夕市
本格的に冬の季節に入り、
早い時間から日が沈み始める。
街の通りは色ガラスで作られたランタンが飾り付けられ、寒いながらも今の季節だけの時間を楽しもうと店の明かりをたよりに散策する人々で賑わっている。
王都は比較的治安がいいので、供を連れた貴族や家族連れも歩きやすい。
エルサは、ミーナと護衛を連れて、年末の夜会で出すワインに入れる、香辛料を見に来ていた。
冬の季節にだけ並ぶ夕市は、冷気を防ぐため、店ごとに簡易なテントで分かれており、その中にはハーブや色ランタン、魔除けの屋敷飾りなど、普段は売られない物が並ぶので、エルサは毎年楽しみにしている。
ミーナには食材を任せ、エルサは護衛を連れて通りを歩く。
花が飾られている店先で足を止めると
「浴槽にいれて体を温めるハーブはいかがですか。グレイス国の伝統的な風習だそうですよ」
お店の中から女の子が顔をだし、種類と効能を紹介してくれる。
お店の飾りだと思っていたら、どれも売り物だったらしい。
小さな店なので、護衛には外で待っていてもらい中に入ると、たくさんの花びらや葉、枝がそのままの形でたくさん並んでいる。
「ふぅん。お風呂で使うのね、変わった香りだけど、不快じゃないわ。あ、この花の香りはいいわね」
香油風呂も好きだけど、体を温める効果もあるなら、よく腰を痛めているお父様にもおすすめできるし。
でも、この植物、そのまま使うのかしら。
(葉っぱや枝をいれた浴槽に浸かるのってどんな感じかしら。そういえば昔読んだ本に干し草のベッドの描写があったけど、枝が肌にあたると書いてあったわ。)
浴槽に寝そべるエルサの裸体を、大急ぎでマッチョ小人が葉っぱで隠している。
「ん゛ん゛っ、ご令嬢。このハーブは、専用の布に巻いて浴槽へ入れるんですよ」
「あら、そうなの。それなら安心だわ。
って、え??」
気づかないうちにエルサのとなりに男の人が立っていた。目元は帽子で隠れているが、寒さのせいか頬が少し赤い。
羽織っているシンプルな絹のコートは、見る人が見ればよいものだと分かる。
他国の旅行者かしら?
「あぁ、急に話しかけてすまない。珍しそうに見ていたものだから、ついね。その青いハーブはパースと言って、冬の初めにしか採れないもので、特に保温の効果も高いから、香りが気に入ったならおすすめだよ」
「こちらこそ、考え事をしており失礼いたしました。教えていただきありがとうございます。せっかくだからそのパース10束と、専用の布をいただくわ」
「では私も同じものを10束もらおう」
お店の女の子が持ちやすいようまとめて、それぞれに花束のようにして渡してくれた。
「ふふ。お互い温かく優しい冬が過ごせますように」
「…あぁ、あなたも」
冬の伝統的な挨拶をし、エルサはミーナと合流するため通りに目を向ける。
「そうだ、ワイン用のハーブが必要なら、市場の奥のオレンジのテントの店が新鮮らしい。寄ってみるといいだろう。ではまた」
「ちょうど探していたところです。ありがとうございます」
お礼を言うため振り返るも、旅行者らしき男性は、もう立ち去ってしまったようだった。
「…また?」
「お嬢様、どうかしましたか?」
テントの外で護衛と共に待っていたミーナが、エルサの荷物を預り話しかける。
「なんでもないわ。さぁ、あとはワインのハーブね。こっちよ」
「? お嬢様、こちらではハーブは買わなかったのでしょうか」
「ここのはお風呂に入れるハーブなんですって。温まるらしいからお父様にいいと思って」
「そうでしたか。お嬢様の優しいお気持ち、きっと喜ばれますね」
ミーナが笑顔で頷いている。
「あった! オレンジのテント。ミーナも一緒に選びましょ」
「お嬢様少しお待ち下さいませ」
ミーナが護衛に帰りの馬車への伝言を伝え、店内を確認し、どうぞと入り口をあける。
「わぁー、スパイスの香りが濃いけど、どれを合わせても引き立ちそう」
「ほんとうに。この香りはシナモン? それにレモングラスでしょうか」
「お客さん、ちょうど今日ノルド地方のハーブが入ったんすよ」
大柄な店主のおじさんが、いかにもお忍び貴族な雰囲気を出しているエルサの顔をみて、笑顔で売り込んでくる。
「王都から近くて鮮度が格別だけど、ノルド産はほとんど王宮へ献上されてしまうから、なかなか出回らないのさ。少し高いけど味は保証しますぜ」
たしかに、ほかの店より高いようだ。
エルサは気にしたことがないが、ミーナの顔が険しくなっている。
「ワインに入れるスパイスと、お肉を引き立てるハーブを見せてくださいな」
ミーナがきびきびと確認し、手にとって嗅いだあと、目を瞬かせる。
「エルサ様、こちらのシナモンは素晴らしいです! スパイスの香りの中に甘さも感じますわ。それにこのローズマリーは茎が細いのに香りが強い。これなら香りを移すだけでなく、オイルで揚げて付け合わせに混ぜてもきっと…!」
「分かってくれて嬉しいよ。美人なお二人にはこれもおまけだ!」
興奮して店主と語りあうミーナに、購入するものは任せ、エルサは先程の旅行者のことを思い出す。
そういえば私、ワイン用のハーブを探してる話、したかしら。
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