リヒトとオレリア
「それにしても、リヒトとオレリア様が婚約するなんて。私としてはオレリア様と姉妹になれて嬉しいですけど、お父様から聞いたときは驚きましたわ」
今日は王太子妃教育が休みなので、オレリアが遊びに来ている。
春の夜会以降、ほとんどの貴族は領地に帰って行ったが、アウトンノ家はナタリアの体調もあり、今までは当主のガッシュと、子供達が交代で帰っていた。
今年はナタリアの体調がいいので、久しぶりに一家揃って領地に帰る予定だが、領地の屋敷を車椅子用に改装し終わるのが来月なので、それまでは王都にいるらしい。
ウィリアムの婚約が発表されてから、国内の年頃の貴族達の婚約が続々と決まっている。
あわよくば王太子妃に、と婚約をせずにいた令嬢やその家族たちが一斉に婚活を始めたのだ。
その矛先の筆頭だったリヒトは、社交の時期ではない分、王宮での仕事の行き帰りに声をかけられたり、家には釣書の山ができるなど生活がかなり振り回され、若干女性不信に陥っていた。
そんな中「もう、二人が結婚したらいいじゃない」というソフィアとナタリアの提案で、あれよあれよという間にリヒトとオレリアの婚約がまとまったのだ。
本人たちがどのように話し合ったのかは分からないが、特に異論はないらしい。
そしてもう一組。
「ふふっ。まぁお兄様があんなに早く婚約を決めるとは思わなかったので、私もまだまだだと思っていたんですけど」
「堅物のダニエル様もイリス様の可愛らしさの前では骨抜きですものね」
オレリアの兄ダニエルと辺境伯令嬢イリスの婚約である。
「ほんとに! お母様が元気になって、お兄様の付添いが減った分、世話焼きが私に来たらどうしようかと思っていましたけど。うちにお茶会に来たときのお兄様の、世話の焼きようったら!」
王都滞在中に、約束通りアウトンノ家のお茶会に来た辺境伯令嬢のイリスが、ナタリアの付添から時間が空いたダニエルのオカン心に火を付けたのだ。
以前街歩きで護衛として付き添っていたのもあり二人はすぐに仲良くなり、ダニエルが楽しそうにイリスに構っているのを出先から帰ってきたナタリアが見つけ、こちらもあれよあれよという間に婚約が決まった。
「イリス様も嬉しそうでしたし、お兄様の魅力を分かってくださる方が来てくれるなら嬉しいですわ。それにね、イリス様は小柄ですけど辺境で鍛えてるからか、実はお母様を支えることも出来るんですの。これで安心して家を出られますわ」
「それでも、ダニエル様の婚約は寂しくはありませんか?」
「これからはダニエルお兄様と可愛い妹のイリス、そしてエルサお姉さまに、夫までできるんですよ。楽しみしかないですわ」
「そう、それなら良かったわ。改めておめでとう、オレリア様。もしリヒトに不満があったら、遠慮なく話してね」
幸せそうに笑顔で祝福してくれるエルサはとても可愛い。
「はぁ。エルサ様と姉妹になれるなんて、本当に夢のよう。リヒト様とは昔から同志のようなものですから。大切なものや価値観がとても似ていて。リヒト様となら穏やかな家庭が築けるかなと思っていますわ」
「そう、なの。でも、リヒトはそんな穏やかじゃないけどなぁ」
最後に小さく呟いたエルサの言葉はオレリアには聞こえなかった。
「ところで、近々グレイス帝国からお客様が来るんですよね。お父様が仰ってましたわ」
「えぇそうなの。ウィリアム様の留学中のお知り合いで、帝国のトワイニング公爵家のご令嬢だそうよ。とても研究熱心な方らしいわ」
「今話題の魔石の活用でしたっけ?」
「ええ。ウィリアム様が帝国留学中に研究したことと、こちらに戻ってきてからの成果をまとめた論文を発表するの。それに合わせて、同じ魔石の研究をしている方と一緒に、短期で研修のために滞在するらしいわ」
カラの魔石については、王宮の研究室との共同論文として発表することになった。
エルサが開発者ではあるが、運用するにあたり、ウィリアムが進めていた大規模エネルギーへの活用が最も効果も高いことがわかり、さらに有効利用するための研究が進んだ。すでにエルサでは追い付かない高度な回路を伴う研究へと発展している。
エルサと侯爵家の意向で予定通りエルサの名前は出さないが、もちろん権利の使用料はプリマヴェラ家に入り続けるし、エルサの発想(妄想)力を評価している研究者達からは度々呼び出しを受けて意見しあい、今では研究室に机も用意されている。
ウィリアムはエルサの時間が取られるのであまり乗り気ではないようだが、今では立派な研究室の一員だ。
「そうなんですね。公爵家のご令嬢が研究を。さすが、学問の国ですわね」
「ええ。私も見習いたいわ」
「…エルサ様はすでに規格外だと思いますよ? それにしても帝国での王太子殿下ってどんな感じだったんでしょうね。側近のニースさんは、執務もこなして忙しそうとおっしゃってましたが」
そして、手を抜いてるとも言っていたような…?
