年末の夜会 その1
一年の最後の日。
贅を尽くした王宮の広間で、年末の夜会が始まろうとしている。
下級貴族から入場し、侯爵家のエルサが会場に入る頃にはかなりの人数になっていたが、ダンスホールを除いても、まだまだ広い。
今日のエルサは、年末の夜会に初めて参加する事を示す、白いジャケットのリヒトに合わせて、ドレスのところどころに白いリボンを巻いている。白だけでは寂しいからと合わせて金のリボンも巻かれた姿を、自分ではプレゼントのラッピングみたいだなと夢のない感想を抱いたが、侍女のミーナには可愛らしいと大好評だった。
そして今、侍女の狙い通り会場中の熱い視線を集めている。リボンの巻かれた女性に夢を抱く男心を、彼女はまだ知らない。
侯爵家に続き、ヤシール公爵夫妻が入場したあとは、王族の入場を待つばかりである。
それぞれ旧知の者同士、今年も無事に夜会に参加できる喜びを語り合っているようで表情は明るい。
「何度来ても、ここはすごいわ。装飾もだけど、魔石の使い方が比じゃないわ。音楽や空調、照明。それにセキュリティも」
「姉上、最後のは気づいちゃいけないやつだと思うよ。僕も王宮に出仕には来てるけど、年末の夜会は初めてだから、さすが規模の大きさに圧倒されるね。毎年こんな感じなのかな」
「いいえ、去年より人数が多いと思うわ。去年は北の辺境伯からは、使者しか来ていなかったはず」
「ああ、あのご令嬢を4人も連れてる人達だね。目立っているけど、ひどい装いだ」
式典でも認められている毛皮のジャケットを着た、野性的な雰囲気のある辺境伯が連れている4人の令嬢のドレスは、赤、青、黄、緑の原色に、かなりけばけばしいメイクだ。正直洗練された王都の流行にはまったく合っていない。辺境伯は気にしていなさそうだが、令嬢達は少し肩身が狭そうだ。
「そんなことを言ってはだめよ。地域が違えば環境も流行も変わるもの。辺境では他にも王都との違いがあるのかしら。王都にいる間に話を聞いてみたいわね」
「姉上の好奇心を尊敬するよ」
リヒトを諫めていると、侍従による王族の入場がアナウンスされた。
話している途中の者も一斉に前を向き、ざわざわとした広間の空気は一瞬で引き締まる。
男性は膝をつき胸に手をあて、女性はドレスの裾を広げ腰を折り、広間にいる全ての者が頭を下げる。
その光景は圧巻だ。
合図のラッパとともに奥の扉が開く気配があり、頭を下げたまま王達が席に着かれるのを静かに待つ。
「皆、今年もよく集まった。面をあげよ」
王の声が会場中に響き、一斉に姿勢をただす。
広間の最上段にある玉座の前に、王と王妃が並んで立っている。そのすぐ下の段には胸に手を当てて正面を向く王子が二人。
4侯爵家はしきたりとして最前列にいるため、エルサの前の壇上に、王子二人が立っているのが見えた。
一人はアラン殿下。毎年夜会で顔を見る機会はあるが、まだ準成人前の13なので、今日も最初の挨拶のみの参加となる。
大勢の貴族の前で、まっすぐ前を向き姿勢よく立つその姿は、少年らしさはあるものの、堂々としていて王族らしい。
そして、エルサの目の前にいるのがウィリアム王太子殿下だろう。王妃の、ひいてはグレイス帝国の血を思わせる、知的で整った顔立ちに加え、金色の髪に金の瞳は想像以上に高貴な存在感を放っている。
その姿に誰もが魅了され、
興奮で会場の気温がぐんと上がる。
「夜会を開催する前に、我が息子ウィリアムが留学先のグレイス帝国から帰ったことを報告しよう。年明けには成人し、今後は未来の王となるべく、国内外の政に携わる予定だ。ウィリアム、前へ」
王の言葉を受け、王太子が一歩前へ出る。
「しばらく国を離れていたが、留学中に学べたことも多かった。これからは国のために力を尽くすことを約束する」
