帝国からの訪問者…side マリーナ
その知らせを聞いたとき、私は信じられなかった。
「ねぇ。私は冗談や妄想が好きではないのよ。そんな時間があるなら研究に費やしたら?」
あり得ない報せを持ってきた友人は、私の反応が悪かったからか、さらに食い下がる。
「本当だって! マリーナ、さっき資料を取りに行ったとき、文官達が話していたんだ。あの! ウィリアム様が! 婚約したって!」
「…まさか」
何でも完璧なウィリアムは他人を寄せ付けない。金の髪に金の瞳を持つ、誰が見ても美しい彼は、数多く寄せられる好意を一切無視して、留学中は研究に集中していた。といっても、優秀な彼はそれすらも全力を出してなかったような気がするが。
そんな中で、従妹である自分とは王宮の夜会ではパートナーとして参加したし、学院でも研究室でよく話をした。
少しは特別だったんじゃないかと思っている。
身分が釣り合って話も合うから、周りからは将来私はフレーメ国に嫁ぐことになるんじゃないかなんて噂されていたけれど、研究が一番の私たちの間に愛や恋なんてものはない。
それでも、他人を寄せ付けない彼だからこそ、もしかしたら結婚相手として自分が選ばれるんじゃないかと、心のどこかで思っていた自分に気づき、もやもやとする。
「それでさ、って、マリーナ、聞いてる?」
「あ、ごめん。何?」
「ウィリアム様がフレーメ国に戻られてから、あっちの魔石の研究がすごいことになってるのは知ってるよね」
そう。これももやもやの原因かもしれない。まだ公には発表されていないが、持続的な発展のために不可欠な魔石の消費量に対する問題が解決しそうなのだ。
王国に派遣している研究者が興奮して報告してきたからきっと間違いない。
でも、王国の研究室に手紙を送っても、研究中だから論文発表を待てという返事しか来ない。
私に言ってくれれば少しは協力もできると思うのに。
「そうね。一体どんな方法なのか、研究論文の発表が待ち遠しいわ」
「僕は魔石の研究では自分がトップクラスだと思ってたから知らないことがあるのが悔しくて。それでさ、僕たちも論文の発表に合わせて王国の研究室に研修に行かないかい? ついでにウィリアム様の婚約者を見るっていう…」
「!! スヴェン! あなた、たまには良いこと言うのね」
「なんだよ、たまにはって!」
スヴェンがまた食い下がってきたけど、無駄な議論に付き合う気はないの。
「さっそくお父様に相談してみましょ。研究室にも伝えておいた方がいいわね。最短でいつになるかしら。あぁもう、忙しくなるから、今日はそろそろ帰るわ。あ、でも一つ訂正よ。学院での研究のトップは残念ながらウィリアム様だったわ」
「な!ウィリアム様の研究は国の為の大規模エネルギーで、僕の研究は経済や生活に使う活用術。最終試験は負けたけど、研究面では幅広くおさえているんだから、トップは僕だ」
「はいはい」
スヴェンと言い合いながら、研究室を出た…まではよかった。
マリーナは帰りの馬車で、ウィリアムの婚約の話を思い出す。
「婚約ね…」
このもやもやした気持ちはなんなのかしら。
もしかしたら彼は王太子だから、帰国後に政略の必要が出たのかしら。そういうことは、あり得るわね。
あぁ、きっと私は彼に同情しているのね。同じ学問を愛する仲間として、立場上結婚という道を避けて通れない彼に…
でも、学院では一緒に研究した仲なのに、こんな大切なことを教えてくれなかったのかしら。
結婚も研究も、少しは力になれるのに。帰国後は研究室と皇帝への連絡だけで私には手紙もないし。まぁ、魔石の研究が進んだということは、彼はそれだけ忙しかったのかもしれないけど。もしかしたら誰に対しても冷めている彼には、婚約という事実も大したことではないのかもしれないわね。
とりあえず、帰宅したらお父様に研修の許可をとって、やりかけの研究もまとめておきましょう。
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帰宅後、父からウィリアムの婚約の話を聞いたマリーナ。政略ではないことも合わせて伝えられたが、エルサが侯爵令嬢であると聞いた彼女は納得してはいない。
スヴェンと共に王国への研修の許可も降り、その日まで眠れない夜を過ごすことになる。
マリーナ・トワイニング 18
黒髪を肩で切り揃えたクール系美人。帝国の公爵令嬢であるが、学問の国の国民として誇りを持ち、ウィリアムが留学していた時には学院で共に研究していた。フレーメ国王妃の姪であり、ウィリアムの従妹である。
スヴェン・ホーク 18
黒髪にモノクルをかけた帝国の侯爵家長男で、同じくウィリアムの留学中の学院仲間。魔石の活用を広げる研究をしている。
マリーナとは幼なじみ。
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