンターはすぐに食いついてきた。

調子に乗って続ける。


「おう、友よ。侯爵家の御令嬢なんだけどな――「アル、ちょっといいかしら?」ーんて、麗しいんだろうかリア姉とそのご友人は!ははっ」


突然のリア姉の乱入にわざとらしいが誤魔化しを加える。い、いつの間に近づいてきたんだ。


チラリとり姉の方を見る。

いつも通りのリア姉だった―――。

お友達二人を使ってふざけようとしていたことはバレていないらしい。危なかったぜ。


「あら、ありがとう。二人にも言っておくわ、アルが《《綺麗》》って褒めていたこと。」


(あ、ダメだ。バレてる…。)


リア姉のお友達を馬鹿にしたりおとしめるような発言は一切していないのでバレても構わないのだが、実際にバレるとなんだかイケないことをした気分になる。

抱える必要のない罪悪感を抱える俺――とついでにグンターも――を気にも留めず、リア姉が用件を言う。


「それよりも早く箱を開けましょう?楽しかったからついお喋りが長くなってしまったわ。」


(あぁ、それもそうだな。少し話過ぎた。)


リア姉に全力で賛成なので「そうだね、リア姉」と言いグンターと共に立ち上がる。ちなみに座っていたのは地べたで座り方は胡坐。下にはカーペットが敷いてあるので尻は痛くない。これが一番落ち着くんだ。


「グンターみんなのとこ行くか。」


過ぎてしまった事は仕方ない、切り替えが大事なのだ。切り替えができる貴族は大成するって誕生会で学んだからな。


「はい、喜んで。」


(グンター、分かっているじゃないか。)





―――おふざけはここまでにしておこう。

先ほどまでリア姉たちのお喋り会場となっていたコの字型のソファに座るハッツェンの太ももの上に座る。

誕生会終了をもってハッツェンの謹慎は解けた。屋敷内でもある種の示しとして俺の部屋以外では極力接触しないよう心掛けていたがもうその必要はない。


(ふぁぁぁ~…。)

今日一日の疲れがハッツェンの柔らかさに溶けていくようだ。


「若様、こちらも空いていますよ?」


マリエルがハッツェンよりも少し肉付きの良い太ももをぽんぽんと叩きながら誘惑してくる。

彼女もまた自分の中でハッツェンの謹慎が解けるまでは大人しくすると一つの決まりをつくっていたのだと思う。

それが解けて、口調だけでなく性格までもが元に戻った感じだ。小悪魔マリエルの復活である。


「いや、今日はハッツェンって決めているんだ。」

「あら、そうですか。残念です。」

「~♪」


俺の言葉に残念ですと言いながらも全然残念そうにせずむしろ会話を楽しんでいる様子のマリエルと俺の言葉を聞いてルンルンするハッツェン。


「…アル、あなたたち本当はいつもこうなの?」


リア姉の声から、表情からすごく呆れていることが伝わってくる。

アグニータに関しては自身のご主人様に向かって何事!と顔を青ざめさせていた。


「もちろん。」


ただ俺はこれでいいと思っている。これからはしっかりと公私のメリハリを付けるので何の問題もない。

公私の切り替えが早い人物は大成するのだ。


「さ、リア姉。箱を開けちゃおう。」

「…そうね、分かったわ。―――何が入っているのかしら、楽しみだわ。」


流石の切り替えを見せた姉上とアイコンタクトをとる。


(いい?せーのよ?)

(らじゃー。)


すぐ隣にいるし声を出してもいい場なのでアイコンタクトの必要性は全くない。


これは雰囲気づくりの一環だ。


この沈黙を楽しみたい。


何が出てくるのか分からないこの高揚感をこの場にいるみんなと共有したいのだ。


―――ごくんっ


誰かがつばを飲む音がした。それが合図になる。


「「せーの!」」


掛け声とともに二人同時で箱の蓋を外す。


――――――お?


そっと中を覗いてみると俺の箱の中には紺色の高級感あふれる小箱が。ゴディバ入ってそう。

そして隣のリア姉の方は薄ピンク色のこれも高級感あふれる小箱。こちらは指輪が入っていそうだ。



「「「「「ふぅ~………」」」」」



まさかのマトリョーシカギミックにみんなの肩から力が抜ける。アグニータの肩からも抜けていた。それほどまでに緊張と期待がこの部屋を包み込んでいたのだ。



「リア姉、普通に開けようか。」

「そうね、なんだかもう疲れたわ。」

お互い笑い合いながら次の行動を決めた。



(よし、開けるか。)



俺は先ほどよりも幾分か軽い気持ちで小箱を開けた。


リア姉も同じようだ。意図せずともタイミングが重なった。



その直後―――


おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…―――


「「「「「…――――――――!!!」」」」」




途轍もない量の魔力が波となり俺を、リア姉を――そしてみんなを部屋ごと飲み込んだ。


「きゃっ」


「お嬢様!」


「なんだ…これ……は…。」


「‥‥‥きもちわるい…。」


「ふぇぇぇ…。」


「ルーリー、大丈夫よ…!」



阿鼻叫喚とはまさにこのことだろう。あのリア姉でさえソファから降りて小箱から距離をとっている。

イーヴォはえずいているし、ルーリーは泣き出しそれをマリエルが抱きしめている。

グンターに至っては失神しているし…。


「アル様!」


そして俺は急いで小箱から距離をとるハッツェンに抱きしめられながらも部屋全体を眺めていた。


(―――綺麗だ……。)




俺の瞳には部屋を覆う一面の銀色と水色の輝きが映っていた―――。



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