交流会 その1
夜、研究者達の交流会が催された。
国内外から集まった研究者の他にも、各国の使者や、今回発表された研究に関わる部門の大臣や文官も参加する、大規模な会だ。
毎年順番に国を変えて開催される研究会。これにより最新の研究が共有できるようなシステムが昔からとられている。
研究者の半数以上は平民なので、夜会のようにダンスなどはなく、立食で会話を楽しむカジュアルなスタイル。同じチーム以外と顔を合わせる数少ない機会である交流会を楽しみにしている者も多い。
久しぶりの近況を報告し合ったり、それぞれ発表された内容について議論したりしているグループもある。
『スヴェン、いい加減に落ち着いたら?』
『いや、白魔石…というか、カラに着目するという発想が衝撃的すぎて、立ち直れる気がしない…』
『まぁ、どんなに研究が進んでも資源確保の問題はずっとあったものね』
『明日からの研修が楽しみすぎる! あとで挨拶だけでもしてこよう』
そんな中、マリーナとスヴェンは論文の内容に興奮を抑えられずにいた。
そして二人以外にも、
「フレーメ国の発表には驚かされましたな」
「もう注文しましたが実際に白魔石を使えるのが楽しみです」
「温度調整に向いているとあったが、うちの高温多湿の地でも使えるだろうか」
賑わう会場内では、フレーメ国の論文についての議論があちこちで聞こえてくる。
エルサ達の入場は交流会の後半だ。
会場がリラックスした雰囲気で盛りあがる頃にドアが開かれる。
ざわっ!
もともと静かではない会場が一瞬ひときわ大きく盛り上がったかと思ったら、さっと静かになる。
王族であるウィリアムと婚約者エルサの入場だ。
近くにいるものから波のように、平民、貴族、それぞれの最敬礼の形で頭を下げる。
カツカツと二人の足音だけが響き、ホールの前に立ったのが伝わる。
「皆さん、顔を上げて下さい」
天上の鐘のようによく通る美しい声は、王太子の婚約者から発せられたもの。
その声につられて頭をあげた者たちに映るのは、スタイルの良さがよく分かる華美すぎない品の良いドレスに見を包んだ天使! いや、女神!!
ではなく、王太子の婚約者エルサであった。
「本日の研究会、別室で見学しておりましたが大変興味深く、また、皆さんがそれぞれの国民のため、研鑽を積んでいることが良くわかる内容でしたわ。年に一度の交流会、ぜひ有意義なものにしてくださいませ」
王族としての参加とあって、エルサはそれはそれは優雅に挨拶をする。顔の角度、話す速度、髪の毛一本の先にまで、計算し尽くされたようなその様は、エルサをまだ婚約者だと侮っていた他国の使者たちを圧倒する。
あるものはその美しさにこの一年の成果を忘れそうになり、あるものは次の一年の研究の糧とした。
「本日発表されたものは、全てこれからの未来を変えるきっかけとなるだろう。私も研究室に席を置く身として、日々研究に励む皆の大変さも少しは理解できる。せっかくの機会なので、私達も会場を回るが、気負わず話してくれ」
横にいる王太子はその声が発せられている間は愛おしそうにエルサを見ていたが、視線が上がり自分が話すときにはすでに王族の顔に戻っていた。
フレーメ国の関係者には見慣れた光景だが、他国の関係者でエルサに見惚れていた者は、その心を見抜かれたようでどきりとする。
短い挨拶だが、場の空気を変えるには十分だった。
ウィリアムの話が終わると再度乾杯があり、再び賑やかな歓談の時間となった。
しかしここからは公的な交流会の側面が強くなる。
姿勢と言葉遣いが先程よりも良くなり、話す内容も真剣なものに変わっているのは、いつ王太子達が話に入ってきてもいいように、だろうか。
前半の時間より意見しにくくなったようにも思うが、盛り上がって機密情報まで流されては困る。研究者達に自分の仕事と責任を自覚してもらうのには、身分の差が薄い研究室内といえど、王族は別格なのだ。
こうして毎年開催国の王族がある程度の時間に顔を出すのがしきたりとなっていて、ベテランの研究者になるほど心得ていく。
それが役割だと理解はしつつも、エルサはそわそわする。
端から見れば落ち着いて凛と立つ優雅な花のような存在のエルサ。
そのココロは…
どのグループの発表もほんとに素敵で、思わずメモを取ってしまったのよね。
この後は会場をまわって…私とは話さなくていいから、こっそり皆さんが話していることを聞きたいわ。
みんなと同じ白衣だったらきっと気づかれずに潜入できるのにっ!
