50.馬車に揺られて
「ハッツェンしっかり掃除するんだ。」
「畏まりましたアル様。」
―――さわさわ
「おぉ~、その調子だぞ。」
「はい♪」
朝からハッツェンに厳しく指導する俺。
体裁は最低限整えたがなるべく厳しくしないとハッツェンのためにならないので心を鬼にして指導する。
そこへノック音が。
コンコンッ
「若様、マリエルでございます。」
「うむ」
俺は今厳しい指導をしているのだ。雰囲気は大切である。
「失礼します。―――何をしているのですか…。」
部屋に入ってきたマリエルは入って早々ハッツェンに膝枕されながら耳を掃除されている俺を見て質問してきた。
「ハッツェンに掃除の指導をしていた。」
「そうですか。」
「…そうだ。」
このマリエルの「そうですか」という返しはなかなかどうしてこうも心にグサッとくるのだろうか。
(俺がふざけているからか。)
心の中のくだらない自問自答で心を慰める。
「で、何かあったのか?」
「御屋形様がお呼びです。「用がある」と。」
父上の呼び出しと聞いて浮ついていた気持ちを少しだけ引き締める。膝枕された状態で。
マリエルと出会ってからまだ3日しかたっていないが彼女は既に王都での俺の世話係に任命されていた。父上から伝言を受け俺の部屋に来たのもそのためだ。
人を駄目にするハッツェンの太ももから起き上がり少し身なりを整えてもらってから父上の部屋まで歩いて行く。隣にハッツェンはいない。
今日からパーティが終わるまでの間は自室の中以外はずっとマリエルと一緒に行動することになるのだが、やはりハッツェンがいないのは寂しい。
「父上、アルテュールです。」
「入りなさい。」
いつも通りの定型文を交わし中に入ると、リア姉がいた。
「アル遅い。」
これでも最そ…なるべく早く来たのだが、それでも遅いのか。
「ごめんて」
素直に謝る。勝てないもの。
「リア、お前が早いのだ。―――まあいいそれよりも、だ。早速用事を伝えよう。」
リア姉も用があると言われて来たのだろう。一言一句聞き逃さないよう姿勢を伸ばし父上の方に意識を向ける。それにならい俺も同じようにしようとするがやめた。
父上が貴族モードになっていないからだ。
「あぁリア…そう身構えなくていい、楽にしなさい。アル…は初めから楽にしているか。」
父上はリア姉に微笑みかけたあと苦笑いで俺を見て続ける。
「―――いきなりで悪いのだが二人にはこれから南の上位区に向かい誕生会用の正装の最終確認をしてもらう。呼び寄せて行えばよいのだがいい機会だ…二人で買い物してきなさい。駄賃は私が出そう」
(お、やった。)
王都南の上位区は超高級商業区になっている。限度はあるが比較的自由にそこで買い物ができるというのだ。テンションが上がる。
横にはもっとテンションの上がっている人が―――
「やった!お父様大好き!」
リア姉がキャッキャ言いながら父上に抱き着いていた。抱き着かれた父上はというとだらしない顔をしている。
(よかったね、父上。)
俺は昨日の夕食の時、眼を少し充血させていた父上に気づいていたのでとてもうれしそうにしている父上を見てなんだか嬉しくなる。
「アルっ!早く行きましょっ!」
しかし、ものの数秒で父上から離れたリア姉はこちらに向かってきた。
父上に少し睨まれる。
(なんでだよ…。)
そして近づいてきたリア姉に腕を掴まれそのまま部屋の外へと連れていかれた。
「早く行くわよ!」と急かすリア姉を一度落ち着かせて自分の部屋に戻り、ハッツェンとマリエルに着替えさせてもらう。
そして今度は父上のもとではなく玄関前に止めてある馬車に向かった。
「アル遅い」
「ごめんて」
本日二度目のやり取り。
(流石に早すぎやしないか?)
