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令嬢達の言うことには




ある日の午後、珍しくエルサは困っていた。



ここは王宮の一角。

エルサは王太子妃教育の帰りに、グレイス帝国の使者であろう令嬢達に呼び止められた。


「…というわけで、本来ならウィリアム殿下と婚約するのは帝国の公爵令嬢であるマリーナ様のはずでした。貴族の婚姻については様々な事情があるでしょうから、今さら戻してほしいなどと申すつもりはありません。しかしながら、マリーナ様のお気持ちを思うと、必要以上の仲の良さをアピールされることはいかがなものかと」


複数の令嬢に囲まれるエルサ。


「えーと? つまり貴方達は、私に何が仰りたいのかしら」


困ったわ。

外国の使者なので無碍にはできないけれど、何を言いたいのかさっぱり分からない。


「ですから、その、必要以上の」

「せ、接触をですねっ」


困ったように頭を傾けるエルサと、詰め寄る令嬢。


「距離ですとか」

「お二人の雰囲気ですとか」


儚げな雰囲気のエルサが令嬢達に囲まれ押されているような図だが、よく見ればその凛とした姿勢と余裕のある優雅な雰囲気からエルサが全く動じていなく、むしろ詰め寄っている令嬢達の方が押されているのが分かる。


「あの、私とウィリアム様は婚約者同士ですよ? 婚約前の事情は分かりましたが、婚約者として接するのに必要以上とは。もしかしたら帝国の習慣とは違うのかもしれませんが、なにかマリーナ様に対して失礼なことをしているのかしら。よろしければ教えてくださらない?」



傍から見れば帝国でもフレーメ国でも、婚約者同士とはいえウィリアムとエルサほど人前でいちゃつくカップルは少ない。

ただ、残念ながらエルサの知っているカップルは、妻のことが大好きな父シリウスと母ソフィア、そしてオレリアの仲良し両親であるガッシュとナタリア。さらに通常の婚約者としての振る舞いをしてくれていると信じているウィリアムなのである。


エルサの中では仲の良い婚約者として、必要以上に振る舞っているつもりはないのだ。


「なっ! はっきり申し上げますが、いくら婚約者になったとはいえ、あれほどまでに公然といちゃつ…「おや、エルサ姉上、ごきげんよう。帝国の使者の方々も、このようなところで立ち話ですか?」


エルサの返答に、令嬢の一人が前に出て近寄ろうとしたタイミングでフレーメ国の第2王子アランが会話に入ってきた。側近もいるが、近くで見守っているようだ。

王宮の通路の影なので目立つ場所ではないが、不穏な空気を感じたのだろうか。


とはいえエルサはそのような空気を気にする令嬢ではない。

何事もないような笑顔で挨拶する。


「アラン様、ごきげんよう。私が知らない帝国の習慣について聞いていたのですわ」

「ア、アラン殿下。ごきげんよう」


エルサと違い顔を青くして最敬礼する令嬢達。



「…習慣ねぇ。エルサ姉上、そろそろ兄上とのお茶の時間ですよ。帝国の話は、直接兄上に聞いてみてはいかがですか?」

「あら、もうそんな時間。そうね、ウィリアム様は詳しいでしょうし。皆様、帝国の習慣についてご教示くださってありがとうございます。他にもなにかありますでしょうか」

「え…っ、い、いえ」

「それでは、先の約束がありますのでこれにて失礼いたします」

「あ、あの…」


儚げな見た目から、強く言えば大人しく引き下がると目論んでいた令嬢達は、今更ながら敵に回してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったのだと気づく。しかし取り繕うにもアランが側にいる上にウィリアムとの約束があると聞いて見送るしかない。



