儀式…その3
儀式2日目
誰かに名前を呼ばれたような気がしてエルサは目を覚ました。
しかし寝室には誰もおらず自分ひとり。相変わらず真っ白だが心地よい空間に、怖いとは思わなかった。
朝食後祈りの間で朝の祈りを行う。
朝の祈りは泉に入らないので、ウィリアムと道を繋ぐことはできない。
エルサは泉の縁に跪き、祈りを唱える。
不思議だわ。
国のために、女神様のために祈っているはずなのに、自分まで癒やされている気がする。
どうか私の分まで、困っている民に癒やしの加護が届きますように。
ちゃぷん__
静かな泉に雫の音だけが広がる。
祈りを終え部屋に戻ると巫女達から日中の予定の提案があった。
「エルサ様、本日は花を生けていただきたいのですがいかがでしょうか。こちらは儀式の一環ではありますが、体が慣れるまではお休みされてもかまいませんよ」
花を生ける…?儀式っていうからもっと特別なことをするのかと思っていたけれど、きっと意味があるのよね。
花は好きだし、やる気が出るわ。
「もちろんするわ。体調もとても良いのよ、ありがとう」
予定が決まると巫女達が花と5つの花瓶を持ってくる。
今は夏だが持ち込まれた花は夏の花だけでなく春、秋、冬すべての季節の種類が揃っていた。
儀式の為に特別な温室で育てられた物で、季節ごとに4つの花瓶に、そして5つ目は全てを合わせて生けるらしい。
「すごいわね、冬にしか咲かない花がこんなに見事に」
冬の花の一つを手に、香りを楽しむ。
白の部屋にエルサと花だけに色がのり、その様子はやはり花の妖精そのもの。いつかの王宮でウィリアムが釘付けになったように純粋に美しい花を見て喜ぶエルサに、ここでは巫女達が悶えた。
一つ一つ丁寧に挿していくエルサ。心地良くリラックスできる白の部屋でする生け花は自室にいるときを思いだす。
幼少期から家庭教師に淑女教育の一環で生け花を学び、自分でも花を育てているエルサにとって、サイズや色のバランス、花の扱いについては迷いがない。
「ふん、ふふ〜ん、ふふふ〜ん」
いつもなら弟のリヒトが注意してくれる場面だが、残念ながらここにはエルサと巫女達のみ。
その巫女達は温かい視線で見守っている。
「これくらいかしら。どう?」
「素晴らしいです、エルサ様」
「花が喜んでいるようですわ」
素直に褒めてくれる巫女達に言われてエルサも花を見ると、雫などはついてないはずなのに、花もキラキラしている気がする。
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がした。
しかし巫女達は花を見て話しているし、他には誰もいない。
「……?」
空き時間には読書や部屋の中を歩いて軽く運動し、夜の祈りの時間には道を繋げてウィリアムと話ができた。
「エルサと話せて嬉しい。今日はどんな一日だった?」
泉の中ではエルサはもちろん、ウィリアムもとてもリラックスできるようで表情が豊かなだけでなく饒舌だった。
いつもより更にエルサの話に耳を傾け、また自分の気持ちもはっきりと伝えてくれる。
ウィリアムは今日は"滝行"というものをしていたらしい。
本来自然界にしかない滝が祈りの間にあり、かなりの高さから落ちる水に長時間打たれるという儀式らしい。
大変かと思ったが
「精神統一できて夜の気が紛れる」と話していた。
エルサの生け花の話では「私も横にいたかった…」と、とても残念そうにしていて思わず笑ってしまう。
翌日の儀式は活けた花の模写だった。
さらに翌日からは描いた絵を元に刺繍という、なんとも優雅な儀式という名の日常生活を送った。
一方のウィリアムは、滝行や焚べられた火の前での座禅など話を聞く限り肉体的にも精神的にも修行といえるような儀式だった。
夜、泉の中ではめずらしく素直に疲れた顔を見せることもある。
「あと1日か。ここで話せるのは今夜が最後だね」
「はい。最初は少し不安でしたけど、この空間も儀式も王妃様の仰ったとおり、とても神聖で素敵な時間でした」
「そうだね。私は儀式というより修行気分だったけど。エルサを想いながらも心を乱すことなく行動できるようになった気がするよ。触れられず言葉だけで気持ちを伝えることで、エルサへの想いも更に深くなった。不思議とここでは何でも話してしまうからな。格好つけようも無いし」
「ふふっ私もリアム様のことがたくさん分かって、ますます好きになりました。毎日本当に国のこと、リアム様のこと、女神様のこと、何にも惑わされず自分の中で大切なものを再認識できた気持ちです」
「エルサに好きって言ってもらえた…!」
ぽろりと出た言葉に感激するウィリアム。
そんなウィリアムを見て、素直に話そうと思うエルサ。
「リアム様、ごめんなさい。本当は出発前…結婚に向けた儀式ということで、リアム様には王族としての、その…」
「? どうしたの?」
「じょ、女性と接する方法を…」
「まさか、私が他の人と触れ合うとでも?」
思いもしない内容に一瞬ピリリとするウィリアム。
「本当に、勝手に想像して落ち込んで、心配かけてごめんなさい。王族として必要ならばと。でも出発前にはその気持ちに整理がつかなくて。今はリアム様を信じていますから」
「…っ! エルサ! そう言うことは触れられる時に言ってくれ。今度はしっかりと君に分からせてあげるからね…はぁ、愛し過ぎて辛いことがあるなんて」
手で顔を覆うウィリアム。
「でも、先日の口づけはとてもその、お上手でしたし…」
「…っ!」
頬だけでなく耳まで赤く染める愛らしいエルサに、いよいよ天を仰ぐウィリアム。
初めての言い合いになってしまったが、お互いの気持ちに揺らぎがないことは分かるので、客観的に見ればなかなかに甘い。
「少しヤキモチも焼いてしまいますが、はしたなくも、もっとしたいと思ってしまって」
必死さに目をうるませて訴えたエルサの言葉にウィリアムの理性が崩れた。
「はぁ、女神よ…。エルサ、覚えておいて。私はエルサ以外には絶対に…「くすくす…っぶふ! あ、はははは!」
突然まばゆい光が空間を満たす。
「「え!?」」
ウィリアムの言葉を遮って聞こえてきたのは女性の豪快な笑い声。
思わず警戒した二人の間に入る形で現れたのは、神々しいまでに美しい女性だった。
しかしその額に煌めく紋章を見て、すぐにウィリアムとエルサは跪く。
「あはははは。あー、おっかし! あら、どうしたの? もうお終いなのかしら」
この国の建国を手助けした愛の女神、その人だった。
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