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儀式…その1




「お久しぶりです、エルサ様。さぁこちらへどうぞ」


夕方、プリマヴェラ領の教会に到着すると、顔見知りの神官長が待っていて奥の部屋へと案内された。


「まぁ! ここには何度も来たことがあるけれど、奥にこんな場所があったのね」


教会の大聖堂から奥に続く通路を通り、大きな扉をぬけた別の塔。

そこは壁や家具、ちょっとした小物もすべて白で統一されている空間だった。

エルサも今日のために指定された白いワンピースを着ているので、不思議な世界に迷い込んだ気分だが、不思議と落ち着く。


「王族に伝わる儀式をするときのみ使用する専用の部屋です。国内の教会で東西南北それぞれにありますから、今後は訪れる機会が増えるでしょう。プリマヴェラ領のこの部屋は東の間と呼ばれています」


「そうなのね。とても落ち着く空間だわ」


「…落ち着きますか。本来なら慣れるまでお祈りをして穢を落とすのに数日かかるはずですが、きっとエルサ様がこの空間に受け入れられている証でしょう。エルサ様なら大丈夫だろうと王宮の神官長からも言われておりましたが、さすがです。ここでの生活のお手伝いは全てこちらの巫女達がいたします。この部屋に入れる者たちなので、穢れなき心の持ち主であることは保証します。もちろん、困ったことがあれば私も頼ってくださいませ」


「分かったわ、よろしくね。ところで、儀式については何も知らされていないんだけど、私は何をすればいいのかしら」


「一番大切なことは10日間、この白の空間で過ごしていただくことと、朝晩のお祈りと泉での清めです。日中に行っていただくことは、強制ではありませんが毎朝朝食の後でお伝えさせていただきます。本日はもう遅いので、夕食後のお祈りと清めのみお願いいたします。後ほど夕食をお持ちしますので、それまでどうぞおくつろぎください」


「ありがとう。ではそうさせていただくわ。皆さんも何かあれば呼ぶので、下がって結構よ」


深く一礼して部屋から出る神官長と巫女達を見届けて、エルサもソファに座る。


「ふぅ」


この白い空間は本当に癒やされる。

半日とはいえ馬車での移動で疲れていたエルサは一息つくとソファの背に体を預け、目を閉じた。



今頃リアム様はどうしているかしら。


リアム様はどうしていつも私の中に不安があると声をかけてくださるのかしら。

今朝のことも…ここ数日誰にも気づかれていないと思っていたのに、会った瞬間に抱き上げられるなんて…もしかして顔に出ていたのかしら。

私もまだまだね。


…でも、嬉しかったわ

『エルサだけ』という言葉。

リアム様はいつも、私が迷いなくそのままの私でいられるように愛してくださる。



コンコン…



どれくらい時間がたったのか、ノックと共に夕食の配膳許可を求める声がかかった。


「ありがとう、お願いするわ」


不思議な白の空間で、心も体もすっかり癒やされたエルサ。リラックスしすぎて自邸にいる時のような高位貴族らしくない眩しい笑顔に、様子をうかがっていた巫女達も頬を染めたのだった。



「食後の紅茶まであるなんて…家にいる時と同じ生活だわ」


音を立てずに優雅に紅茶を飲むエルサがポツリと漏らす。


「驚かれましたか? こちらは祈りの場だけでなく、王族の方々が地方に視察に出られた際の安らぎの場として昔から活用されているんです。この紅茶は王妃様のお好みに合わせておりますが、エルサ様のご希望もどうぞ教えて下さいませね」

「まぁ、そうなのね。だから帝国の茶葉を。私もこの紅茶は好きよ、夜に飲むと落ち着くし。でもそうね、朝はスッキリする香りがいいかしら。お任せするわ」

「かしこまりました。お疲れもとれたようで安心いたしました。このあと星の刻より夜のお祈りと清めの泉の儀式がございます。それまでにこちらにお召し替えをお願いいたします」


巫女に手伝ってもらい着替えたのは、胸元に王家の紋章が入っている真っ白なローブだった。

時間になり、祈りの間へと移動する。


と、いってもエルサが過ごす部屋、寝室、祈りの間は全て王族専用の空間として扉で繋がっている。


祈りの間の天井はガラスで覆われていて夜空の星がよく見える。部屋の中心に女神像があり、その下に清めの泉があった。白い空間に夜の闇、キャンドルの明かりに照らされキラキラと輝く泉のある部屋はとても幻想的だった。


泉の縁から女神像に向けて祈りを行っていた神官長がエルサたちの入室に気づき、立ちあがる。


「エルサ様。準備はよろしいですか? それでは儀式を行います。まずはこちらでお祈りを。教会での祈りの言葉は覚えていらっしゃいますか?」

「えぇ。こちらの教会で教わったものでいいのよね」

「はい。大丈夫です。今私がしていたように、こちらの泉の手前で祈りの言葉を2回唱えていただき、その後、闇の刻までこちらの泉に腰まで使っていただきます。冷たくはないと思いますが…一度触れて見られますか?」


禊とはいえ長い時間水に入るならそれなりの覚悟が必要だ。神官長に促されてそっと手を浸ける。


「あら、なんだかポカポカするわ」

「それは良かった。よほど相性がいいのでしょうね」

ホッとした顔の神官長の言葉にエルサは首を傾げる。


「祈りの時間には儀式に参加する方、つまりエルサ様以外は立ち入ることができません。闇の刻に鐘がなりましたらお迎えに上がりますが、それまでにもし何かございましたらこのベルでお呼びください。それと、王妃様より預かっておりますお手紙がございます。必ず()()()で読んでほしいとのこと。本来は祈りの場に何かを持ち込むことはできませんが、歴代の王妃様のお輿入れに際しての最初の儀式だけ、このように次の方へ渡す習慣となっております。水に濡れても溶けない紙ですのでどうぞお持ちくださいませ」

「泉の中で読むのね、分かったわ。ありがとう」

「それでは我々は退出いたします。こちらの部屋は、フレーメ国全土に祈りを届けると昔から言い伝えられております。闇の刻まで長いと思われるかもしれませんが、部屋をエルサ様の祈りで満たすような気持ちで、頑張ってください。我々も外からお祈りをしております」


エルサを幼い頃から知っている神官長が、少し心配そうに励ましながら出ていった。



パタン


戸が閉まると取り残された気持ちが強まるが、不思議と心細くはない。



よしっ! やるわよ!



そしてエルサはもともと神官長が心配するほど、か弱くはない。



気合を入れて泉の手前で跪き、手を前に組む。

心を無にして唱えるのは幼少期から教会で唱えてきた祈りの言葉だ。

『健康』『平和』『自然』『未来』冬の色ランタンに込められた願いと同じ4つの祈りから成り立つ言葉を謳うように静かに2回繰り返す。


泉と像以外何もない空間だからか、無音の世界にエルサの声だけが響き、世界から切り離された全く別の空間に一人でいるような気持ちになってくる。


「ふぅ、それでは泉に入りますか」

唱え終わり、目を開くがエルサ一人であることは変わらない。誰もいない中、気合いを入れるために呟いた言葉さえも部屋に響く。

先程のように、そっと泉に手を浸けた。

冷たくも熱くもなく、じんわりと受け入れられるような感覚。


不思議だわ。

濡れているのに濡れていないような感覚というのかしら?

このまま入ってしまいましょう。



一歩一歩女神像の下へと足を進める。

確かに水の中なのに、あまり抵抗なく進んでいく


そして



えっ………溺れる!!!?



足元が突然深くなり、エルサは足元が抜ける感覚に思わず目を瞑った。




お読みくださりありがとうございます。

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