アウトンノ侯爵家で夜会
招待状を見せて家族4人でホールに入ると
「ほぅ。」と、周りからため息が漏れる。
それも美形プリマヴェラ家にとってはよくあることだ。整った顔立ちゆえ冷たく見られぬように、しかし、品位を落とさず美しく微笑みながらゆっくりと入場する。
はぁ、ソフィアは今日も美しい。すこし胸が開きすぎだが、私の瞳の色のグレーの石が真ん中にあるからよしとしよう。胸の真ん中に私の色、胸の真ん中に私の色、胸の…。ふふ。
あら、シリウスから笑顔の細目に乗じて視線を感じるわ。帰ったらどこを見ていたのか問い詰めないとね。ふふ。
はうわ~、いたるところにある色ランタンと花が素敵だわ。うちに来る商会のリストにはなかったわね。今度またお忍びで街にいってみましょう。ふふ。
あーあ。姉上またきょろきょろしてる。貴族の子息たちが無駄に期待するんだよなー。姉上の視界には全く入ってないだろうに。
よし今日も気合いいれるか。ふん。
貴族の笑顔の裏としては平和すぎるものだが、傍目には優雅に見えるのだから一流の貴族ともいえるだろう。
さてここは、友人であるオレリアの屋敷。
アウトンノ侯爵家の夜会会場である。
奥で挨拶を受けていたアウトンノ侯爵が、こちらに気づいて手をあげたので、周りにいた伯爵以下の貴族達が道をあける。
「シリウス、ソフィア、ようこそ! 我が家で開くのは久しぶりの夜会だから、ナタリアがはりきってくれたんだ。楽しんでくれると嬉しい。紹介してくれたワインに合う、我が領自慢のチーズもあるから、ぜひ試してみてくれ。
エルサとリヒトもよく来たね。ダニエルとオレリアも中で待っているよ」
アウトンノ侯爵であるガッシュは、ジャケットを着ていても分かるほど鍛え上げた肉体をもつ大男だ。顔は貴族らしく整ってはいるが黙っていればとても怖い。しかし、エルサにとっては友人オレリアの父であり、エルサにも笑顔を向けてくれるおじ様的存在である。
「みんなに会うのは久しぶりね。オレリアから話を聞いてたけど、エルサもリヒトもすっかり大きくなって。うふふ。ダンスのお相手はできないけど、楽しんでくれると嬉しいわ」
同じく笑顔を向けてくれるアウトンノ侯爵夫人のナタリア。
もともとからだが弱く、オレリアを産んでからは杖をついても少ししか歩けない。移動するには誰かに抱き上げられる必要があり、淑女としてあまり良い顔をされないため、長年社交界から離れていた。
昨年オレリアが準成人になったのを機に、今年は夜会を開催することとなったらしいが、今も椅子に座って挨拶を受けている。
母ソフィアとは昔から仲がよく、今でも二人でお茶をしているようだが、エルサは小さい頃に母について遊びに来て以来だ。オレリア曰く、普段はできる範囲で侯爵夫人としての仕事をし、前向きに過ごしているそう。
「ガッシュ、ナタリア、招待ありがとう。元気そうで何より。しかもうちのワインに合わせてくれるなんて嬉しいね。今日は楽しませてもらうよ。年明けには我が家の夜会にも是非来てくれ。ソフィアの刺繍の作品も飾るからね」
「ナタリア、本当に元気そうでよかったわ。今年の飾り付けは、あなたのセンスが効いてて最高よ」
ナタリア夫人の肩に手を置いて、愛しそうに見つめるガッシュ。
母ソフィアの腰に手をあてて同じく愛しそうに見つめる父シリウス。
お互いに負けず劣らずラブラブである。
うちの両親はラブラブだと思ってたけど、アウトンノ夫妻もかなりラブラブね。
見慣れた光景をダブルで見せられ若干置いてかれた感のある、エルサとリヒト。
二人とも挨拶をしたあとは、オレリアと、その兄であるダニエルを探すことにした。
「エルサ様! リヒト様! ようこそお越しくださいました」
「二人並ぶとさらに華があるな」
準成人後初めての自宅開催の夜会と言うこともあり、今日のオレリアは少し胸の開いた大人っぽいドレスを着ている。
横に並ぶダニエルは、父ガッシュに似てがっしりとした体格で、王宮の騎士団に所属している。少し歳上で面倒見のいい彼は、エルサとリヒトにとっては兄のような存在である。
二人揃って優雅に貴族の礼をとり、エルサ達もそれに応える。
「「ダニエル様、オレリア様、ご招待くださいましてありがとうございます 」」
「オレリア様のドレス、とっても素敵だわ」
「ありがとうございます。気に入ってるんですけど、実は姿勢良く保つのが大変で。エルサ様の所作を改めて尊敬しますわ」
「まぁ、オレリア様ったら。デビューしたばかりなのですから、これからいろんな方を見て一緒に素敵なレディになりましょうね」
「はい! エルサ様についていきます!」
目をハートにしているオレリアと、嬉しそうにオレリアにアドバイスを送るエルサ。そんな二人の周りにはエルサのアドバイスを聞こうと自然と令嬢達の輪が出来上がった。
エルサ達からすこし離れて、ダニエルがリヒトに話しかける。
「リヒト、最近は王宮に出仕してるんだろ。仕事は順調か」
