結婚式 その2
王宮の正面にはずらりと騎士たちが整列している。
荷物や祝いの入った馬車は奥の宮へ、エルサ達の馬車は敷地内にある教会の前につけられた。
エルサ以外の出席者が降り立ち教会の中へと移動するあいだ、馬車の中で待つのは予定通りだ。その為花嫁の乗る馬車はかなり快適な内装になっている。
周りにもすぐに護衛が配置されるが、すべての準備が整うまでは誰にも会わず、最後の独身の時間を過ごすのが習わしである。
ちなみに馬車の外では「なぜ冬の花が?」「雨も降っていないのに虹が!」「計画の中に花のアーチなんてあったか?」など困惑の声が飛び交っているが、防音の聞いた快適な車内、エルサはベールの中で妄想を楽しんでいた。
結婚式といえば……定番は愛し合う二人が誓いの言葉を述べる瞬間にドアがバーンと開いて乱入者が来るのよね。
そして、花嫁はそのまま馬に乗せられ攫われてしまう。
うんうん、よくある話だけれど実際に見たことあるって人は聞かないわね。
そういえば、攫われるといってもどうするのかしら。抱き上げるにも担ぎ上げるにも、ウエディングドレスって
かなり重量があるわよね。
そうそう、もっとドレスを軽くしたらいいんだわ。
私のも昔よりは改良されて動きやすいみたいだけど…
これでは上手く攫われないからお話にはならないわね。
生地を薄くする?でもスケスケではちょっとねぇ。
う〜ん。
むしろ花嫁も抵抗するべきだし、ドレスの内側に暗器を入れられるように工夫してみたら良いんじゃないかしら。
ふふっ物語のヒロインも助けてもらってばかりじゃなくて戦わないとね。これでハッピーエンドだわ!
…と、一人でかなり物騒な物語を完結させたところで扉がノックされた。
内側からエルサがドアを開けると、父シリウスが騎士を連れて立っていた。
優しく手を伸ばして馬車を降りるのを手伝ってくれる。
本来なら片手で引くところを、昔からシリウスはエルサが落ちないようにと両手で支えてくれた。
「ふふっお父様の手は安心します」
思わずエルサがつぶやくと、ふぐぅ、と言う声が聞こえ、隣の騎士にまるでオペ中の医師のように、汗…ではなく涙をトントンと拭いてもらう父の顔があった。
どんなに涙が溢れてもエルサの手を離すまいとするので涙の処理は騎士にお任せ状態だ。
この騎士にはあとで手当をあげなくては。
かなりシュールな光景だが、父にとってはこれでもかなり堪えている方だ。ツッコむのはやめておこう。
無事に降りて顔を上げると、今度はエルサが声を上げた。
「まぁ!」
そこには先日の儀式ではなかった花のアーチが教会の入り口まで続いていた。
その花もキラキラと輝き、エルサたちがゆっくりと通り抜ける時には花びらを降らせ、まるで祝福しているようだ。
一緒に歩く父や護衛の騎士たちもさすがに目を丸くしている。
そして金で縁取りされた大きな扉の前に立った。
ちーん!と最後に鼻をかみ、そのままハンカチを騎士に渡す父を横目で見る。本来なら側仕えがする仕事だが、今は騎士しか側に寄れないから仕方がない。
やはりあの騎士にはあとで手当を多めにあげなくては。
教会の鐘の音が2回鳴ったら始まりの合図だ。
キュッと父の腕に添えていた手に力を入れると、優しくて大きな手がそれを撫でる。
横を見ると目が赤いながらもキリッとした頼りがいのある、エルサの大好きな父が優しくて微笑んでいた。
「大丈夫。エルサは王太子妃にふさわしい努力を十分にしたよ。私達もついているから、そのままでいいんだ。私達の大好きな自慢の娘だよ」
…気が付かないうちに緊張していたらしいエルサは肩の力を抜き父の言葉に微笑み返す。
そう、私らしくあればいい。
間違ったときは教えてくれる人がいる、迷ったときには一緒に考えてくれる人がいる。ここまで導いてくれた人達にこれからの私も見ていてほしい!
ゆっくりと扉が開く。
王族の結婚式では教会内には限られた親族しか並ばない。その誰もがエルサにとって大切な人たちで、心からの笑顔を向けてくれることに嬉しくなる。
そして、その先には
蕩けそうな金の瞳でエルサを見つめる愛しい人。
美しくきらめくエルサのドレスには以前儀式で作った花の刺繍が縫い付けられていた。
女神の祝福がかかっているそれが自ら光を放つことは王族ならば知っているが、エルサが歩くのに合わせて揺れる刺繍はさらに本物の花びらが舞うような形を作って光を放っている。
その姿は花の妖精そのもの。
エルサから舞い散る花の光は、会場にいる誰もを幸せな気持ちにした。
「エルサ、とても美しいよ」
父からウィリアムにエスコートを代わる時にそっと囁かれた言葉にべールの中で赤くなるエルサだが、続く言葉に思わず顔を上げた。
「ふふっ誰にも攫わせはしないし、戦わせるつもりもないよ…エルサをずっと守らせて」
ヴァージンロードを見た瞬間に広がった妄想を視られたようだ。あれからウィリアムには好きに視てもらって構わないと伝えてある。
時には視察中、相手に悟られないようにエルサから敢えて視せる時もあるくらいだ。
ウィリアムもエルサも能力をしっかりと受け入れていた。
神父の前で誓いをし、ウィリアムによってベールがあげられる。
何度も交わした口づけであるが、改めて正装した相手を前にお互い眩しそうに見つめ合う。
す、素敵すぎる。
一瞬戸惑ったエルサにそっと影が重なり、我慢できなくなったウィリアムから口付けをした。
思ったより長めの口付けで会場内がドギマギしている間、教会内はキラキラと祝福の光が降り注ぎ『ラブラブすぎてまた艶々よ、おめでとう!』と天井のどこかから声が聞こえたとか聞こえなかったとか…
その後王宮のバルコニーから民へのお披露目とともに、無事に式を終えたことを意味する鐘が鳴り響くと、王都中、そして国中祝福の祭の始まりだ。
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