視察へgo
早朝、王妃の視察に同行するために約束の時間より少し早く登城したエルサを出迎えたのは、王妃ではなくウィリアムだった。
「おはよう、エルサ」
「まぁ! ウィリアム様おはようございます。朝早くどうしたんですか?」
「今日は一日視察だからエルサの顔を見るなら今しかないと思ってね」
朝から蕩けそうな笑顔でエルサの手を取り腕の中に囲いこむと、エルサについてきた侍女たちから小さな黄色い悲鳴が上がる。
「そんな。お忙しい中でいつも時間を取ってくださってるのに」
「母上について公務を覚えてもらうのは、将来の私のためだろう?」
時間までエルサの服装や日頃の成果をこれでもかと褒めながら、エルサが髪に巻いてきた金色のリボンを優しく撫でるウィリアム。
エルサは仲の良い通常の婚約者としてのこうしたスキンシップを嬉しいと思いながらも、婚約者でこれなら結婚したらどうなるのかとつい妄想してしまう。
結婚したら毎朝顔を合わせるのよね。私からももっとウィリアム様にスキンシップを積極的に取れるようになるかしら。
それに、公務で忙しくなるから今のように毎日お茶はできないけれど、夜は一緒よね。
…って…夜っっ!!
「…っく!」
撫でられるがままに、少しだけ妄想の世界に入っていたエルサはウィリアムの動きが止まったので顔をあげる。
「どうしましたか?」
「…なんでもない」
そんな二人とも、心なしか顔が赤い。
「ごほん! ごきげんようエルサさん」
「ご、ごきげんよう、エルサ様」
そこへとってもいい笑顔の王妃ローズと、二人の様子に苦笑いを向けるマリーナが歩いてきた。
後ろには王妃の侍女や護衛だけでなく、先日エルサを呼び止めた令嬢たちもいる。
マリーナの出発を送りに来たようだが、侍女や護衛は見慣れた光景を温かく見守り、帝国の令嬢達はエルサ達を見て固まった。
「ローズ様、マリーナ様、ごきげんよう。本日の視察、よろしくお願い致します」
「一日仕事、頑張りましょうね。…それで? どうしてあなたがここにいるのかしらウィリアム?」
エルサに優しい笑顔を向けたあと、ウィリアムの方を向き問いただす王妃。
「もちろん、エルサに会いにですよ。婚約者としておかしくはないでしょう?」
エルサに向けていた笑顔とは違う笑顔で、さも当然とばかりに答えたウィリアムは最後に一番後ろで固まる令嬢達を見る。
その瞳に何かを感じ取ったのか、王妃はふぅっと息を吐きマリーナ達の方を見る。
「…そうね。マリーナ、この子達はいつもこうなのよ。公的な場では控えているけど」
「あれで控えて…。お二人は本当に仲がいいのですね」
王妃が認めているならマリーナが口を出せることはない。素直な感想を口にすると、ウィリアムはさらに皆に聞こえるように「あぁ。エルサと婚約できて本当に良かった」と、再度エルサの髪に巻いている金のリボンを愛おしそうに撫でた。
よかった。ローズ様もおかしくないと仰られたし、マリーナ様の態度も普通に見えるわ。
後ろの令嬢達もとくに反応していない(できない!)し、先日は何か誤解があったのかしらね。
普段は観察力に優れているが、エルサから見たウィリアムの態度はいつも通りなので、ここぞとばかりに鈍感力を発揮し、エルサは安心して出発することができた。
エルサたちが出発したあとは、別人のように無表情になったウィリアムが執務室へ向かい、付き添いの令嬢達は逃げるようにその場を去ったのだった。
さて、今日の視察はいくつか病院や福祉施設、教会にある孤児院を見学する予定だ。
公務であるため、王家の紋章の入った馬車が病院の馬車停めに入ると、院長と主だった事務官達が一斉に並んで頭を下げる。
「お待ちしておりました。王妃様」
「ごきげんよう。出迎えありがとう。今日は私以外にも連れてきているのよ。こちらは王太子の婚約者エルサ·プリマヴェラ侯爵令嬢。そしてグレイス帝国のマリーナ·トワイニング公爵令嬢」
エルサとマリーナは揃って礼をする。
「あぁプリマヴェラ侯爵のご令嬢! 優秀なお噂はかねがね伺っております。この病院でも車椅子のおかげで患者だけでなく看護者も笑顔が増えました。本当にありがとうございます」
プリマヴェラの名を聞き、先程までの社交用の笑顔から、柔らかい笑顔に変わる院長。
「皆が過ごしやすくなったら何よりです。またお話を聞かせてくださいませね」
エルサの微笑みに、院長の後ろに並ぶ事務官達が顔を赤くしながら激しく頷く。