「どうかしら。明日は歓迎の晩餐に呼ばれているし、トワイニング様は歳が近い私がお話しすることも多いと思うから、留学中のウィリアム様の話が聞けるかしらね…」
「何を聞くのかな?エルサ」
最近やっと聞き慣れてきた声に振り向くと、熱く見つめる金の瞳と目が合った。
「まぁ、ウィリアム様!ごきげんよう」
「ごきげんよう、王太子殿下」
すぐさま立ち上がり礼をする二人を、手をあげて制しエルサの横に来る。
「あぁアウトンノ侯爵令嬢、夜会ぶりかな。リヒトとの婚約もおめでとう。アウトンノ夫人は、その後元気にしているか? ガッシュやダニエルから体調面は問題ないと聞いているが、車椅子のこともあり、様子が気になっていてな」
二人からウィリアムに入る報告は、「元気です」「やたら元気です」「食欲も増しました」「私の付き添いなしの外出が増えて寂しいです」の4つのみ。
仕事の報告書は緻密なのに、どうしてこの父子は仕事外のことには脳筋なのか。
と、ウィリアムは話したときの様子を思い出す。
「どうぞ、オレリアとお呼びくださいませ、王太子殿下。本日母は、エルサ様のお母様と観劇に出掛けまして」
「ほう、すっかり外出にも慣れてきたんだな」
「はい。最初は敷地内や庭で慣らしていたんですが、どうも車椅子で出掛けると、同じように悩んでる人のご家族からも声をかけられることが増えて。今ではその話を聞くのが使命になっているようです。いずれ要望をまとめた書類が王宮に届くかもしれませんわ」
男たちと違い、嬉しそうに様子を話すオレリア。
車椅子計画は思った以上に順調に進みそうだ。
「ほぅ。福祉関係は王妃と王太子妃の仕事になるから、エルサ、忙しくなりそうだな。もちろん私も協力するよ」
エルサの仕事になると予告しながらも、その目には甘さしかない。
しかし、先ほどの会話を思い出したのか、ニヤリと口角が上がる。
「で? 昔の私の事を聞くって話してたっけ? エルサなら直接聞いてくれたらなんでも話すのに」
「ごめんなさい。そうですわね。私も直接ウィリアム様の口から聞きたいです」
「たしかに、勝手にプライバシーに踏み込むのは良くなかったですわ。申し訳ありません」
特に隠すようなことはないので、からかってみたつもりが、心の視えるウィリアムは、思わぬところで二人からカウンター攻撃を受ける。
「い、いや、いいんだよ。留学中の事を彼らに聞いてくれても。あまり面白いことはないと思うけど。ただ、私としては少しでもエルサと話す時間が欲しいからね。それに仲良くなりすぎたら嫉妬してしまうかもしれないよ。今だってオレリア嬢とのお茶会を邪魔しに来てしまうくらいだからね」
「まぁ! ウィリアム様ったら。ふふふ、私とオレリア様はもうすぐ姉妹ですわよ。嫉妬しないでくださいね。ふふっ」
エルサはウィリアムの言葉を冗談だと笑っているが、オレリアは気づいている。
コ、コノヒト、本気ですわー!!
ウィリアムがエルサを優しそうに見つめる瞳の奥には、執着すら見える。
今もエルサにピタリと寄り添いながら独占欲を隠そうともしていない。
エルサはエルサで、今までは皆の憧れの的であって、ウィリアムみたいなスキンシップをとる子息がいなかったからか、婚約者とはこういうものと受け入れている節がある。
もう! シリウス様が囲いすぎたせいでっ!
リヒト様にもしっかり見守ってもらわなくっちゃ。
オレリアはここにはいないエルサの父シリウスに心のなかで当たる。
オレリアにとってもエルサは大切な人で、エルサが幸せなうちは口を出すつもりはないが、エルサに対してとそれ以外に対しての差に、帝国からの客人も驚くのでは? と心配になるのであった。
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シリウスの執務室にて
「ぶえっくしょい」
「父上、風邪ですか?」
「いやー。今子猫ににらまれたような」
「なんですか、それ。議会資料、早くまとめないと帰れませんよ。殿下は先ほど王宮を出たと聞きましたが…」
「なに!? まさか、また我が家に!? リヒト、資料はもうここにまとめてある。ちょっとソフィアへのお土産を考えていたら、遅れをとってしまったようだ。私は先に帰るぞ」
「かしこまりました。相変わらず、隠してますけどほんとに仕事早いですよね」
「ソフィアには内緒だぞ」
父の背中を見送り預かった資料を届けたら、同じく当日分の仕事をとっくに終えているリヒトは自分の婚約者も来ているであろう我が家へと土産を持って帰るのだった。
実にホワイトな職場である
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