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故郷の味 …sideアンナ




「私達も試食しましたが本場の味は分からないので、よろしければアンナ様に、本日は一緒に召し上がっていただこうと思いまして」


珍しく王太子殿下とエルサ様に手紙をもらい、王宮に父と来てみれば、昼食会のテーブルにはなぜか我がエスターテ侯爵領の郷土料理が運ばれてくる。



殿下とエルサ様は以前お見かけした時よりさらに親密になっているのが感じられるが、そんな仲の良い二人の昼食に自分達がなぜ呼ばれたのか、そしてなぜ南方の料理が並んでいるかが分からない。



まさか、二人の仲を見せつけるため…?



思わず穿ったものの見方をしてしまいそうになり、慌てて頭を切り替える。


私は知っている。

エルサ様がそんなことをする人ではないということを。



プリマヴェラ侯爵令嬢のエルサ様とは幼い頃からお茶会などで何度も顔を合わせてきた。

昔は同じテーブルについて会話をすることもあったけれど、同じ侯爵令嬢として周囲から比較されるにつれて勝手にライバル心を募らせたのは私だけ。

年齢が上の私が単純に先に習っただけのことを貴族の見本のようにエルサ様に見せつけ諭しても、彼女は笑顔で受け入れ自分のものにしていく。

そんなエルサ様の姿勢は、いつからか悔しいと感じるより憧れの対象になっている。


年上で同じ侯爵位の私はそれを認めるわけにはいかないけれど。



そんなことを思いながら二人に勧められて席につく。


長方形のテーブルに殿下とお父様、エルサ様と私が隣り合って座る。

お父様も食事会の趣旨は聞いていなかったのね、困惑顔のお父様の顔が目の前に見える。



「殿下、エルサ様。会食に招いていただいて大変光栄なのですが、こちらはいったい?」


オレンジと肉のソテー、魚のベリーソース煮込み、他にもサラダやスープ、南方ではどれも馴染みのある料理だけれど…


「ナンナン亭のオーナーに協力してもらって、いくつかレシピを教えてもらったんですの。王宮料理人に作ってもらったから美味しいのは間違いないですわ」


お父様の質問に、隣りにいるエルサ様が笑顔で答えてくれる。

その笑顔に裏はない。

先程からウィリアム殿下の表情は読めないけれどエルサ様の言葉に頷きお父様とお話を始めてしまった。


結局なぜ南方料理なのかわからないままだけれど

「エルサ様は以前もナンナン亭にいらしてくださってましたわね。気に入っていただいているようです嬉しいですわ。そういうことでしたら、一緒に頂かせていだきます」


そうお伝えし、既に並んでいる料理についての特徴や背景などを話すことにした。

これも王太子妃として国のことを知る勉強なのかしら。


目をキラキラさせて興味を持ってくれるエルサ様。

以前から美しく所作も問題ないと思いながらも、他の令嬢が褒めるほどには認められなかった彼女。

お茶会や夜会ではつい意地になって小さな粗を探してしまったけれど、最近では王太子妃教育の成果か、本来の彼女の力を発揮しているのか、どこをとっても王族に並ぶだけの輝きを魅せている。


もうすぐ王太子妃になるお方。

そろそろこの意地も潮時かしら…



さて、食事が出揃ったようなので、皆で感謝の祈りを述べてから食べ始める。



まずはフルーツと野菜のサラダを一口。


うん。

ナンナン亭のレシピを再現しているようね。

フルーツの酸味と甘み、それに合わせた野菜が口の中で合わさって、エスターテ領の爽やかで暑い夏を思い出すわ。


私がゆっくり味わってからお父様を見ると、なんだか目を見開いて煮込み料理を見ている。


お父様ったら、食事中に手が宙で止まってますわよ。

注意したいけれど、殿下もいるので視線だけを送る。


しかし返ってきたのは

「マリーナ、煮込み料理を食べたか?」


という声と、相変わらずの戸惑い顔。


「今からいただきますわ」

そんなに変わった味に仕上げたのかしら?

