天使は馬に乗ってやってくる
トントン トントントン…
「殿下。エルサ様が来るのはまだまだですから、そろそろ落ち着いて仕事してくれませんか? 能力のことを明かして逃げられたことで弱気になっているのは分かりますが」
先程から書類を読んではペンで机を叩き、何やら考え事をしているウィリアム。その規則的な音が同じ部屋で仕事をするニースの集中力を執拗に下げてくるのだが、昨夜ウィリアムからエルサとのことを聞いたニースは、小さな頃から能力で苦労してきたウィリアムを想いできる限り我慢していた。
…が、このままでは仕事が滞り、このあとのウィリアムにとって何より大切なエルサとのランチの時間を減らさなければならなくなる。そしてそのせいで不機嫌になり自分が八つ当たりされるという負の予感が頭をよぎり、オブラートに包む間もなく声に出してしまった。
あ、っと思う間もなく乳兄弟の方を見ると、すでにぴたりと手が止まりじっとこちらを見つめている。
まぁ、オブラートに包んだところで視えているかもしれないが。
子供の頃からの付き合いである自分には慣れた感覚だが、果たしてエルサが能力について受け入れることは難しいのではないかとニースは思っている。
それでも、エルサが離れていくことはないだろうし、ウィリアムにとって最良の相手であることは間違いない。
できるだけフォローしたいと本心から思っているのだ。
ウィリアムもそんなニースのことは心を視なくとも理解している。
ふん、と一息ついて再び書類を捌き始めた。
「昨夜のうちに、今日やる仕事は終わらせてある。今は明日以降のものをチェックしているだけだ。…それに、逃げられた訳ではない。落ち着くのに少し時間が必要なだけだ」
「えっ!どんだけ仕事はやいの? 最近は国王から振られる仕事も増えてるのに」
「エルサとの時間を邪魔されるくらいならこれくらい大したことではない……ん?」
そこでふと扉の方を見る。
パカラッパカラッパカラッパカラ
なぜか蹄の音が聞こえる…?
パカラッパカラッパカラッパカラッパカラ
不審に思って扉を見つめるウィリアムと、それを察して扉に近づくニース。
コンコン
「失礼いたします」
眉間にシワを寄せ身構えていたところに、自分の最も大切な婚約者の声がして、そっと扉が開かれた。
扉前の護衛には、基本的にエルサの訪問時はそのまま入るように伝えているので驚くことではないが、予定より早い時間だったことと、予想外のエルサの妄想に固まるウィリアム。
なぜならそこには西の方で見かけられるというハットを被り馬に乗ったスタイルのエルサが輪を作ったロープを振り回して自分を狙っている姿が視えたからだ。
「…っ!?」
不審者を疑っていたウィリアムの能力が発揮され、エルサの妄想がはっきり視える。
「リアム様!ごめんなさい!」
そう言いながら縄を投げてくる妄想は、獲物に同情しつつも捉えていく狩人のようだ。
「エ、エルサ!??」
「私、これからたくさんウィリアム様を傷つけることがあるかもしれません。それでも、やっぱり一緒にいたいです!」
「どういうこと?エルサが私を傷つける?逆じゃなくて?」
ふるふると頭を振ったあと、普段の優しい瞳ではなく意志の強さが表れる凛とした瞳でウィリアムを見つめるエルサ。
「リアム様がどんな思いで私に話してくださったのかも考えず、自分のことばっかり気にしてあなたを傷つけました。その後も、ここに来るまでにたくさん時間がかかってしまってあなたを一人にしたわ。王族として誇りにすべき大切な力なのに、すぐに受け入れられなくてごめんなさい。しかも恥ずかしいなんて、幼稚な言い訳で。私は、リアム様とずっと一緒いたい。リアム様にみられて嫌なことなんて何も……つ!」
全て言いきる前に、覆い被さるようにして抱きしめるウィリアムによって視界が奪われる。
「エルサ!エルサ!待って」
頭の上から珍しく焦っている様子のウィリアムの声がする。
「殿下、良かったですね。先程は驚いて身動きが取れませんでしたが、なにせ私は空気ですからお気になさらず。今度こそ退出しますのでごゆっくり〜」
どうやらしれっと挨拶をしてパタンとドアを閉める音が聞こえた。
エルサとしてはニースは事情も知っていて、エルサの話を聞かれたところで抵抗がなかったが、ウィリアムにとっては自分史上最高の高揚感を乳兄弟に見られるのは気恥ずかしい。
そんな空気を察してくれるニースに感謝し、腕の中にいる愛しい愛しい婚約者を見つめる。
「リアム様?」
自分を包んでくれている体が少しだけ震えているのに気づきそっと顔を上げる。
そこには金の瞳から一筋だけ涙を流し、心から嬉しそうな、まるで小さな子供のような無邪気な笑顔があった。
「エルサ、会いに来てくれてありがとう。すぐに会いにいく勇気もなくて、逃げていたのは私の方だ。私と一緒にいたいと言ってくれてありがとう。私の力を受け入れてくれてありがとう!」
ぎゅっと抱きしめながら、顔中に口付けを落とされる。
いつもどおり優しい口づけだが、エルサに甘えているようにも感じる。
そんなウィリアムの髪を撫でるエルサは聖母のようだ。
「嫌だと言っても逃しませんわ。リアム様」
「ふふっエルサになら傷つけられても構わない。だから、ずっと一緒にいてほしい」
「はい。愛しています、リアム様」
「私も、心から愛している。私の唯一」
お読みくださりありがとうございます。
お気持ち程度に評価☆押していただけると嬉しいです。




