アウトンノ侯爵家でお茶会
アウトンノ家の夜会から数日後、
エルサは母とともに再びアウトンノ邸を訪れた。
薔薇が美しく咲く庭に面したサロンは、大きな二重のガラスが日光を取り込み、冬でも暖かい。冬の飾りつけである色ランタンも飾られており、目を楽しませてくれる。
オレリアとその母ナタリアに
お茶に誘われたのだ。
社交の季節とはいえ、年末が近づくにつれ領地から出てくる貴族も増え、笑顔と知識をフル活動させていたエルサにとっては、同じ貴族と言えど心を許せるオレリアとの私的な茶会は、心癒される。
「ところでソフィア。エルサはそろそろ婚約者を決めるのかしら。うちのダニエルなんてどう? 見た目はいかついけど、面倒見が良くて優しいわよ」
「っはぶ!」
「あら、それならオレリアはリヒトと結婚してもらって、うちに来てくれたら嬉しいわ。刺繍が上手な、お転婆じゃない娘が欲しかったのよ~」
「っこほっこほっ」
ちなみにお茶を噴き出したのがエルサで、飲み込んでむせたのがオレリアである。
久々にリラックスしながらのお茶会でも気を抜いてはいけないことを学んだ。
「はしたないわよ、エルサ。こんな冗談くらい受け流せないと淑女とはいえないわよ」
「オレリアも、これくらいの会話で動揺してたら、貴族社会でやっていけないわ」
「失礼しました。ダニエル様は私にとって兄のような存在でしたのでつい」
「私は正式な成人まであと2年ありますから」
まだ恋愛に興味が薄い二人は、苦手な話題からなんとか話をそらしたい。
しかし普段家から出ないナタリアは、他人の恋バナに興味津々でぐいぐい続ける。
「でも本当に、エルサは来年には成人でしょう。シリウスが止めていたとはいえ、すぐに縁談が舞い込むわよ。それに先日のダンスのお相手達とは話が弾んでいたのではなくて?」
「ダンスの時ですか? まぁ、うちのワインを誉めていただいたので、それに合う食べ物の話やお相手の領地の特産の話はそれなりに盛り上がりましたわね。やはり北の方が魔石の質が高いそうですよ」
「それは仕事の話でしょ。もっとこう、お互いの趣味とか、次に出掛ける約束とか」
「たしか、普段していることを聞かれましたわ」
「そうそう、それで?」
「先程の領地の話になったわけです」
3人は、じとりとした目をエルサに向ける。
「…なにか?」
こくりとお茶飲み、そう訊ねる顔は美しいのに、なんだか残念な空気が流れる。
「そういえばエルサ。あなた宛にその時に踊ってらした方の家から、お茶会の招待が何通か来てたわよ」
「まぁ! そこで仲を深めようってことね。オレリア、あなたもこれから夜会やお茶会で出会いを見つけなさいよ」
「はぁ。お母様、私の前にまずはお兄様ですわ」
「あら、ナタリア。さっきの冗談は置いておいて、ダニエルはたしか騎士団の訓練を見学に来ていたご令嬢と親しくしていると話してなかったかしら?」
「それがね、最初はあのいかつい見た目を気に入ってくれたようなんだけど…」
母のため息にオレリアが続ける。
「お兄様は見た目とは違って、話すととても面倒見がいいでしょう?」
「たしかに、ダニエル様は昔からとても優しいですわ。それの何が?」
「見た目とのギャップがありすぎて、ときめかないと言われてしまったらしいの。どうやら話しかけられた際に、世話焼き体質がバレてしまったみたいで。」
「…!」
(それは、本に書いてあったオカン体質というやつ!!)
いかついダニエルがエプロンをつけ、「ハンカチは持った? お腹すいてない? 寒くない? 上にもう一枚着たら?」と小柄な令嬢にあれやこれやと世話を焼く姿。
うん、ちょっと引くかも。
オレリアが小さな頃から、ナタリアの代わりにお茶会などに付き添ってくれていたのを見ているので、容易に想像がつく。
世話焼きは相手が幼いならば重宝されるスキルだろう。
「ま、まぁ、ダニエル様のよさを分かってくださるご令嬢もきっといますわ! ギャップ萌えですわよ。ギャップ萌え!」
「だといいのだけれど、頭のいたい問題だわ」
ティータイム後もそのままサロンで話すという母親達と分かれ、エルサ達はオレリアの部屋に移動した。
「それにしても、ナタリア様が元気そうでよかったわ。オレリア様も準成人となったし、これからは一緒に夜会にも出られるのかしら」
「そうですね。家のことと私のことをしてくれる母しかあまり見たことがなかったので、あんな風に人と話すことで笑顔が増えるなら私も嬉しいのですけど。まだ、外には…」
「?」
「人に抱えられての出席は、どうしても抵抗があるみたいでして」
「たしかに、夜会用のドレスは抱き上げるにはボリュームがありすぎるし、ガッシュ様も他の人に任せるのは不安でしょうね」
「それに、杖で支えていても長時間立っていると、次の日体調を崩してしまいやすいんです」
「そうなのね。先日もあんなに楽しそうにみんなと話していたし、なんとかできるといいのだけど」
(椅子に座って、来てもらうのを待つより、そのまままわれたらいいのでしょうけど)
座っている豪華な椅子の足がぐにゃりと曲がりながら動きだし、自由に好きな場所へどんどん進めば。馬上の騎士のように操縦しちゃったりして。ふふ、素敵でしょうね。その後ろをガッシュ様が焦りながら、でも嬉しそうに追いかける。うんうん、ありだわ。
「足元だけ動く椅子があればいいのよね」
エルサはつい口から漏れる。
「え?エルサ様、なにか仰いましたか?」
「オレリア様、私に協力できることがあれば仰ってくださいね」
「ありがとうございます。エルサ様にこうして仲良くしていただけるだけで、母も父も喜んでいます」
「それはお互い様ですわよ」
部屋の中の和やかな空気でエルサは癒しの時間を満喫した。
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騎士団訓練所にて
「ぶぇっくしょい!」
「ダニエル、風邪か?早めに帰ってもいいぞ」
「いや、なんか寒気がしたけど、風邪より嫌な予感がする。」
「噂でもされてるんだろ。どうせ結婚はまだかーとか」
「思い当たりすぎる。今日はできるだけ遅く帰ろう…」
ダニエルはいいやつ。
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