マリーナとスヴェン vsジェット…閑話
「時間だよ。長い時間一緒にしているだけでいいんだ」
「いや、質ですよ。互いの性質が合えばそれぞれが持っている力以上の効果があります」
「いつ見つかるともしれない相性のいい物を見つけるために割く時間や手間を考えたら、一定時間をそばに置けば必ず互いに似通ってきて、ある程度の効果が発揮できる。それで良しとするのが帝国の研究では常識だ」
「スヴェン様の方法だと魔石同士の力が均等になることはないので、どちらかに負荷がかかり実質的な寿命は短くなってしまいます」
「たしかにそこは課題ではあるな。いやしかし、相性のいい魔石を待つのは現実的ではない。マリーナはどう思う?」
先程からスヴェンとジェットが議論しているのは、複数の魔石を同時に使う際の魔石の選出基準だ。
複数の魔石を一つの回路に組み込む場合、互いの相性がうまく行かないと、回路自体が機能しない。
機能させる方法としては、一定の条件の容器に一緒に長時間入れて魔石同士の性質を似通わせること。似た魔石は比較的相性がいいので、それで機能させることができる。
もう一つの方法は、性質は全く違うかもしれないが、最初からぴたっと相性が良い魔石が偶に見つかる。その場合、先程の方法よりも断然効果が高くなり、寿命も長くなるのだ。
「たしかに、相性のいい魔石同士を見つける確率はかなり低いのが常識だし、それなら多少効果が下がっても確実な方法を選ぶのではないかしら。フレーメ国の方法は違うのかしら」
「…正直今のところ帝国と同じやり方ですね。でも、もっと確実に見つけられる方法のヒントはあるんです。私は諦めずに魔石の効果を最大限に発揮する方法を探したいです!」
熱く語るジェットは何やら使命感に燃えている。
「ジェット!いいから早く手を動かせ」
つい話に夢中になってしまった。室長からの注意が入り慌てて研究に戻る3人。
…スヴェン視点
「はじめまして」
論文発表後の交流会の際、研修先の室長に紹介された相手と交わした握手がやけに強く感じた。
その相手、ジェットという研究員は直前までエルサ様とやたら話が盛り上がっていた男だ。
研究者の中には身分を気にせず研究さえしていればいいという者もいるが、このジェットは違うのだろうか。
たしかに貴族にすり寄るものも研究の環境を充実させるのには必要だからな。
白魔石のエネルギー回路の発表は素晴らしかったが、白魔石は私が得意とする生活への活用にも多くの可能性を秘めている。
なんとかして開発の方法も知りたいが…さすがに国家秘密だろう。
ジェットと話していると、すでに多くのアイデアが出されていることを知り、今は一つ一つ検証している段階だという。
その中から、気温の低いグレイス帝国でも活用できそうな保温の魔石への活用と、病院などに使える空気の清浄なるものを共同でさせてもらうことにした。
「いや、やはりここはこの回路を組み込んだほうが」
「それではエネルギーが足りず長時間は使えませんよ」
「しかし帝国ではこの方法を基本にして、他の部分でエネルギーはまかなっていた」
「ここは帝国ではありません。それに白魔石を有効に使うなら新しい回路を考えてもいいのでは?」
ジェットは優秀な研究者だ。もし帝国に来ても十分やっていけるだろう。お互いの経験を合わせることで、全く新しい回路ができたが、あと少しで完成というところで行き詰まってしまった。
しかし、ここに来て思う。
このジェットという男に限らず、研究室の者たちはなぜかエルサ様の名前をよく口にするのだ。
「エルサ様が言っていた…」「エルサ様ならこうする…」
最初は一流の研究者が揃いも揃って王族の婚約者に擦り寄っているのかと不快に思ったが、どうもそうではないらしい。
ウィリアム様ならまだしも、なぜ侯爵令嬢の名前が…?
エルサ様に対しては晩餐会の時に意図せず失礼な口調になってしまい、あとからマリーナや使者に散々怒られた。冷静になってからかなり反省したものの、見事な笑顔で対応してくれた方に対し今更詫びるのも失礼に当たるだろう。
基本的に人を信用していないウィリアム殿下の溺愛ぶりも気になるし、是非ともまた直接話してみたい。
しかしながら、侯爵令嬢であるエルサ様には夜会でもない限り会う機会もなく、ウィリアム殿下に話を通してもらおうと探すときに限って会えない。
どうしたものか…
…ジェット視点
「はじめまして」
そう言って握手をした相手は帝国の貴族であり研究者のスヴェン様だった。
研究者特有の思ったことをそのまま言ってしまうところが、まるで少し前の自分を見ているようでほろ苦く思う。
学問の国であるグレイス帝国の研究者が研修に来るほどの発表が実は侯爵令嬢エルサ様がきっかけだったと知ったときの衝撃は今でも忘れられない。
最初はきっと侯爵家の功績にするために優秀な研究者でも雇ったのかとも思ったが、エルサ様と話してすぐに、あの方の素晴らしさに気がついた。
本人は偶然の産物と言うが、そうではない。
きっと今までに何度も違う実験をしていたからこそ、カラの魔石にアルコールを使うという発想が出たに違いない。
さて、この研修に来ているスヴェン様だが、どうもエルサ様に対して軽く見ている節がある。
これが研究者のプライドというやつか。
まぁ、昔の自分も同じだったから強くは言えないが。
それにしてもエルサ様は素晴らしい。
以前に雑談の中で空気を綺麗にするなどと話された時にはそんな事をしてどうなるのかとイメージがわかなかったが、医療の関係者や経済の関係者に話を聞くととても食いつかれた。
普通に生活していては、そんな需要があるとは気づかない。エルサ様との何気ない会話には多くの可能性が詰まっている。
しかしご本人は研究での成果は伏せたいようだ。
これからも気兼ねなく研究室に来ていただくために、スヴェン様達にエルサ様の素晴らしさや、まして白魔石の開発のことは気づかれないようにしなくては。
…マリーナ視点
憧れのローズ様から経済の講義を受けることができるなんて、研修に来てよかったわ。
そう、頭では満足しているのに、夜部屋に一人でいるとなんだか落ち着かない。
晩餐会、交流会で見たウィリアム様と婚約者のエルサ様の様子が頭から離れない。
ウィリアム様のエルサ様を見つめる顔は、いつも壁のある私の知っているウィリアム様とは別人のようだった。
ウィリアム様とは留学前から何度か顔を合わせたことがあったけれど、一度だって感情を表に出したのは見たことはないもの。
母国に帰って落ち着いたゆえの変化かとも思ったけど、エルサ様が隣にいない時は以前と同じだった。
3年も一緒にいた私と、出会って数ヶ月のエルサ様。
先程話していた魔石の相性の話を思い出す。
『相性の良いものは、お互いが持ってる以上の力を出せる。そうでないものはどちらかに負荷がかかる』
しばらくはスヴェンについて白魔石の回路を組み立てるサポートにはいるから忙しくなるけど、ウィリアム様は留学中のように研究室には来ないのかしら。
今は会いたいような、会いたくないような不思議な気持ちだわ。
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