第二回緊急会議 …閑話
ここは王宮の一室。
防音の魔石と認識阻害の魔石がガッチリと仕掛けられており、中にいる者の声どころか気配すら感じられない、国家機密を扱うときに使えるレベルの部屋である。
そんな中に集う7人の影。
そのうちの一人の男が立ち上がり力強く宣言する。
「只今より、第ニ回エルサの幸せを願う会議を始める! 前回はオブザーバーであったオレリアを、今回からはリヒトの婚約者として正式メンバーに加えることとする。また、私がうっかり執務室でこの会議の議事録を落としてしまったが為に、国王と王妃、並びにアラン殿下が参加することとなった。…みな、すまん」
力強く宣誓をしたものの、最後は力なく座るシリウス。
「はは、シリウス。神聖な執務室にプライベートな物を持ち込んだお前が悪い。とはいえエルサ嬢の幸せを願う会議なら、出席しないわけにはいかないしな。もう私達の娘みたいなものだ」
「ふふ! そうね。みんな、ここでは気を使わないでちょうだいね」
「エルサ姉上のため! よろしくおねがいします」
王族3人の参加に緊張していたリヒトとオレリアは、顔を引きつらせながらも笑顔で了承せざるを得なかった。
「さて、今日の議題は帝国からの客人についてだが…」
「先日の晩餐会のことですわね。今度の魔石の論文発表に合わせて学びに来たという。王妃様の姪御様だとエルサ様から伺いましたわ」
早速オレリアが食いつく。
晩餐会での話をシリウスからリヒト経由で聞き、エルサのために自分もひと肌脱ぎたかったと悔やんでいるのだ。
「マリーナね。昔から勉強が大好きなのよ。もう一人のスヴェンは若いけれど帝国ではトップクラスの魔石の研究者ね。彼の生み出したものは生活に根付くものが多いから、国民からの人気も高いわ」
王妃はどう思っているのか分からないが、にこやかに事実を述べる。
「学問の国のトップクラスといわれる割に頭の固い研究者だ」
吐き捨てるように言うシリウスに対し、
「まぁ、先入観の塊っていうか。逆にローズ様の姪のご令嬢は、聞いていた話と違って大人しかったわねぇ」
ソフィアも思い出しながら話す。
「帝国の研究者ってプライドが高いのよね…。みんな自分が一番だと思ってるの。でも、他の国に来てあの態度では、貴族としても研究者としてもまだまだね。エルサさんの力量が圧倒的に上で、助けられているとも気付かないなんて」
ため息をついて王妃が返す。
「姉上の力量ですか?」
「えぇそうよ。エルサさんは始終笑みを絶やさなかったし、嫌悪の気配すら見せなかったわ。スヴェンの発言の裏にも気づいていたでしょうし、器の小さな者ならすぐに喧嘩になっていたでしょうね。でも、ここは街の酒屋ではなく、両国の友好の晩餐会なんですから。ふっかけた方も、やり返した方も軽傷ではすまない。それを理解した上で、どちらの国にも波風を立てずに交流を促したのでしょう」
「スヴェン様の発言は、なかったものにされたも同然、ということでしょうか」
「ま、そういうことね。きっかけはスヴェンだけど、会話の主導権はずっとエルサさんが握っていたわ」
晩餐会に出席していなかったリヒトとオレリア、アランは王妃の言葉を聞き胸をなでおろす。
しかし、そこで思い出したかのように発言したのはウィリアムの弟、第二王子のアラン。
「母上。私は帝国の使者に、帝国では兄上の婚約者にマリーナ姉様がなる予定だったのでは、と聞かれました。そのような話は出ていたのでしょうか?」
「「なに!?」」
ここで今まで大人しくしていた父二人の声が揃う。
「それが叶っていればエルサはまだ家に…」やら
「もうエルサたんはうちの子だ!」やら
「エルサたんって呼ぶな!」やら
男二人の言い合いが始まる。
「ふぅん、そうなのね。ブラッドとそんな話した事もないわ。もちろん、留学中に本人たちにその気があれば、反対はしなかったでしょうけど」