院長について病院内をひと通り見てまわり、要望を聞いたり前回からの改善箇所を確認した。
その後サロンに案内され、再び話題は車椅子に。
「ナタリアが昔のように元気になってよかったわ。そうそう、これからの変化を見据えて王都のホールの階段をスロープにすると報告があったわよ」
「そうですか! 経済面でもますます活気付きそうですね」
嬉しそうに話す王妃と院長、エルサにマリーナが質問する。
「エルサ様。その車椅子とはどのようなものでしょうか」
「実際に見ていただいたほうがいいですわね。今使っていない車椅子を見せていただくことはできますか?」
「はい。すぐにお持ちいたします」
院長の指示で事務官の一人が車椅子を部屋に運んだ。
「まぁ、これが車椅子。たしかに椅子の脚に車輪がついていますね」
「車椅子のおかげで、術後の移動だけでなく、体力の少ない患者が敷地内を散策することができて、心のケアにも繋がっております」
「小回りがきくからたしかに誰にでも押せそう! 車輪の回転軸は見たことない技法だわ」
マリーナは研究者の血が騒ぐようで、押してみたり乗ってみたりと興味津々だ。
「これはもともとエルサさんがたった一人のためにアイデアを出して、それをプリマヴェラ侯爵家で形にしたものなのよ。今は王都の病院に卸しているけど、いずれは地方や国外にも広めていく予定よ」
「素晴らしいですわ! この形なら女性でも受け入れやすいですし、帝国にもぜひお願いしたいです」
「もちろんそのつもりよ。いずれ父にも使ってもらいたいんだから。マリーナ、帝国の輸入相にしっかり伝えてね」
「承知しました。お祖父様も喜びますわ」
微笑ましい伯母と姪の会話だが、車椅子の行き着く先が、帝国の皇帝陛下だと理解し、エルサは車椅子の改良に再度気合を入れた。
次に訪れた病院では空気清浄装置について、とても感謝された。
「研究室から、空気清浄装置について聞かれました。それができれば感染症などの不安を減らすことができます。プリマヴェラ侯爵令嬢が助言してくださったとお伺いしました」
「えぇ。王妃様から病院での感染対策についてお話を聞いていたので。まだ完成してはないみたいですが、王宮の研究員達ならきっと私の思ってるものよりさらにいいものを作り上げてくれると信じていますわ」
まさに今ジェットとスヴェンが取り組んでいるものだ。
マリーナは、そのきっかけがエルサだったことに驚く。
次は昼を挟んで、視察先である孤児院に向かう。
「あちらのブランコのエネルギー活用のおかげで、高価な魔石回路を買わなくても日中の明かりは確保できるようになりました。子どもたちもこぞって遊んでくれるので一石二鳥です」
案内しながら庭で楽しそうに遊ぶ子どもたちを見つめるシスター。
「子供はエネルギーが有り余ってるって、プリマヴェラ領の孤児院のシスターもよく話していましたの」
「あ、あの、ブランコのエネルギーって?」
もう何を見ても驚かないと思っていたマリーナだが、またしても興味を惹かれ聞いてしまう。
「プリマヴェラ領の孤児院では数年前から活用してるんですが、今子どもたちが遊んでいるブランコの摩擦がかかる部分にエネルギー転換機を使用しているんです。魔石ほどではないですけど、それで孤児院の日中の照明を賄っているんですわ」
そこへ遊んでいた子どもたちがこちらに気付いて走ってきた。
「おうひさまがブランコをたててくれたとききました! ありがとうございます」
「まぁまぁ! しっかりお礼ができるなんてえらいわね。でもこのブランコを私に教えてくれたのは、次の王妃様なのよ」
そう言いながら笑顔でエルサを紹介する。
「つぎのおうひさま? ありがとうございます!」
「とっても綺麗!」
「たくさん遊んでるよ!」
子どもたちは目をキラキラさせて口々にお礼や感想を伝える。
「ふふっどういたしまして。たくさん遊んでくれて嬉しいわ」
子どもたちに返すエルサの無邪気な笑顔に「妖精みたいに素敵!」と女の子たちははしゃぎ、少し年頃の男の子たちは顔を赤くして固まる。
その後エルサとマリーナはそれぞれ子どもたちに勉強を教えたり本を読んだりして過ごし、王妃は報告を受けながら二人の様子を楽しそうに見つめていた。
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