「まだ父についているだけですからなんともいえませんが。国の政に携わることは、将来侯爵家を引き継ぐにも視野が広がりそうで楽しいですね。色々な貴族の相手も慣れてきましたよ。侯爵家に取り入りたい貴族と、跡取りが若いうちにマウント取りたい貴族が、今のところ半々ですけどね」
「まったく。プリマヴェラ侯爵と同じ顔して笑ってると、将来が怖いな。また騎士団にも体を動かしに来いよ」
「誉め言葉として受け取らせていただきます。ところで、騎士団には先日帰国されたウィリアム王太子殿下も顔を出されるんですよね」
「あぁ。昔から団長とは親しいらしくて。訓練の時間に何度か手合わせしてるのを見たよ。へぇ。リヒトも興味があるの? 意外だな」
「いえ。そう言うわけではないんですが、先日父と王宮で挨拶して以来、実は…」
令嬢達が話に夢中になっているのを確認し、男二人は顔を近づけ、あやしげに話す。
一方女性陣も王太子の話をしていた。
帰国してからは執務をこなしているという王太子。まだどの夜会にも顔を出していないが、王宮に出仕しているそれぞれの父親たちは、もう挨拶をしているとのこと。
ピンクのふわふわしたドレスをまとった令嬢が手を前に組み、夢見がちに話す。
「回廊を歩いているのを拝見しましたが、輝く金の髪に引き締まったスタイルで、颯爽と歩かれていましたわ。それになんといっても整ったお顔、遠くからでしたが、不敬にも見とれてしまいましたわ」
父親が議会に出ている伯爵家の令嬢も続ける。
「やはりとても優秀だそうですね。会議に出される資料も、国を離れていたとは思えないほど詳細にまとまっていると、父が話していましたわ」
「でも決まった側近と護衛以外はほとんど話をしたことがないと聞きましたわ」
「そうそう、それに…」
令嬢達の情報量は侮れない。
「年末の王宮主催の夜会が、王太子殿下の帰国後のお披露目になりそうですね。やはりまだ婚約者はいないようですけど、ダンスのパートナーはどうされるのでしょうか」
「今までのしきたりから、侯爵家の婚約者がいないご令嬢と順番に踊るのではなくて? 」
「そうすると、エルサ様とオレリア様、あとは、エスターテ侯爵家のアンナ様と、、インヴェルノ侯爵家のモニカ様は昨年ご結婚されたから、3人ですね」
エルサも自分が入ることは理解しつつも、まだ見ぬ王子にトキメキはない。
妄想はするが現実的な令嬢である。
「でも最近は王族の方々でも、パートナーがいないときはダンスをしないこともあるし、帰国なさったばかりだから、ゆっくり見られるんじゃないかしら」
「そうですね。いきなり婚約者の座をめぐる戦いに巻き込まれたくはないですわ」
オレリアも同意見だ。
「オレリア様と恋のライバルなんて、小説みたいだわ。でも格が釣り合えば自由に恋愛して結婚するのが主流だし、無駄に争いたくないのが本音ね」
「私も、お慕いするエルサ様が殿下にとられてしまうなんて考えただけでも眠れません! リヒト様、しっかりエルサ様を守りましょうね!」
オレリアはエルサの手をかしっと握り向き合ったまま、視線だけをリヒトに向ける。
「え。うう、そうだね」
ダニエルとの会話中に、令嬢達の輪でも王太子の話が聞こえてきたので、何とはなしに聞いていたリヒトは、いきなり話をふられ狼狽える。
「リヒト様。王宮の夜会で、美しいエルサ様がウィリアム殿下の目に留まらぬよう、しっかり守りましょうね」
「え、えぇー。目に留まらぬようにって、でも王太子殿下はとても優秀で評価は高いし、なにより既に…っま、まぁできるだけフォローはするよっ」
オレリアの強い視線から目をそらし、なにやらゴニョゴニョと言ったかと思ったら、リヒトは飲み物を取りにそそくさとその場を離れた。
「あら。ちょっと論点がずれていた気がするけど…それにオレリア様だって、これから夜会では誰に見初められるか分かりません。こんなに可愛らしいんですもの」
「エルサ様! ずっとついていきます!」
「まぁ、オレリア様ったら」
「…ごほん」
手を取り合う二人の令嬢に割って入るのは勇気がいったが、他の貴族たちに変な誤解を受ける前にと、兄のダニエルが前に出る。
「さてエルサ嬢。今夜はどうか私と一曲踊ってはいただけませんか」
ダニエルの勇気に押され、戻ってきたリヒトも続く。
「それではオレリア嬢、私とぜひ一曲お願い致します」
ダニエルと踊ったのをきっかけに、その夜エルサは多くの子息にダンスに誘われ、へとへとになるのであった。
ちなみにリヒトは適当にその場を抜けるのが上手い。
姉をよく見て育った弟ならではである。
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「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」
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