王妃はそんな二人をまるっと無視して答えた。
「そうですか。私に話してきたのは一人ではなく、他の者も似たような認識だったように感じたのですが」
エルサのことを慕っているアランは不安になる。
「…まさか! 本当に殿下とマリーナ様は特別な関係だったとか」
恋愛耳年増のオレリアが、自分の発言に青ざめる…
「ないわね。ウィリアムからの手紙だけでなく、ニースの報告にもそんな気配はないわ。どうしても断れない夜会には従妹だからパートナーとして出席したみたいだけど」
「は! もしや、最近流行りの契約から始まる恋!?」
この発言はアランである。
「いや、普通にあれだけ女性を寄せ付けない方が、パートナーとして連れていたら周りはマリーナ様を特別だと見るのでは? というか、アラン殿下、何を読んでいるんですか…」
冷静に分析とツッコミができるリヒトは優秀である。
「えへへ。エルサ姉上に勧められて」
「うふふ。エルサ様に勧めたのは私ですわ」
頬を染めるアランとオレリアは可愛いが
『そうじゃない!』
とは、ここにいる大人たちの心の声。
「うーん、もしかしたらマリーナ自身もそう思っていたのかもしれないわね」
「マリーナ様が大人しかったのは、動揺していたからでしょうか」
母二人はマリーナの気持ちも分かり複雑そうだ。
「まぁ、私が最初に牽制しちゃったしね。マリーナも可愛い姪だけど、私はもうフレーメ国の人間。どちらの味方をするかと言えば未来の王妃一択ね。実際エルサさんは想像以上の逸材だし」
「ロ、ローズ! フレーメ国の人間と!! 心も体も私のものだと言ってくれるのか! 愛している!」
王妃の言葉を斜めに読み取り感極まる国王。
そんな国王をまるっと無視し、シリウスが低い声で言い放つ。
「全く。エルサのことを良く知りもしないで、しかもこの国の貴族たちの前で大きな態度に出るとは、命知らずなことだ」
「姉上は最近では淑女だけでなく大臣の心も掴んだようですね。王宮でも話題になってましたよ」
「こちらからなにかするつもりはないが、可愛い可愛いエルサのガラスの心を不安にするようなことがあれば…」
シリウスがぶつぶつ呟いている。
シリウスだけじゃない。この国の大臣や夫人たちにとって、すでにエルサは国の自慢だ。晩餐会のあとの彼らのやる気といったら…
「「…姉上(エルサ様)なら自分でなんとかしそうですけど」」
思わずリヒトとオレリアの言葉が重なる。
これからしばらくの間、滞在する使者たちとの交流は楽しいものになるだろう
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『なぁ、晩餐会の時、途中から大臣達の笑顔が怖くなかったか?』
『あぁ。内容は穏やかだし、たしかに実りの多い晩餐会だったがな。なんとなく、背中が寒かったぜ。それにスヴェン様のこともそれとなく聞かれて…』
『ウィリアム王太子殿下も、留学中にご挨拶した時は優秀だとは思ったが…言い方は悪いが、穏やかというか、ことなかれ主義だと思っていた。でも途中話しかけられたときの内容や質問は鋭いしドキドキしたよ。うっかり重要機密まで話してしまいそうになる』
『…やっぱりあの噂は本当だったんじゃ』
『婚約者にぞっこんで、その為に仕事も力を入れたっていう?』
『それに、出席していた貴族たちの反応からしても、かなり年下の令嬢なのに一目置かれていたな。あのローズ様まで』
『絶対に手を出しちゃいけない方だったんじゃ…』
『スヴェン様、変なところで頭が堅いからな』
『お、俺達は滞在中穏やかに過ごそうな』
『あぁ。街中での発見を楽しもう』
『『『『『おー!』』』』』
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