デート その2
ふわり ふわり
風がパラソルを持ち上げる。
市場から広い通りに戻ったところで、ミーナからパラソルを渡されたのだ。
「日が出てきましたのでこちらを。よろしければ私がお持ちしておりますが」
「大丈夫だ、私が持つ」
目と目で戦い勝ったウィリアムの持つパラソルの柄を、そっとエルサが握る。
「自分で持てますわ。でもありがとうございます」
エルサの得意気な顔にしぶしぶ手を離してしまったウィリアムだが、今はとても楽しんでいる。
ふわり ふわり
ふふっこのまま飛んでいきそうだわ
下からたまに吹き上げる風でパラソルが浮く感覚に思わずエルサの妄想が始まったのだ。
屋根のあたりまで飛んではゆっくり降りるエルサが視える。
時折り地上に戻る前にまた吹き上げられて、焦って地上に戻る一歩が現実でもトンっと楽しそうだ。
片手は手を繋いでいるので、飛んでいく妄想に焦ることもない。
「エルサはいつでも楽しそうだな。侯爵令嬢にしては街に馴染んでいる」
「ふふっ褒め言葉としてお受けしますわ。よくリヒトと一緒に来ていたんです。危ないからとお母様にはたまに心配されますが、護衛もいてくれますし、外に出るとたくさんの発見があるんです。本を読むのも好きですが、直接見たり食べたり話したり。領地も王都も騎士団のお陰で治安もいいので安心して過ごせます」
プリマヴェラ家は基本的にやりたい事には反対しない。信頼しているのもあるし、信頼を裏切ることのないだけの教育を施しているからだ。
エルサが心配されるのは、教育面ではどうにもならない方向音痴と好奇心の強さがあったからである…。
「フレーメ国の治安がいいことは有名だからな。これからは私達でもっと安心できる国を作ろう」
「はい! あ、でもこれからは街歩きは控えたほうがいいですよね」
「確かに心配だけど、王妃になるまでは護衛をつけてくれれば大丈夫だよ。まぁ、母上という前例もあるし、私もまたデートしたい」
繋いでいる手を引き寄せてこめかみに口づけをするウィリアムに、遠目で見ていた人々から歓声が上がる。
通りには平民だけでなく二人のことを知る貴族も少なからず歩いていた。
また噂が広まるだろう。
その後は照れたエルサに促され、二人で通りの商店を歩く。
大通りは一流店も多く、時折り二人に気づいた店主などは緊張して頭を下げているが、エルサが笑顔で手を降ると自然と笑顔が戻った。
「エルサは本当に街の皆に愛されているな。市場も楽しかったよ。たしかに午後とは雰囲気が違った。活気もあるし、楽器の演奏までしているとは思わなかったよ」
「楽しんでいただけてよかったです。音楽は王妃様のアイデアですわ。テンポによって人々の購入意欲が変わるのだそうですよ。少しずつ変えて実験中と仰っていました」
「…母上か、あの人は全く。ところでエルサ、人も多かったし、疲れてないか?」
「大丈夫ですわ。リアム様こそ、慣れてないと人酔いしますでしょ」
「夜会とは違って人流が読めないからな。でも民の様子も知れて、本当に楽しかった。エルサも気に入ってるんだろ、また来よう」
以前のウィリアムだったら人の多いところには様々な感情が視えるので、絶対に避けていた場所だ。
しかし、能力を制限しているとはいえ、人々の表情は明るく負の感情が少ない場所だった。なにより本当に信じられるエルサが横にいるだけで、心が癒やされた。
国民の生活を自ら見たいと思うようになったのもエルサと出会ったからで、ウィリアムは自分の感情の変化を楽しんでいた。
「そろそろお昼ですがどうしますか?」
「視察も兼ねて紹介された店があるんだ。カジュアルだがフルーツが美味しいらしい。エルサにも感想を聞きたいんだが、いいか?」
「もちろんです!ではそちらに」
お忍びではないので、さすがに朝市で買い食いはできなかったエルサは、ウィリアムの提案に笑顔でうなずいた。
「あら? ここは…」
はたしてそこは、以前リヒトに連れられてきたことのあるナンナン亭であった。
「もしかして来たことがあった?」
「えぇ、以前に一度。たしかにフルーツが使われた料理が多かったことを覚えております」
「実はエスターテ侯爵から紹介されてね」
「そういえば以前来たときにはアンナ様をお見かけしましたわ。エスターテ侯爵家が出資しているとか」
「そうなんだ。エスターテ侯爵から地方の郷土料理にも興味を持ってほしいと言われてね。今後他の店も回ってみようと思うが、フルーツが美味しいならエルサも喜ぶかなと思ったんだけど…」
「嬉しいですわ。美味しいものはもちろんのこと、郷土料理から、その土地のことを妄そ…いえ、想像するのも好きなんです。他のお店ももし都合が合えば誘ってくださいね」
「くくっ。もちろん、街に出るときは公務以外は必ずエルサと一緒だよ。私の心の平穏のために」
うっかり妄想と言いかけたエルサと、それを聞いて吹き出しそうになるウィリアム。
お互いの照れを隠すために、そそくさと店内に入るのだった。
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