…side ウィリアム
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本日は息抜き回。
…温かく優しい冬が過ごせますように。
裏表なく、心のままにふわりと笑う彼女の笑顔を思い出し、ウィリアムはそっと目を閉じた。
普段はめったに表情を変えることのない、整った顔の口角が、少しだけ上がる。
教会へ帰国の挨拶をした帰りに、懐かしい冬の明かりにつられて、馬車から通りを覗いて見れば、先日の試飲会にいた彼女を見つけた。
簡易なドレスを着ているが、人目を引く華やかな顔立ちと優雅な所作は、貴族の令嬢だとすぐに分かる。
1人で店に入るのを見て、何かあったら自分が守らねばと焦燥感に駆られ、思わず馬車を止めさせ、向かっていた。
またも、彼女の謎の妄想に動揺させられたが、初めて言葉を交わすことができた。
ハーブを渡され我に返り、理由も言わず馬車を待たせていたことを思い出した為、その場を離れた。
短い時間だったが、
心地よい時間だった。
ゆっくりと馬車が走り出す。
色ランタンの並ぶ夕市が遠ざかり、王宮へと続く貴族屋敷街に入ったのが、車輪の音が静かになったことで分かった。
留学先から帰国してしばらく、事情があって、グレイス帝国にいたころと同じ黒髪で過ごしていた。ヤシール叔父上に誘われたワインの試飲会に顔を出せたのも、そのためだ。
貴族の集まりはストレスしかない時間だと思ってきたが、叔父上の集めた参加者はかなりマシだったと思う。
だからだろう。ワインを楽しみ、いつもよりほんの少しだけリラックスしていた私の中に入ってきたあの映像。
半裸の、日焼けしたガチマッチョ金髪金眼眼鏡が、ポーズをキメながら筆を筋肉で折っている。
しかも「よ! ウィリアム王太子!」「キレてる! キレてる!」と周りにいる謎のマッチョ小人たちが騒いでいるではないか。
思わず口にいれたワインを出すところだった。
あぶなかった。
私が珍しく動揺していたので、叔父上が心配して控え室に案内してくれたほどだ。
従者に案内されながら、先程の映像を見せた犯人を探すと、遠目にも美しいと分かる女性が立っていた。(横にはリヒトも並んでいたが、ウィリアムには見えていない。)
見間違いかと思ったが、まだ彼女の周りにマッチョ小人が見える。
残念ながら間違いなさそうだ。
それが彼女、エルサ・プリマヴェラ侯爵令嬢だと知ったのは、試飲会後に叔父上に、ワインの買い付け先を聞いたときだった。
私には生まれついての特殊な能力がある。
人の、「心」が視えるのだ。
幼い頃は、それが当たり前で、皆がそうだと思っていた。
だから、私はよく他人が考えていることに反応したし、自分の考えていることは頭で伝えられると思って、口に出さないこともあった。
おかしいと思った父と母が、母の父であるグレイス帝国の皇帝である祖父に相談したところ、グレイス王家の中でも、その血を継いだ者の中で数百年に1人、能力がある者が生まれるらしい。
王である父は、国を治めるのに有利になるとして受け入れた。
しかし、母の方は、私の将来を思い、ひどく落ち込んでしまったのを私は「心」を視て知っている。
祖父には帝国に取り込まれるかと思ったが、既に近隣諸国に対して圧倒的な力をもつ帝国に、これ以上の能力は必要ないと宣言された。
その「心」は、祖父の娘であり、私の母を悲しませたくないと言う親心であったのもまた、私だけが視ている。
この能力のことは、両親と母方の祖父母である皇帝と皇妃、それから乳母と乳兄弟のニースだけで留める事となった。
弟のアランにも話してはいない。
人の考えが視えるというのは、けして幸せなことではない。
特に王宮にいる貴族達は、話している事と、心の中がまったく違うことが多く、幼かった私はその都度混乱し、人と距離を置くようになった。
幸い子供の頃から、一度習ったものは全て覚える事ができたため、王宮が抱える教師陣から王家の歴史上最年少の10歳で、全ての修了証を手渡された。
そのお陰で、人と距離を置いていようが、王太子としての評価は高いままだ。
しかし15歳で準成人を迎え、私にすり寄ろうとする貴族が増えてくると、彼らの周りに、這いまわるような手がうごめいて視えたため、近寄られること自体が堪えられなくなってしまった。
情けない話だが、私のことを心配した母の勧めもあり、逃げるようにグレイス帝国に留学した。
帝国の学院は、国籍身分問わず、学問を極めたいものが集まる。基礎を学ぶわけではないため、分野毎に研究室があり、ほとんど単独で行動する事ができた。
試験などで顔を会わすことはあっても、研究が第一の人間ばかりの集まりのため他人への干渉も少ない。グレイス帝国ではよくある黒髪に変えていたため、注目されることも少なかった。
さらに、帝国の王族専用書庫には、過去の能力者の手記が置いてあり、研究に勤しむかたわら自分の能力の調整について学ぶことができた。
ただ、調整できるといっても強い感情を持つ者の側は、それを表すものがどうしてもにじみ出て視えるし、私は極力他人と距離を置いて、隙を見せないように過ごしてきた。
やっと自分の意思で能力が使えるようになったところで、18の成人に合わせて帰国となった。
自分はもう、あの頃の怯えた子供ではない。 信頼できる者は乳兄弟で側近のニースくらいだが、父の補佐をし、今の安定した王国の維持に努めるだけなら十分だ。
歴史に名を残したいなどという、馬鹿げた野心もない。能力を上手く使い、淡々と日々を過ごしていこう。
たしかに帰国の馬車ではそう思っていた。
いや、…いたのだが。
もうすぐ王宮で年末の夜会がある。
彼女はどんなドレスで来るだろうか。
プリマヴェラ嬢と話がしてみたい。
彼女の考えていることを知りたい。
…彼女を逃してはいけない。
他人に対してそう思うのははじめての事で、自分でも驚くと同時に、解けない研究テーマを見つけたような、高揚した気持ちで城へと戻った。
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