マリーナとウィリアム
エルサ達との視察から数日後、スヴェンの研究を手伝おうとマリーナが研究室に向かうと、ちょうどウィリアムが出てきたところだった。
「ごきげんよう、ウィリアム様。こちらの研究室でお会いするのは初めてですわね。やはり執務がお忙しいのですか?」
「あぁ。久しぶりだな。論文に関することでは私も関わってきたが、留学中のように研究に時間は取れないな」
いつもどおりの涼しい顔で返すウィリアム。
しかし…そんなことはない。
今でも研究の時間はある程度作り出しているし、何よりエルサが研究室に呼ばれるときは、自分も顔を出すようにしているのだ。
ただ、マリーナ達が来ているうちはエルサが研究室に行かないため、ウィリアムも自然と足が遠のいてしまっただけである。
「そうですか。研究面でも成果を挙げられていたので残念ですが、あのときの成果が白魔石によって実を結んだのですから、何が起こるかわかりませんわね」
「あぁ本当にな。帝国では学ぶことが多かったし、成人前のあの期間、研究に専念できたのは良かった。マリーナも頑張っていると聞いているよ」
「はい。研究室もですが、伯母様の経済学を学べる機会があるなんて夢のようですわ。それに視察で見たフレーメ国は活気があって、みんながこの国に誇りを持って活動しているのが伝わってきます。本当に研修に来てよかったです」
「そう言ってもらえるとは光栄だな。フレーメ国の経済はまだまだ発展できる。これからも友好国の専門家として助言を頼むかもしれない」
「まぁ! ウィリアム様に助言だなんて。私こそ光栄ですわ。今も素敵ですが、ここから続くウィリアム様とエルサ様のお二人の治世が楽しみです」
笑顔でウィリアムに伝えたマリーナが、ふと真剣な眼差しで口を開く。
「ウィリアム様。もし、エルサ様と婚約していなければ、私と婚約していた可能性はあったのでしょうか」
少しの沈黙の後、マリーナの真剣な様子にウィリアムも自分の気持ちを丁寧に言葉にする。
「マリーナ、私はエルサと出会って初めて愛するという感情を学んだんだ。だから、『もし』に対する返事は今の私にはなんの意味も持たない。ただ、同じ帝国の血を引く者として、いや、それよりもマリーナの事は研究仲間として大切な存在だよ」
「…っ!」
マリーナに対してウィリアムが初めて見せた心のままの表情。
きっとこれも、エルサ様に出会ったからこそなんだと、マリーナは理解する。
「もったいないお言葉でございます」
マリーナはとても美しく礼をし、再びウィリアムを見た。
その顔にはもう未練はない。
「それにしてもエルサ様は本当に素晴らしい方ですわね。話せば話すほど、どうやってそんな豊かなアイデアが生まれるのか。一日そばにいても話し足りないくらいでした」
「あぁ。視察中も随分気があったようだな。エルサもマリーナと仲良くなれて喜んでいた」
ニコニコと話すマリーナ。
しかし、ウィリアムはなんとなく不穏な気配を感じる。
「…ところで、毎日ウィリアム様とお茶を過ごすとのことですが、私は期間が決まっているのですから、帰国までその時間を少し分けてくださいません? 私もエルサ様をお誘いしたいのです。というか、エルサ様は婚約されてからお茶会にあまり参加されてないようですわね」
「そ、それは…今は社交の季節ではないし…」
エルサとの時間が減りそうで歯切れが悪くなるウィリアム。
「そういうことにしておきましょう。でも未来の王太子妃と帝国の公爵令嬢が仲良くすることは両国にとっても良いことではありませんか?」
実際社交の季節以外は、近くの領地で集まるか、王都に滞在している者同士で集まるくらいである。
エルサとしては極端に減らしているつもりはないが、日々の王太子妃教育後はウィリアムとのお茶会があり、なかなか参加できないのは事実だ。そしてマリーナが言うとおり、エルサが帝国の貴族と繋がりを持つことは今後のことを考えると大切…
勝者 正論なり
「…ぐっ」
理論的な思考より感情を優先させたいという、ウィリアムにとって人生初の葛藤が襲う。
「お待たせしました。あら? マリーナ様?」
そこへお茶会の時間になっても現れないウィリアムを心配したエルサがやってきた。
ウィリアムの姿越しにマリーナに気づく。
「ごきげんよう! エルサ様。今からお茶会ですか?」
マリーナはエルサを見ると、嬉しそうに笑顔で挨拶した。
「ごきげんよう、マリーナ様。はい。ウィリアム様が執務室にいらっしゃらなかったので来てしまいましたが、お仕事のお話でしたら今日はもう…「いや。話は、もう終わったよ」
エルサの顔を見て立ち直ったウィリアムは、エルサがお茶会を断念するのを阻止した。
「そうなのですね! マリーナ様は今から研究室ですか?もしよければ一緒にお茶などいかがですか?」
「まぁ! いいのですか? またエルサ様とお話ししたかったんですの」
きゃっきゃと楽しそうに話す二人。
…結局ウィリアムにとって大切なふたりきりのお茶会は阻止された。
しかし幼なじみであるオレリアを除いて、高位貴族でここまで気が合う人と出会えるのも珍しい。まして、プライドが人一倍高いと言われる帝国の研究者だ。
嬉しそうなエルサのためにウィリアムは気持ちを切り替えた。
「ではニース、中庭に3人分の用意を」
「かしこまりました」
「あれ? マリーナ、そこにいたのか。っと、ウィリアム様とエルサ様も、ごきげんよう」
ちょうど移動しようとしたタイミングで、今度はなかなか研究室に来ないマリーナを心配したスヴェンが現れた。
「あら、スヴェンのこと、忘れていましたわ」
マリーナはにっこりとウィリアムを見る。
「はぁ。ニース、4人分に変更だ」
心は視えなくとも、ウィリアムがエルサと二人のお茶の時間を大切にしていることを知っているニースは、明日は邪魔しないようにしようと決めて先に庭に向かった。
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