フレーメ国の研究室
論文発表の日から数日後、エルサは王太子妃教育の帰りに研究室へと立ち寄った。
「エルサ様! お待ちしてましたよ。白魔石の新しい活用を考えたんです。ちょうど今、室長がマリーナ様達を王都の研究支所に案内してるんで、ゆっくりしていってください」
「ありがとう。今日なら大丈夫と聞いていたから」
笑顔のジェットがさっそくお茶と資料を嬉しそうに用意する。
「マリーナ達とは上手くやれているか?」
エルサの後ろから部屋に入ってきたウィリアム。
「あれ、殿下もいらしてたんですね。しばらくは帝国の使者の相手で忙しいと聞いていましたが」
ジェットは意外そうな顔をしてみせたが、実はエルサが一人で研究室に来たことはない。
時間が多少前後しても、待ち合わせをしているかのように必ずウィリアムが現れるのだ。
だからエルサが来た時点でジェットはウィリアムの分のカップも用意している。
「忙しくとも時間は取れる。エルサとの毎日お茶が私の癒しだ」
「…なるほど。今日のお茶はここで楽しむんですね。独り者の私の前で」
「あぁ。今日なら研究室に寄れるだろうとエルサが言うからきたが、やめておこうか? エルサ、中庭の花が見頃だ。そちらでお茶を「まさかまさか! お二人の顔が見られて嬉しくて、驚いていただけですよぅ」
「ほう。では遠慮なく癒やされるとしよう」
そう言ってエルサの隣に座り、エルサの髪を撫でる。
「……」
「で? 研修の二人とは上手くやれているか?」
「うーん。マリーナ様は王妃様との交流や視察が多いのであまりお話できていませんが、スヴェン様は帝国でも魔石の研究が専門ですから少し説明しただけで理解も早く、お互いに情報交換したりしてます。ただ、どうも帝国のやり方にこだわりが強いらしく…」
「まぁ、そうだろうな」
「帝国とフレーメ国の違いをことごとく指摘してきますね」
「帝国の学問は優秀だが、それ故に研究者のプライドが高いと母上も話していた。留学中は特に感じなかったが、問題があれば室長に伝えてくれ。対処しよう」
「ありがとうございます。まぁ、研究面ではさすがに上手くやれてますので大丈夫ですよ」
「私にも手伝えることがあれば言ってくださいね」
話を聞いていてエルサが笑顔で伝える。
「心強いお言葉ですね。それならずっとこちらで席をおいていただければ…「断る!」
ジェットの言葉を途中で遮るウィリアム。
ジェットが本気で言っているわけではないと分かっているが、ここはしっかりと断ってとかないと、むしろエルサが本気にしてしまう。
今も「リアム様の役に立てると思ったのですが」と、他の場面でなら是非とも受け入れたい言葉を呟いているくらいだ。
エルサの様子を見て、ウィリアムの肩を持ちたくなったジェットが話を戻す。
「ところで、先程からお伝えしたかった白魔石の件ですが…「ただいま戻りました!って、あれ? ウィリアム様、…とエルサ様まで」
ジェットが話しだしたところで、ちょうど視察からスヴェンと室長が戻ってきた。
「ごきげんよう、スヴェン様。室長お邪魔してるわ」
「おかえり室長。スヴェンも」
「ウィリアム殿下、エルサ様、ただいま視察より戻りました。こちらに寄られていたのですね」
「お忙しい中でも研究室にお越しになるとは、さすがウィリアム様ですね。エルサ様もご一緒ですか。ちょうどエルサ様ともじっくりお話がしてみたかったんです」
室長の挨拶のあとスヴェンも続く。
エルサにと話がしたいと近づいてくるスヴェンの雰囲気は、なんだかジェットとよく似ている。
「あの、マリーナ様は?」
「マリーナはそのまま街を視察しています。彼女は経済が専門なので、そちらの担当者といくつか店を見てから戻る予定です」
「そうでしたの。ジェット、研究の邪魔をしちゃってごめんなさいね。スヴェン様、お会いしたばかりですが、このあと予定がありまして、行かなくてはいけませんの。研修頑張ってくださいませね」
あまり研究室に馴染んでいるのを見られて、白魔石の事を探られては困る。
エルサが帰ろうとすると、ジェットも残念そうに同意した。
しかしスヴェンは諦めない。
「やはりエルサ様はお忙しいですね。今度王都のお屋敷に会いに行ってもいいてしょうか?」
「え?」
突然の提案に驚くエルサ。
どう返事をしようかと迷っていると、ウィリアムが代わりに返事をする。
「スヴェン、言っておくが、エルサは私の婚約者だ。それに研究の事は詳しくはない」
「分かっておりますよ、ウィリアム様。ただ、王都の研究室の多くの者がエルサ様を褒めていたので、帝国に戻った時に参考になることがあればと。プリマヴェラ家の優秀さは有名ですからね。それに留学中のウィリアム様の話もお話しますよ」
最後の一言は内緒話とでも言うように、さらにエルサに近づいて話す。
内容よりも、エルサとの距離に思わずウィリアムの顔が険しくなり、室長とジェットが焦る。
「ス、スヴェン様、エルサ様はお忙しいですからっ」
一度興味を持ったら他のことが見えなくなるスヴェン。
ウィリアムが本気で抗議しようと構えたところ、机の下でエルサがそっと手を握る。
「まぁ、ありがとうございます。でもウィリアム様のお話は、大丈夫ですわ。今度ウィリアム様が直接話してくださる約束で、楽しみにしていますの。訪問については…父に聞いておきますね」
以前、ウィリアムの留学中の話は又聞きしないという約束をしたのを恥ずかしそうに言葉にするエルサ。
ウィリアムは一瞬で尖っていた心が温かくなり、手を握り返す。
机の下でのやり取りに、エルサの頬はピンクに染まり、ちらりとうかがうような視線は気付かぬうちに近づいていたスヴェンを大きく動揺させた。
そしてその視界に、さっきまで見えていなかった凍るようなウィリアムの視線も感じる。
「あ、あー、そうですね。侯爵に。もちろん私だけで訪問はしませんから、マリーナもエルサ様とお話したいと言っていたので。えーと、よ、よろしくおねがいします?」
「はぁ。スヴェン、その時は私も都合をつけるから。必ず声をかけるように」
こうして研究室でのお茶会?は解散となった。
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