普通サスペンダー(両肩にかけるやつ)付きの短パンにワイシャツ姿の俺よりもお洒落なドレスを着ているリア姉の方が時間を要するはずだ。
確かに俺も早く行きたいという気持ちはあるが、リア姉はあり過ぎる気がする。何でだろう。
リア姉と俺、アグニータ、マリエルが乗り込んだ馬車の中で尋ねる。
「リア姉、少し焦り過ぎじゃない?ケガするよ。」
「―――!」
暗に「落ち着きなさい」と言われたことを理解したリア姉は綺麗な金糸の髪をクルクルと指でいじりながら少し顔を赤らめぼそりと呟く。
「…アルとのお出かけが嬉しいんだもん、しょうがないじゃない…。」
「「「…っ」」」
俺だけでなくアグニータ、そしてマリエルまでもが胸を撃ち抜かれる。
これほどまでに可愛らしいリア姉は学園で学年の総代を務める才女―――
(はっ!さてはリア姉もギャッ―――)
馬鹿と可憐な乙女を含めた四名を乗せ、馬車は王都南上位区へと発進した。
◇◇◇
(恥ずかしすぎる…。)
四人を乗せた馬車は2時間ほどかけてヴァンティエール家王都別邸がある王都北上位区から王都南上位区にある『カンティーク』という超高級服屋に着いた。
そして俺は今、すっぽんぽんの状態で数人の女性に囲まれていた。アブノーマルなことをしているわけではない。
では何をやっているのか―――
「アルテゥール様、申しわけありませんがじっとしていてください。」
羞恥心から少し身をよじると周りを囲む女性の一人に即座に注意される。
「わかった…。」
「ありがとうございます。」
―――採寸です。
父上が言っていた正装の最終確認とは正装の最終微調整だったらしい。
子供の成長は早い。採寸してはじめて気づかされたのだがひと月前にセレクトゥの服屋でした時よりも少しだけだが大きくなっていた。
いくら仲間内の誕生会だからと言ってサイズの合わない服を着るのはまずい。そのための最終確認なのだ。
10分ほどだが全身をくまなく図られ、終わると服を着せられる。これはマリエルがやってくれているのでなんだか安心できた。
ちなみにこの10分間で扉は開いていない。よかった…。
「ご協力ありがとうございます。―――微調整があるため申し訳ございませんが3時間ほどお時間を頂戴いたします。よろしいでしょうか。」
店員さんに聞かれる。
嫌なわけがないので素直に頷きついでに質問もしておく。
「ああ、問題ない。姉上のものもそれくらいかかるのか?」
「左様でございます。ただ、オレリア様のお洋服の場合は4時間はかかるかと。申し訳ございません」
リア姉のドレスはまだ見ていないが俺の物よりも複雑な作りをしているらしく微調整にも時間がかかるそうだ。
「いやいいんだ。その間店の外にいてもいいのかな?」
「もちろんでございます。ただお時間になりましたら迎えの者を寄こしますので行き先をお教えくださると我々としては助かります。」
「いやその必要はない、こちらから行く。様々な店で買い物する予定なのでな、私としても予想ができない。」
「感謝いたします。それでは4時間後にお待ちしております。」
「ああ。―――姉上、行きましょうか。」
店員さんと話している間に採寸が終わり、俺の近くで静かにしていたリア姉に声を掛ける。
「ええ」
返事をするリア姉は屋敷や馬車の中でのはしゃぎようが嘘かと思うほどお淑やかになっていた。
中位区や下位区ならばいつも通りに過ごせるのだがここは上位区だ。それなりの礼儀が必要になってくる。だから俺も一人称と口調を変えて貴族らしく振舞っているのだ。
リア姉に手を差し伸べエスコートしながら店の前にある階段を下りる。
『カンティーク』の店員さんたちに見送られながら次なる目的地に向かうべく馬車に乗り込み、また揺られ始めた。
◇◇◇
上位区というのは面倒なものだ。あまりにも広すぎるため店から店へと移動するために馬車をつかわなければならない。
絶賛移動中の馬車の中で俺はリア姉に今向かっている『エルフォルク商会』について質問する。
「リア姉、『エルフォルク商会』ってどんなとこ?」
まあ、『エルフォルク商会』の存在自体は知っているし、そこが数少ない王家御用達の商会であるということも知っている。
本で読んだからだ。
ただその本は確か50年くらい前に書かれていた物なので最近の情報は全くと言っていいほど知らない。情報の更新は大事だ。
「う~ん、そうね~。最近だと支店が《《アマネセル》》から撤退したことが一番の情報かしらね。オルド魔法王国にさらなる商業圏の拡大をさせているとも聞くわ。」
「へ~」
間抜けな返事をする俺だが頭は働かせている。
オルド魔法王国とはアルトアイゼン王国の東にある同盟国のことだ。
国名に魔法と入っているだけあって魔法技術の発展が著しく、魔法至上主義の傾向が強いのだとか。
本とハッツェンが言っていた。
アルトアイゼン王国王家御用達の大商会がついにうち《アルトアイゼン》の敵対国であるアマネセルから撤退し同盟国のオルド魔法王国に規模を拡大している。そうなると政治的な何かが絡んでいる気しかしない。父上とかも一枚嚙んでいそうだ。何せアマネセルとの戦いの最前線にいるのはヴァンティエールなのだから。
(大戦の足音を予感させるような情報が入ってこないのは結構まずいんじゃないか?)
