王家の一員
車窓から10日ぶりの王宮が見えてきた。
自分が育った領地よりも『帰ってきた』と感じるのは、ここ数ヶ月の生活の濃さ故か。
見慣れた王宮の門をくぐり馬車から降りる。
もしかしたらウィリアムがいるかもと少しだけ期待したが、先に儀式を終えたウィリアムは朝から溜まった仕事を片付けるため執務室に籠もっているらしい。
リアム様もお仕事を頑張っているのに、私が落ち込んでいては駄目ね。
しゃきっと背筋を伸ばし、王宮内を歩く。
その姿はいつの間にか美しさや気品だけでなく気高さも備わり、すれ違う人々の心を掴んでいく。
謁見の間に入ると王と王妃、そしてエルサの父シリウスが待っていた。
王の前で美しい最敬礼の形を取る。
「ただいま戻りました」
「面をあげよ。無事に儀式を終えたようで何より」
「ウィリアムからも報告は受けましたが、有意義な時間だったようね」
エルサの挨拶ににこやかに迎え入れる王と王妃に対し、父シリウスは10日ぶりのエルサをよく見ようと目は釘付けだが、さすがに謁見の間とあって静かに立っていた。
よく見ると抱きしめたくて手が震えているが。
…………。
「いや!逆に恐いわ! シリウス!話しかけていいから瞬きしろ!」
顔を緩ませないよう無表情でエルサをガン見した結果、震えながら涙を流すというシリアスな状態に、友人でもある国王がすかさずツッコミを入れる。
「エ、エルサぁ〜、あんなに小さかったエルサがすっかり大きくなって」
国王からの許しもあり、瞬きと同時に溢れる涙。
…いや、10日間では流石に成長しませんけどね?
部屋にいる者はドン引きである。
ウィリアムが女神のことを話しているかわからず、王族ではない父もいるためエルサから詳細は言えない。
エルサはひとまず儀式の感想を述べることにした。
「今までは祈りといえば家族や領民に対してのものでしたので、国のすべてに祈りを捧げるというのは初めての経験でした。それでも王妃様が教えてくださったことや視察で感じたことを元に、迷いなく祈れたと思います。とても素晴らしい経験でした」
「…ぐすっ立派になって」
父感涙。
「ふふっ。ウィリアムは修行のようだったと言っていたけど、本当に人によって違うのね。ゆっくりできたんじゃない?」
「一人で寂しかっただろう。私は寂しかったよぉ…」
父ぼやく。
「王族が一番癒やされるはずの泉の中も、エルサ嬢に触れないってあいつ不貞腐れてたぞ」
「触っ!!?」
父動揺。
シリウスはエルサに会えず不安定なのである。
「…ごほん。刺繍も完成したと聞いておる。作ったものを見せてくるか」
国王の言葉にエルサは侍女に持たせていた箱を受け取り中の刺繍を国王に差し出した。
「どうぞこちらですわ」
春夏秋冬と花のデザインを褒めていたが
「これは!!」
「…!」
5枚目の最後の刺繍を見たとたん王と王妃は言葉を失った。
力のあるものには白く見えると女神様が仰っていたから、気づいたのかしら。
「なにかございましたか?」
シリウスが不思議そうに訊ねる。
「そうね。とても、よくできているわ」
「あぁ。ふふふ、ふふふふ」
「…?」
「シリウス。大変嬉しいことに、エルサ嬢はこの時を持って完全に王族とみなす」
突然の王による宣言に、シリウスはなんだか嫌な予感がする。
「ありがとうございます。それは婚約者として王族に準じた地位ということでしょうか。今までと変わらないように思いますが」
「いや。準ずるではなく、王族の一員となる。これは極秘事項だが、なぜかエルサ嬢には本来王族の結婚式でなされる女神の祝福がすでにかけられている。女神様に王族として認められたということだ。式の日程は変えられないが、警備の面を考えるとできるだけ早く王宮に住めるようにしてもらいたい」
なぜか という発言に、冷や汗が落ちるエルサ。
「!?!? なんと…女神様に」
祝福という慶事と王宮に住むという言葉に固まるシリウス。
「祝福を受けたものに何かあると女神の悲しみで国が荒れるのだ。王族の一員ということは、私の娘! 全力で守るから安心しろ」
「それは許可できません! 女神様に認めていただいたこと、大変光栄に思いますが、警備の面では我がプリマヴェラ家でも問題はありません。もし不安だということでしたらさらに増やしましょう」
「いやしかし、公務など移動の手配も大変だろう? どうせ出発は王宮なのだ。そして早く私もパパと呼んでほしい」
「全く問題ありません! 早朝だろうと深夜だろうと付き添います! そしてパパとは呼ばせません!!」
どんどんヒートアップしていく男二人をぴしゃりと王妃が止める。
「落ち着きなさい二人共!エルサさんが困っていますよ。エルサさん、貴女はなぜ祝福を受けたか理解はしていますか」
「はい。泉の祈りができるように、とのことでした」
エルサの答えに少し思案したあと王妃が提案する。
「そう。では当分は定期的に祈りの時間をもうけましょう。その時は王宮に泊まるということでいいかしら」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
話がまとまったところで、ノックとともに侍従がウィリアムが来たことを告げた。
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