そう思い、私も一口。


「これは…」


思わず父のように手が止まりそうになり、スプーンをそっと置く。


口に入れた瞬間に、王都のナンナン亭では感じられないなんとも言えない香りが鼻を抜けた。

好き嫌いが分かれるかもしれないが、私の大切な故郷の香りだった。


思わずお父様の顔を見る。


「殿下、この料理はエスターテ領で作られた料理を運んだのでしょうか?」


エスターテ領は整備された道を使っても王都から2日はかかる。だから持ってくるなんて無理だろうと思いつつも、お父様が言いたいことは分かる。


「いや。先程エルサが話したように王宮のキッチンで作らせたんだ。材料のほとんども王都の市場で仕入れてもらった。まぁ、ひと工夫してるがな」


「アンナ様、いかがですか?」


王太子殿下の説明に驚いていると、横からエルサ様が心配そうに覗いてくる。



…っく。可愛いわ。


意地を張るのをやめようと思っていたのと、つい故郷の味を思い出したことから、素の自分が出そうになるアンナ。


自分がツンツンしている分、本当は可愛いものに憧れるし愛でたいのである。


「と、とても美味しいですわ。それに、こちらは南方料理独特の香りも再現されているように感じます」


よく見ると、いや、見なくても気づいてはいたけれど、エルサ様は可愛い。美しさや儚げさを噂するのはエルサ様と話す機会の少ない貴族達。

近くで見ればその瞳の奥にキラキラとした好奇心や向上心、そして強い意志を感じ、儚げな印象とのギャップにさらに魅了されてしまう。


動揺を隠すように微笑むと、またもや花の咲くような笑顔が返ってきた。


「やはり香りが変わりますよね! 木の実のような、なんとも言えない香りが一瞬だけ! でも私達にはそれが本場の味か分からなかったんですの」


「ま、待ってください。そもそもなぜ南方料理の再現を?」


たしかにお父様は南方料理を広めたり、エスターテ領民の憩いの場になるようにと思ってナンナン亭の出店を援助していたし、なかなか故郷の味にならず悩んではいた。でもそれはエスターテ領のことであって殿下やエルサ様には関係ないはず。


お父様の様子からしても、特に根回しはしてなさそうだし。

分からないわ。



「ふふっそれはですね…」


それは…?

ごくり。


なにか裏の目的があるのかしら…




「食いしん坊だと思われたら恥ずかしいのですが、ナンナン亭に来ていた方やオーナーから、故郷の味のことを聞いて、私も本場の味を食べてみたいと思ったのですわ」



「「…へ?」」



予想外の回答に、思わず気の抜けた返事になってしまったのは仕方がないことだと思う。



それから味が変わった理由は水の質の違いだということを簡単に教えてもらい、今後店でも再現できるようにとお父様が殿下に頭を下げていた。


美味しく味わったあと、あんなに嬉しそうに素直に頭を下げるお父様は初めて見たかもしれない。




「エルサ様は、どうしてわざわざ他領の店のために?」



帰り際に気になっていたことを聞いてみた。


「私も味わってみたかったという理由も本当ですが、王都に滞在している南方の民が癒やされる場があればもっと笑顔も増えるかと思いましたの」


エルサ様に後光が見える!え、女神だったの?



「南方の民のために…ありがとうございます」



私は心から頭を下げた。


南の地方、暑い、魔石が少ない、農耕が盛んな田舎。

それがエスターテ領。


今の国王は魔石が少なくとも農業の発展も同じように評価してくださっているけれど、経済発展という観点から見れば他の地ほどの魅力がないのだ。

だから、都会でアピールするしかない


「民の笑顔が増えるでしょ」


当然のことのように言われたけれど、私にはない発想だったわ。


これが王妃の器なのかもしれない。



そしてエルサ様と話してみて改めてわかったこと。

エルサ様は行動力や夜会での振る舞いから見た目よりしたたかだと警戒していたけど…


たしかにものすごく能力をお持ちだけれど…



とても



とても



可愛かったわ。



王妃様からも、次期王妃を支えるように以前言われたけれど、これからは私が率先して守りましょう。




ひそかにウィリアムのライバルが増えた瞬間であった。





お読みくださりありがとうございます。

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