…sideウィリアム
時は少し遡りー
プリマヴェラ家の夜会当日。
エルサには午後の会議に出席してから参加するので遅れていくと伝えてはいるが、今私は気が気ではない。
「…であるから、次回までに私が指摘したところで不満があるなら正確な資料と共に再提出を求める。では本日はこれで」
これ以上、各々の希望ばかり述べられてもキリがない。通したいなら懇願するだけでなく客観的な根拠を持ってくればいいだけだ。
時間がないというのにだらだらと…
会議室を出て自分の宮へと急ぐ。
「殿下、いつにも増して無表情でしたね。すんなり議案が通った文官達ですら怯えていましたよ」
ニースが同じく足早に、ついてきながら小言を言うのはいつものこと。
「予算をつけてほしいなら、納得する資料を揃えればいいだけのこと。国の金は正当に運用しなければならないし執務に愛想は必要ないだろ」
「…ですね」
ウィリアムの言うことは正しい。
不正、とまではいかないが、今までの慣習で甘く見積もって作っていた予算がかなり厳格になった。
一部からは不満もあるが、おかげで他にも予算を回せるようになり、結果的に過半数の支持を得られているのも事実だ。
ただ、
「…その顔で無表情だと、余計に怖いんだよな。ま、確かにあれ以上は時間の無駄だけど」
まだぼそぼそと呟くニースを無視して、ウィリアムは身支度を整える。
護衛などの準備が整い、ようやく馬車が出発できたので、ふう、と息をはき、焦っていた気持ちを切り替えた。
ー早く顔をみたいなー
夜会はもう始まっている。
最近では、ほとんどの貴族が将来の私の伴侶はエルサだろうと理解しているはずだが、だからといって彼女の魅力が無くなるわけではない。
無駄に子息達の心を乱していないといいが。
認識しやすいように王家の馬車でプリマヴェラ家の屋敷を正面から訪問したり、王宮の庭に誘って散歩をしたりしながら、周りに私たちの関係が噂されるままにしていた。
私の方に来る縁談の申し出や、直接アプローチをかけてくる女性達には「心に決めた人がいる」とも話し、時に容赦ないプリマヴェラ侯爵からの難題にも応えてみせた。
大変だった…インフラの整備とか…治安部隊の再編とか…
エルサはもともと高位貴族なので、他人からの妬みや噂にはびくともしないだろうが、それでも不安は潰しておきたい。結果を出すことは、自分の力を見せつけ周りを牽制することにも繋がるはずだ。
うん、がんばってよかった…
いまだに政略結婚だと思っている者達の野望を少しでも潰しておきたかったのだ。
そして今日は、ある計画をしている。
侯爵にも渋々ながら協力を約束させた。
まぁ、最後はエルサの為にっていうのが大きかった気がするが…
驚くだろうか。
喜んで受け入れてくれるといいが。
『公式に発表する前に自分の言葉で伝えたい』
あらかじめ侯爵に伝えた通り、ダンスを2曲踊ったあとはフロアをあけてもらった。
自分でこの後のことを計画しておきながら、もっとエルサと続けて踊りたくなってしまう。不思議な感情だ。
だがここで欲に流されるわけにはいかない。
離れ難くもエルサから少し距離をとり跪く。
「エルサ・プリマヴェラ。貴方を心から愛している。どうか私の妃になってください」
花火以来、エルサから好意は感じていたが、お互い気持ちを口に出したことはない。
言葉にすると思った以上に自分の気持ちがあふれ、愛する人に愛していると伝えられるだけで幸せなことなんだと実感した。
できればエルサの気持ちも言葉にしてほしい。
懇願するような気持ちでエルサの目を見れば
「っはい…私もウィリアム・フレーメ様をお慕いしております」
迷いなくエルサの口から直接伝えられた気持ちに、今まで感じたことのない感情が生まれる。
(何よりも大切にしたい)王になる身としては口にできない気持ちを込めて、そっと彼女の甲に口づけをした。
後日王宮の夜会で婚約を発表した時には、私達の事を政略だと思うものはいなくなっていた。
むしろ、私がエルサにベタ惚れだという噂があると、ニヤニヤしながら教えてくれたのは国王である父。
…否定はしないが。
互いに誓いの言葉を述べ、ようやく公に婚約者となったエルサ。
エルサはもともと、その美しさと所作から若い令嬢達の憧れであったようだが、フルルの改良や、アウトンノ侯爵夫人のナタリアが車椅子を広めたことで、年齢問わず実力も認められるようになった。
エルサのように、見た目だけでなく中身も美しくなりたい、という女性達が増えていると聞き、国一番(と、私は思っている)行動力のある母が喜んでいる。
母とは違うが、エルサもきっと素晴らしい妃になるだろう。
国が違っても、文化が違っても、容姿が違っても、考えや価値観が違っても、そして足が悪くても。それを無理に合わせようとするのではなく、そのままの形を認めて一緒に過ごせるようにと考えている彼女。
これは誰もが出来ることではない。
国のトップである王妃がまずは違いを受け入れ、その次に、王である者が改善の道を探る。
エルサとならそんな国が作れるのではないかと思うのだ。
壇上で並び立ち、大勢の前でも落ち着いている彼女だが、緊張していないか心配で少しだけ能力を開けば、視えてきたのは、整然と並ぶ貴族達を覚えるためか、彼らの特徴を書いた板を持ったいつものマッチョ小人。
やたら上半身を鍛えた伯爵は『逆三角』
鼻筋が通った彫りの深い伯爵は『彫刻』
羊のような癖のある髪型で、口をもぐもぐ動かしている伯爵は『草食』
『つるり』…の特徴は。
「ふっ」
思わず声が漏れそうになる。
こんな穏やかな気持ちで大勢の前に立つ自分がいるなんて、15で国を出たときには想像もできなかった。
能力を調整できるようになった帰国時の私にも、半年後には心を預けられる人と並んでいると伝えたところで一蹴されるだろう。
私の愛しい人
あぁ。これからは存分に甘やかせよう。
そして、はやく結婚しよう。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
次回からは『婚約者編』砂糖増し増しにしたいと思っています。
少し間があくかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。




