プリマヴェラ家でお茶会 その2
「とっても素敵なお庭ですのね」
「ありがとうございます。この季節に王都にいることは私も初めてですが、冬とは違って緑が気持ちいいですわね」
エントランス付近の中庭から外に出る。
気温が高くなってきたので、花だけでなく鮮やかな緑の木々が計算されて日陰を作り、美しく揃えられているのがわかる。
帝国には無い植物もあり、マリーナもスヴェンも興味深そうに観察していた。途中、帝国の庭との違いを質問し合ったりと、すっかり打ち解けた4人はゆっくりエルサの庭に到着する。
テーブルが用意され、ティーセットも並べられているその手前を、エルサが手で指し示す。
「こちらが先日話していたフルルですわ」
そこには、先程までの緑の美しい庭とは趣の違う大小色とりどりの花が咲いていた。
「まぁ! あの時の食用フルルですわね。それに、こんなにカラフルに咲いているのは初めて見ましたわ。これがプリマヴェラ侯爵家のフルル。素晴らしいですわ」
「これはすごい。本当にフルルの改良に成功するとは」
咲き乱れるエルサの庭にマリーナとスヴェンが感嘆する。
「食用や観賞用だけでなく帝国のハーブ風呂に向いているものがいくつかありますの。気に入るものがあったらお持ちになってくださいな」
そう言って侍女に籠を用意させる。
マリーナが選んだものを侍女に指示している側で、スヴェンはエルサに話しかける。
「このフルルはエルサ様が開発したと聞きましたが」
「えぇ。私だけでなく領地の者が一緒になって考えてくれましたの」
「さすが、プリマヴェラ家は領地にも優秀な研究者を置いているんですね」
「領地で頑張ってくれたのは農家さんたちですわ。もちろん、専門家の助言ももらってはいますが」
「農家?って、あの、え、農民!…ぇえ?」
マリーナもスヴェンも研究者とはいえ高位貴族である。農民と直接話したことはない。
フルルの研究は、エルサが研究者に指示したと思っていた二人は驚く。
「フルルは正真正銘、エルサが農民たちと一緒に自分で開発したものだ」
エルサが嘘を付くとは思えないが、さすがに返事に詰まる。
「そう、なんですの。 エルサ様は領民にも愛されているんですのね」
「あぁ。エルサは領民だけでなく、この国の多くの民に愛されている。だから、帝国に行く暇などない」
エルサの功績を誇らしく思うウィリアムは、エルサを撫でながら牽制することも忘れない。
「ウィリアム様、それは言いすぎですわ。でも、民の信頼を裏切らないように、これから努力しますね」
ウィリアムがマリーナを牽制するように言った最後の一言を聞き流し、エルサはにこりと微笑んだ。
その笑顔は、民のことを思い未来に目を向けるように自信と希望に溢れている。
「ウィリアム様。エルサ様の笑顔が眩しすぎて、この私でも読めませんわ。すべてわかった上での笑顔なのか、純粋に本心なのか…」
「全て本心に決まっているだろう」
ひそひそと会話するウィリアムとマリーナを置いて、スヴェンがエルサに話しかける。
「ところで、研究室のジェットはなんであんなに人使いが荒いんですかね。研修ってもっと自分のペースでするものだと思っていましたよ」
「あら、ジェットは研究に関しては妥協せず厳しいですが、そんなにスヴェン様に無理を?」
「ま、まぁ、この私にかかればそれほど大変ではないですが。しかし使者から持ち込まれる貴族の依頼も途切れることがなくて、こちらに来てから自分の研究室にいる時以上に働いている気がします」
「研修とは大変なんですのね。でも依頼が途切れないのはスヴェン様の実力を買ってですわ。あまりにも王国の依頼が多いようでしたら仰ってください」
なんのことはない。
スヴェンの元には最初の晩餐会でエルサへの態度を知っている者たちから、半分嫌がらせのように仕事が舞い込んでいるのである。
ただ、スヴェンの優秀さに途中からは本気で信頼して依頼している部分もあるが、結果としてスヴェンは自国にいる時以上に忙しくしているのであった。
「そういえば研究室での空気清浄の進捗はどうですか?」
「もう一息なんですけどね。空気自体は綺麗にできても、魔石独特の匂いが残るところが。慣れてしまえば気にならないと思うのですが」
「匂いですか。そういえば、農家の方が、使用済みのコーヒー豆を消臭で部屋においていると言っていました。空気清浄に効果があるか分からないけれど、もし良ければ試してみては?」
「コーヒー豆。ふむ、私は聞いたことがないですが、時間がないし試してみようかな」
気づけばお互いの領地から研究の話になっていた。
「スヴェン、研究の話はそのくらいにして。今日はお茶会ですのよ。エルサ様とウィリアム様の馴れ初めを聞いてみたいですわ。帝国にもお二人の仲の良さは伝わってはいますが、留学前からのご縁だったのでしょうか?」
「いいえ。正式にお会いしたのは、帰国後の夜会でしたね」
「あぁ、そうだな」
思い出すようにエルサがウィリアムを見つめ、ウィリアムも優しく返す。
正確には夜会前に夕市で、さらにはヤシール公爵家の夜会でウィリアムは見初めているが、秘密だ。
そんな二人の秘密があることに、微笑むウィリアム。
「そ、そうですの。ではお二人は本当に短期間で信頼を築いたのですね」
「あぁ」
嬉しそうに見つめ合う二人。
「しかし、私はてっきりマリーナがウィリアム様と結婚すると思っていたよ」
そこに突然爆弾を落とすのがスヴェン。
「ス、スヴェン! 何を言い出すの!?そんな話はなかったわよ!」
エルサの前で何を言い出すのだと焦るマリーナ。
「え? だって帝国では噂でしたよ。夜会には二人で出席していましたし」
空気の読めないスヴェンは続ける。
「夜会は従兄妹としてパートナーを頼んでいたんだ。皇帝陛下の出席される夜会は、同伴者が必須だったからな」
既に目が笑っていないウィリアムもきっぱりと否定する。
「あぁそうだったんですね。まぁ、噂は噂ですよ。エルサ様といる時のウィリアム様が幸せそうなのは、この私にも伝わりますから!」
見る目あります!と自身を持って言うスヴェンに、マリーナは言いたい。
空気読め〜!!
「ふふっ、ウィリアム様が幸せそうなら私も嬉しいです」
エルサがうまく話をまとめてくれたため、なんとか話題を戻しその後はお互いの文化の話などで有意義な時間となった。
この日以降、スヴェンの研修の課題や依頼仕事が倍に増えた事は自業自得である。
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