表情を変えずに全体を見渡し、短い挨拶をする。それだけの事なのに、年頃の女性達はうっとりとし、王子に微笑みと熱い視線を送る。
そう、一人を除いて…
あの方がウィリアム殿下、噂通りの美しい方ね。想像より筋肉質ってわけではなさそう。むしろ見た目も体格も反対に見えるわ。挨拶も長くないし、どんな方か見せないのは王族の戦略なのかしら。
他国ではカーテンで顔を隠して、姿さえ見せない文化もあると聞くし。
フレーメ国は比較的、貴族同士の私的な関係はフランクだけど、王家は別よね。
王への忠誠心が高いからこそ、国が平和でいられるのもあると思うし。うんうん。
エルサは臣下として王家に忠誠を誓っているが、初めて見る王太子のことをまずは冷静に観察する。
なぜ冷静に観察できるかと言えば、
美形に慣れている。
その一言である。
ほかの令嬢は、いまだ目がハートであり、それが正しい反応と誰もが疑わないほど、本来のウィリアムは「美形」である。
さて、会場が落ち着いてきたところで、まずは各担当大臣による一年の総括だ。
エルサの父シリウスも大臣席へ移動する。
順番に前へ立ち、報告が始まる。
「農林担当から…今年は天候が安定していたため農業での…」
「流通担当としては…」
「産業担当から…魔石の採掘については…」
「経済文化面では…」
「周辺国との関係では…」
延々と話がつづく。
どこの世界も、会の始まりの挨拶は長いのである。
議会で話し合われたことの総括なので、高位貴族ならば既に知っていることばかりだが、全体で共有することで国への帰属意識と忠誠心高める大切な時間だ。
だからこそ、その意味をわかっている爵位が高い者ほど真剣に話に耳を傾ける、…ふりをする。
あぁ、話が長い。
昨日もつい本を読んで夜更かししてしまったせいね。あと5人もの挨拶を、聞かなきゃいけないなんて。正直この床でいいから横になりたいわ。はぁ。柔らかそうな絨毯が私を誘っている気がする。人前で眠る姿を見せるなんて淑女として考えられないけれど…。
(…蓋のある棺にでも入れば私だとバレないかしら)
「なにびとも開けてはならぬ!」とか貼り紙しちゃって。中は包み込むようなふかふかの寝具がいいわね。うんうん、なんだか厳粛な雰囲気になるじゃない?ふぁ~私も棺に入って少し寝るわー なんてね。
「…ふっ」
ん?なにか聞こえたような。
妄想で棺に片足突っ込んでいたエルサは、意識を戻してそっと視線だけで周りを伺う。
皆、静かに話している大臣の方を見ているようだ。
気のせいだったのかしらと前を向き、まっすぐにこちらを見つめる人物に気づいた。
あ、あら?ウィリアム王太子殿下がこちらを見ている気がする。気のせい、じゃないわよね。私の足元を見ているような。
な、なにかいるのかしら。
予期せぬ出来事に動揺する。
慌ててはいけないわ。
蛇ににらまれた蛙のように、体はピクリとも動かさず、ゆっくりと視線だけを足元へ向ける。
が、何もない。
気のせいだったのかしら。
また、ゆっくり視線を上げる。
……!
今度はしっかりと目が合ってしまった。
も、ものすごく見られてるー!
先程の王の紹介の時は、無表情で少し冷たい印象であったが、今はその瞳の中に彼の意思があるように見える。
なにも悪いことはしていないのに、全てを見透かされているような。き、緊張するわ。これが王族の威厳というものなのかしら。
会話中でもないにこのまま長く見続けるのは不敬にあたる。エルサは不自然にならない程度に視線を下げ、心を無にすることにした。
「…以上で報告を終わります」
どれくらいの時間だったのか、気づいた時には大臣達の報告が終わり、王太子も報告者達に拍手を送っていた。
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