気分転換
王宮に泊まった翌日、朝から父の命を受けたリヒトが部屋まで来たため昼まで一緒に過ごし、その後予定通り王妃と母とお茶をして帰宅となった。
ウィリアムはやはり執務で忙しいらしく最後に見送りに来てはくれたが少し距離をおいての挨拶となった。
「はぁ…」
あれから10日も経ってしまったわ。
お手紙でのやり取りはしているけど…まだ少し、お会いする勇気がない。
エルサは日課である花の世話を終え自室のソファにもたれると、ここのところ止まらないため息をつく。
リアム様の能力を聞いてももちろん嫌いにはならないし、能力を抑えているとおっしゃっていたけれど、視られて困ることもない…はず。
…無いのだけれど…
恥ずかしいわ
だって、結婚が決まってからは以前よりずっとリアム様のことを考えてドキドキすることが増えていたし、二人の新婚生活や将来のこ、子供のことだって…
あわわわっ!
来週には女神様と約束した泉でのお茶会もあるから、王宮に行くし、このままでいけないのは分かってる。
このもやもやした私の気持ちをなんとかしないと。
ーコンコン
「姉上、久しぶりにでかけませんか?」
そこへ部屋のドアからリヒトが顔をのぞかせる。
儀式後からうわの空なことの多いエルサを心配した家族を代表して、リヒトが連れ出すことにしたのだ。
もちろん父シリウスも自らエルサの連れ出しを主張したが、万が一早とちりしたシリウスによって婚約解消を進められることがあってはいけないと、母と兄が結託して多数決で決めたのはエルサには内緒である。
「リヒト、今日はお仕事はいいの?」
「えぇ。今は議会も休みですし、領地の勉強も一段落つきました。オレリアに送るプレゼントを一緒に選んでほしいのですが」
「まぁ! いいわね。もうしばらく会えないし、私も何か送ろうかしら」
「姉上からのプレゼントがあればそれで十分な気もしますが、婚約者として私も負けられませんね」
「リヒトったら。ふふっすぐ準備するわ!」
久しぶりに領地に帰っている友人の顔を思い出し気持ちが明るくなるエルサは、街歩き用のワンピースに着替えリヒトと馬車に乗り込んだ。
「姉上と街に出るのも久しぶりですね」
「そうね、婚約が決まってからは公務以外では街に出るのを控えていたから」
「護衛もいるんですから、もっと出歩いてもいいと思いますよ」
婚約後、エルサには王家からも護衛が派遣され侯爵家の護衛と合わせると今のエルサの守りは国一番と言える。
もともと治安もよく、貴族であっても少数の護衛だけで街歩きができる王都だ。気軽に、とは言えないが王太子妃教育に励むエルサの気分転換になればとリヒトは常々思っていた。
「…そうね。王族に嫁ぐことに縛られすぎていたかもしれないわ。私はこの国も街も大好きだし、王太子妃の勉強もやりがいを感じてるわ。積極的にもっと全体を見ないとね」
「うん。それでこそ姉上だよ!」
吹っ切れたように笑う姉につられて同じように笑顔になるリヒト。すでに国全体の幸せを願うその顔は王族としての風格もあるようにリヒトは感じる。
その日、キラキラした美しい笑顔の姉弟が馬車から降り立つ様子を見ていた街の人々の間から、天使が地上に舞い降りたという噂が広まったのは必然ともいえる。
少し元気になったエルサとリヒトはそのまま馴染みの店をまわり、オレリアへのプレゼントを買ったあと、以前王妃に連れてきてもらった大通りにあるカフェでお茶をすることになった。
「あの花の図鑑、オレリア様は喜んでくれるかしら」
「姉上のおすすめなら間違いないでしょう。けど、オレリアが花の構造にまで興味があったとは、私も知りませんでしたよ」
「前にナタリア様の車椅子に置くクッションに刺繍した際に、より本物らしくするために観察してたらハマったんですって」
「へぇ。…まだまだオレリアのことは姉上のほうが詳しいですが、いつか私しか知らないオレリアを見つけたいですね」
少し拗ねたように、でも愛しそうに遠くを見つめるリヒトは、もうエルサの知っている可愛いだけの弟ではない。
そんな弟の成長に思わず微笑むエルサ。
「ふふっ、オレリアだって隠したいことはあるでしょう。リヒトはないの?」
「そりゃあ秘密くらいはありますよ。それに…」
「それに?」
「オレリアのことをもっと知りたいとは思いますが、全部知るのは怖いですね。もしかしたら自分の秘密を知られるより、知る方が怖いかもしれません」
「…知る方が、怖い?」
「はは。まぁ、そんなことはあり得ないんですけどね。ところで、この店の菓子は珍しいものばかりですね。お土産に買って帰りましょう」
「…そうね」
帰宅後、家族との晩餐を終えたエルサは部屋に戻り考える。
『知る方が怖い』
日中リヒトが口にしたその言葉がエルサの中で繰り返される。
人はちょっとした事でも感情が揺れるし、ドロドロとした気持ちを持つこともある。それを毎日多くの者が出入りする王宮で、ずっと視てきたの?
きっと王族であるリアム様に向けられる、心を伴わない笑顔を見る機会も多かったはず。私ですら、そんな雰囲気を感じると気分が良くないものなのに。
それに能力って子供の頃から抑えたりできるものなの?
あの日私は自分の事ばかり考えて、恥ずかしいと逃げてしまっていたけれど、あの時の私の心に負の感情は本当になかったかしら。
もしほんの小さなそれでも、リアム様が視てしまったら…
「大変! こんなことしてる場合ではないわ。ミーナ! 明日王宮へ行く打診をしてちょうだい」
「やっとですか。王宮から付いてる護衛から、エルサ様が登城する予定が決まり次第、何をおいても優先させるとすでに許可は出ておりますが。再度確認だけしておきますね!」
_________
「…なぁニース。警備からの報告で、昼に天使の姉弟が王都に舞い降りた、というのがあるんだが。…たしかエルサにつけている護衛からも街に行ったという報告がなかったか?」
「あー。たしかエルサ様とリヒト様がオレリア様への買い物をしたと報告がありましたね。でも護衛からは天使という不審な単語は出てませんよ?」
「…はぁ、俺の天使が」
「えっこれってエルサ様達なんですか! そういえば、最近エルサ様をお見かけしていませんね。喧嘩でもしたんですか?」
「…お前。視えないのに、的確に刺してくるな」
「失礼します。殿下、明日エルサ様が来られ「許可ぁぁ!」」
「……重症ですね」
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