…いや、ばれるだろう
実際はそんな自由な心のエルサを逃さないとばかりにウィリアムがしっかりとエスコートし、どんな服を着ても目立ってしまう華のある二人なのだから。
エルサの空いたグラスをさり気なく受け取ると、心得たとばかりに、近くで話している数人のグループに近づいてくれた。
エルサが気になっていた、水質についての研究発表をしていたグループだ。
「ごきげんよう。皆さんの発表、とても素晴らしかったですわ」
エルサに話しかけられ、緊張しながらも代表者が謙遜しながら笑顔で答える。
「ありがとうございます。地域による水質の差なんて地味な研究でしょう」
その研究を発表した国は南北に長く、大半が海に面しているので水質の差がよく問題になる。しかし今回参加国の殆どには関係のない話だ。
あまり注目されることはないだろうと、それでも国のために研究してきたグループは、一番に声をかけられたことを光栄に思うと同時に、やはり研究についてはよく知らないんだろうなと勝手ながら同情する。
ちらりと周りを見れば、先を越された妬みとともに、理解できない令嬢に声をかけられても仕方がないと呆れた視線を感じるからだ。
しかし周りの視線を気にせず、ふわりと笑うエルサ。
その笑顔に代表者ははっとする。その瞳が上辺だけの言葉をかけに来たわけではないと感じたからだ。
「そんなことないわ。水は生活に欠かせないものですし、フレーメ国は場所による差が問題になったことがないから、新鮮だったわ。この成果は国民も喜ぶわね」
国民が喜ぶ。
たしかに自分たちの研究の目標は自国の問題を解決することであり、研究に優劣はない。
それに改めて言葉にされ褒められることは素直に嬉しい。
代表者は、できるだけ初心者のエルサでも分かるよう真摯に対応しようと決めた。
「今回の研究で、どこでも同じ水質を簡単に叶えることが出来そうです」
「水質を数値化して出していたが、具体的にその差を一般の国民でも変えられるようになるのか?」
ウィリアムも質問する。
「はい。今は実験室で調整していますが、同じ原理の装置を開発中です。水質の違いで体調に異変をきたすこともありますが、今まで味や見た目では分かりませんでしたので。論文にあるように、地域独特の不純物を除くだけでなく、逆に正確に再現したりと、体に合う水が探せます」
「まぁ! 水質といえば、高い山の雪解け水でできるお酒は美味しいとか。再現できるかしらね」
「ほう、酒ですか。安全面をメインで考えていましたが、たしかに各地のいいところを取って調べてみるのも活用の幅が広まりそうですね」
「面白そうだ」
「帰ったら試してみよう」
エルサの発言に同じグループの研究者達も興味を持つ。
最初は遠慮していた雰囲気だったのが、エルサやウィリアムと話して、本来の研究の自信を取り戻したようだ。
「ふふっ。それだけ地域差があるなら、料理もさまざまなんでしょうね」
「ええ。我が国は真ん中に高い山もあり、今でこそ主要道路で往来できますが、昔は交流がなかったので、各地に特産がたくさんあります」
さらに興味を持ってもらい、とても嬉しそうに話す。
「では今度会うときは上手い酒が飲めそうだな。安全面はもちろんの事、国の発展にも繋がる研究に思う。期待しているぞ」
「はっ! 研究の助言まで頂けるとは。ありがたき幸せにございます。必ずご期待に添えるよう、精進いたします」
このやり取りを近くで聞いていた研究者達は、一番地味な研究だったはずのグループの輪で盛り上がる様子を見て、呆気にとられていた。
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