「大丈夫かなぁ。」
俺がそう呟く。
するとリア姉が優しい声を掛けてきた。
「大丈夫よ、おじいちゃんがいるもの。それに本当にまずいのならおじい様も王都で誕生会を開かせないわよ。―――多分…。」
「多分ねぇ…。」
最後の「多分」は飲み込んでほしかったのだが仕方ない俺がリア姉の立場だったら言うもの、絶対。あとややこしいなじいちゃんとおじい様の呼び方。
俺が心配していることと若干のズレを感じるが彼女が俺を気遣ってくれていることは間違いないので礼を言う。
「ありがとう、リア姉。ごめんね、今は楽しい買い物の時間だって言うのに」
「別にいいわよ。アルの心配は次期当主として当たり前だわ」
そう、今は楽しい買い物の時間なのだ。
俺とリア姉は気分を変えるために窓の外を見る。
―――すると巨大な建物が目に入った。
(デパートかな?)
南側の上位区は超高級商業地区であるため貴族の屋敷が少ない。だとしても窓から見える建物は群を抜いて目立っていた。
「アル、あれが『エルフォルク商会』よ」
リア姉のその言葉に俺は安心感を覚える。
(ここまでの大商会が味方に付くのか…。頼もしいな。)
「アル、めっ!」
(なんで、バレたんだよ…。)
◇◇◇
「「「いらっしゃいませ」」」
遠くから見れば近代的なデパート、しかし近くで見れば周りの景観を損なうことのない中世的なデザインの建物―――という何とも不思議な『エルフォルク商会』の中に入ると従業員だと思われる人たちに頭を下げられた。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
リア姉は何度か来たことがあるらしいので驚いていないし、初めて訪れる俺はどこか懐かしさを感じているせいで驚かないという何ともつまらない子供二人の入り方になっている。
(百貨店の挨拶みたいだ…。)
しかし、日本の百貨店とは違う所もある。
「いらっしゃいませ。本日はお越しいただき誠にありがとうございます。ヴァンティエール辺境伯様からのご連絡を承りましたので、本日はわたくしエルフォルク商会アルトアイゼン王国アイゼンベルク第二号店支部支部長―――シャッハが案内役を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。」
そう、案内役が付くということだ―――あと挨拶長すぎな。
俺とリア姉はシャッハを見て頷く。「わかった、案内しろ」というサインだ。
そのサインを受け取ったシャッハの見た目は支店長を任されるにしては若い。ただ先ほどお辞儀をした時に頭部が少し寂しいことになっていた。中間管理職っていうのはどこの世界でもつらい立場にあるらしい。
「畏まりました。ではまず初めに、アルテゥール様は当商会のご利用が初めてということでございますので建物の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
(いらん、面倒。)
「いや、いらない。私は姉上の付き添いなのでな」
ここに来た理由は買い物であって観光ではないので断る。リア姉が何度か来たことあるみたいなのでリア姉にくっついて行こう。
「左様でございましたか、申し訳ございません。では商品の説明のみでよろしいでしょうか」
シャッハが今度は俺ではなくリア姉に質問をする。
「構わないわ。―――アル、行きましょう。」
「うん」
子供二人に
おじさん一人のあまり楽しめなさそうなショッピングの開始だ。
◇◇◇
―――前言撤回、めちゃくちゃ楽しい。
このシャッハという男、話が上手いのだ。口が達者なのは勿論のこと実際に商品を目の前で使ったりして俺とリア姉を飽きさせないよう工夫してくる。
「こちらの商品はザイフェ・ブルームと言いまして美しい見た目だけでなく実用面でも優れています。―――使い方としましてはザイフェ・ブルームを削りまして…」