エルサが去ったあと、アランはニコニコしながらその場に残る令嬢に話しかけた。


「ところで兄上とトワイニング令嬢の婚約について、私が先日あなた方から聞いたときは『噂』でしたが、いつの間に事実になったのでしょうね?」

「そ、それは…」

「兄上はエルサ姉上をとても大切にしていますからね。両国のためにも誤解を招くような噂話はしないほうがいいですよ」


最後まで笑顔で話すアランだが、先程エルサがいる時にはなかった王族としての凄みが感じられ、令嬢達はこくこくと頷くしかなかった。





一方エルサはウィリアムの執務室に向かっていた。


コンコンコン


「エルサ? 入っておいで」


中からウィリアムの声がして扉を開ける。

「失礼します」


大きな執務机に座り、手にしていた書類を確認し終えてサインをするウィリアム。ちょうど一段落したようだ。

エルサとお茶をするため立ち上がって応接ソファに向かう。


ウィリアムの隣の机にはニースも座っており、空いていれば一緒にお茶をすることもあるが、今日は一段と机の上に書類が積んである模様。

「前回私が参加したのをまだ根に持って…」

なにやら呟きながらも書類を捌く手は止まらない。



「ごきげんよう、リアム様。ニース様も、お仕事は大丈夫でしょうか」

「私のエルサは、今日も可愛らしいね。こちらへおいで。ニースの事は大丈夫。一段落したら休憩するだろう」

そう言ってソファまで来たエルサの手に口付けする。


「ふふっ。リアム様は、いつも扉を開く前に私だとわかりますね。ノックの音かしら?」


エルサが能力に気づいたのかと、ニーズがはっと顔を上げるがウィリアムは動じない。

「エルサのノックの音を聞くと、私は幸せな気持ちになるからね。すぐ分かるよ」


本当は、エルサが静かに3回扉を叩くとき、ウィリアムの執務室のドアが妄想で木琴に変わって視える。

さらにエルサの機嫌がいい時は伸びやかな音を、疲れている時は萎んだ音を奏でる。


そして今日はなぜか聞いたことのない、異国の楽器のような音だった。


「リアム様ったら」

笑顔のエルサだが、ウィリアムは先程のノックの音の変化が気になる。


「さぁお茶にしよう。今日は、どんな事を学んだの?」

「今日は福祉関係の視察についてですわ。今度ローズ様について視察に行くのに、気をつけることや今後のことを」

「そう。無理はしないで。エルサが感じたことを私にも教えてね」


ウィリアムの視たところ、エルサが王太子妃教育のことを話す間の心は穏やかだ。

どうやら王妃(母上)とは問題がないらしい。

侍従にお茶の指示を出し、隣に座るエルサを撫でる。


「帝国のお菓子があるんだ。紅茶もそれに合わせよう」

「ぜひ。ちょうどグレイス帝国の事で聞きたいことがあったんです。いいですか?」

帝国の使者からの土産でもらった珍しいお菓子ならエルサが興味を持つだろうと提案したら、エルサが答えるとともに、先程の異国の音楽を奏でる黒髪の令嬢の妄想が現れた。


「もちろんいいよ。なにか困ってる?」


優しく見つめながらもウィリアムは妄想の黒髪の令嬢を観察する。


「あの、グレイス帝国では婚約者同士というのはあまり一緒にいないものなのでしょうか? 貞淑な文化の国もあると聞きますし、結婚するまで近づかないとか、触れてはいけないとか」

「…いや、聞いたことがないけど」


エルサの問いにウィリアムは少し考えてから答える。


「そうですか。今更ですが、私とリアム様が一緒にいるときの振る舞いは国外のしきたりにおいてもおかしくないですか?」

「エルサは公私共に十分王族の婚約者らしく振る舞えてると思うよ。心配するようなことはない。誰かに言われた?」


エルサの頭を撫でながら、ウィリアムは能力の制限をさらに緩める。


「いえ。おかしくなければいいのです。私と、リ、リアム様の距離が近いのは…」

「一緒にいられる時間は、少しでも離れたくないと私は思っているけど。エルサは違う?」


「わ、私も、一緒にいたいです」

ウィリアムからの問いかけに思わず素直に答えてしまい、急に恥ずかしくなるエルサ。


その仕草は、ふだんの凛とした貴族然な言葉と違い、ストレートにウィリアムの心に入った。


思わず抱きしめてそのまま押し倒したくなるのを堪える。


腕の中のエルサを堪能しその足元を見ると、先程より随分小さくなった妄想の令嬢が困惑しているのが視える。



黒髪…

ふむ、帝国の令嬢になにか言われたのか?


少し冷静になりエルサの心を覗く。


エルサ自身の心に傷はないようだが、私とのいちゃ、いや、コミュニケーションについて迷っているようだ。


「エルサ、今まで通りで問題ない。国王からも仲が良いと羨ましがられるくらいでちょうどいい」

「そ、それは恥ずかしいですけど。そうですね。でも…」


まだエルサは口ごもる。


「どうした? 私には聞きにくいこと?」

「いえ。その、マリーナ様と、もし先に婚約していたらと。少し不安になってしまいました。ごめんなさい」


「なんでマリーナと婚約? 私が結婚する相手はエルサしかいないよ。もしエルサと出会わなければ、身分を考慮して最終的にはそういう話も出ていたかもしれないけれど。私はエルサを見つけたんだ。私がこうやって接するのはエルサだけだよ」


そう言って、珍しく落ち込んでいるエルサを優しく抱き寄せ頭を撫でる。


「私もリアム様のことが大好きです、これからも自信を持って隣に立てるよう努力しますね」


切り替えが早いのはエルサの利点。

抱きしめた体を少し離しただけの至近距離からエルサに微笑まれ、ウィリアムは思わず天を仰ぐ。

これが婚約者としての正しいスキンシップだと教え込んだのはウィリアムだ。


堪えろ!堪えろ!堪エロ!


近くからニースの呆れたような視線を感じるが、その後も()()()()()()()ウィリアムにとって癒やしであり修行でもあるイチャイチャタイム、いや、お茶会の時間は終わった。





ぱたん



エルサが部屋から出たあと、それまで空気だったニースが口を開く。


「留学中に、マリーナ様をエスコートして夜会に出ていたので、殿下とマリーナ様の婚約の噂は私も聞きましたよ。エルサ様、使者にそのことを言われたんじゃないですかね」


「私もその噂なら知っている。私の希望ではないが、当時はそうなる可能性もあったため否定せずにいたのが今頃エルサに向くとは」


「でも、ヤキモチ焼いたエルサ様も可愛いですね」

「あぁ、可愛かった」


男二人のほのぼのとした会話だが、このあと使者達から帝国の貴族まで、ウィリアムとマリーナの婚約の『噂』は一切なくなったのであった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 堪エロという言葉が最高にリアル [一言] 黒髪の令嬢の奏でるドアのノック音どんなものなんでしょう。 弦楽器っぽい予感。 シャラララー♪みたいな気がします。
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