今シャッハが行っているのはザイフェ・ブルームという商品の実演だ。
片手には着色料が付いた布、もう一方の手にはザイフェ・ブルームと紹介された花を模した形の商品。
見た目は完全にソープフラワーなので「ああ、はいはい石鹸ね、でその汚れた布がある程度綺麗になるのね」と俺は思っていたのだが次の瞬間―――
「―――魔力を込めるとこのようにものの数秒で完全に汚れが落ちます」
そこには何の汚れもない真っ白な布があった。
「え、嘘……。」
思わず本音が漏れる。原理が全く分からないからだ。本当に手品のように汚れが落ちていった。
そんな俺を見てシャッハがにやりと笑う。
しかし、原理は教えてくれない。初めは「教えてほしい」と頼んでいたのだがひらりひらりと巧みにいなすので俺は途中から諦めて、素直に買うことにした。
完全にシャッハの術中に嵌っている。
そして本日何度目になるか分からない値段確認。
(うわ、高ぇぇ…。)
『ザイフェ・ブルーム5種』の下に書いてあるのは5万という数字。5万アイゼンマルクするということだ―――日本円に換算すると50万円。正確ではないが的外れでもないはずだ。
手に取りシャッハに渡す。
「お買い上げありがとうございます。」
シャッハは満面の笑みだ。そして俺から受け取ったザイフェ・ブルームを忙しなく動いている従業員の人に「これもだ」と言って渡す。
隣では姉上がポイポイと従業員に品を取らせていた。
(俺知ーらね。)
買い物代の請求はすべて王都別邸にいる父上に飛んでいくので何万使ったのか分からない。
二人合わせて|100万アイゼンマルク《約一千万円》を超えたところから数えるのはやめた。貴族の買い物というのは恐ろしい。
―――買い物が終わり遅めの昼食を商会内で食べてから馬車に戻る。
見送るシャッハはホクホク顔、俺との買い物を楽しめたリア姉もホクホク顔、悟った顔をしているのが俺だ。
「若様、過ぎてしまった事はどうにもできません。これからのことを考えましょう。」
屋敷を出てからここまでほとんど空気になっていたマリエルが慰めているのかいないのかわからない言葉をかけてくる。
「マリエル、俺怒られるのかな?」
「……」
「黙らないでよ。」
これじゃあグンターのこと何も言えないじゃないか。
「若様。」
「何?」
「そろそろお召し物の最終調整が終わる時間でございます。」
「分かった、行こうか。」
「はい。」
俺たちが買ったものが積んである馬車を楽しそうに見ているリア姉に声を掛ける。
その馬車は今からヴァンティエール家の王都別邸に請求書と買ったものを運び込む役割を持っている。
「姉上、そろそろ時間だそうです。」
「わかったわ、『カンティーク』に戻りましょう。」
シャッハとエルフォルク商会の従業員の人々に見送られながらリア姉をエスコートし馬車に乗り込み、もと来た道をまた揺られる。
◇◇◇
――アルテュールとオレリアが再び『カンティーク』に戻りパーティ用の服を確認している頃、ヴァンティエール家王都別邸・ベルトランの書斎にて―――
「御屋形様、『エルフォルク商会』の方から請求書が届いております。」
ヴァンティエール辺境伯家王都別邸家宰バーナードが机に座り事務処理をしているベルトランに向かって静かに告げる。
ベルトランは数秒間資料に向けていた視線をバーナードに向け「ん?―――ああ、リアとアルの買い物代か…。そちらで処理しておいてくれ。」と請求書に心当たりを付け判断を下し、また視線を資料に落とし込む。
バーナードはチラリと請求書に記載された請求額を見た。
―――総額 511万アイゼンマルク
(私たちの方で何とかしておきましょう…。)
「畏まりました、御屋形様。」
バーナードは部屋を静かに退出した。
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