車椅子の効果
今日はオレリアが、ナタリアの車椅子の反応を伝えに、屋敷に来ることになっていた。
ナタリアに披露するときにウィリアムやエルサ達も一緒にと言われたが、自分達がいると素直な反応ができないかもしれない。
ナタリアの気持ちを優先してほしいと伝え、家族だけの時に見せることにしたのだ。
ちょうどウィリアムも時間ができたので、屋敷を訪れている。オレリアと約束したお茶の時間まで、先に来たウィリアムと庭の東屋で話していた。
「ナタリア様の反応が気になりますわ」
珍しく少し緊張して興奮している様子のエルサ。
(はぁ。気に入ってくれるといいんだけど。気になって昨夜は眠れなかったわね。久々に羊を数えたわ)
マッチョ小人がベッドで横になるエルサを囲み、まるで何かの儀式のように厳かに羊を数える妄想が広がる。
あ、だめ。眠気が。
「ふふふっ。反応は大丈夫だと思うけど。エルサも無理しないでね」
「は、はい。ぼーっとしてすみません」
「車椅子はこれから人々の生活を変えるよ。病院はもちろん、屋敷に置く者も出るだろうし。そのために屋敷や街造りにも影響があるかもしれない。忙しくなりそうだ」
「ナタリア様のことだけを考えて始めましたが、他にも今まで外出を諦めていた方が、少しでも笑顔になれば嬉しいです」
「エルサ、君は素晴らしいことをしたんだ。気分転換だけでなく、出来る仕事も増えるだろう。国を統べる者としても尊敬するよ」
「リアム様が後押ししてくださったおかげですわ」
誉められても、エルサは恥ずかしそうに笑って流すだけだ。
そんなエルサを眩しそうに見つめながら、ウィリアムはエルサの手を覆って優しく話す。
「最初から、国のためにと大きく考えるのではなく、身近な誰かのために。これから先は、視察に行って実際に感じたことを改善するために。エルサは今までどおり、感じたことを大事にしてくれ。そして、私にも手伝わせてほしい」
「ありがとうございます」
諸々が重なり、今さらに初々しく見つめあう二人。
ちなみに同じテーブルには砂糖を吐きそうな顔をしたリヒトがいる。
そんな話をしていると、
「ソフィアー!エルサー!」
落ち着いた侯爵家では聞きなれない、二人を呼ぶ大きな声が聞こえた。
何事かと、急いで玄関ホールに着いた途端、キラッキラの笑顔で待っていたのはなんとアウトンノ侯爵夫人、ナタリアだった。
いつも落ち着いて、大きな声をあげることのないナタリアに、友人である母ソフィアも出てきて驚いている。
後ろには目を赤くしたアウトンノ侯爵ガッシュが居て、車椅子の持ち手を握っている。
「ナタリア!来てくれたのね」
すぐにソフィアがかけよりナタリアに抱擁する。
「これが来ずにいられますか!本当に素敵。見て、私のサイズにぴったりな肘掛けなのよ」
「えぇ、えぇ。そうね。まるで若い頃みたいにはしゃいで。ふふっそういえば貴女は私よりずっと行動力があって…って! いつもそのあと熱を出してたじゃない! もうっわざわざ来なくても。ナタリア無理してない?」
心配そうに、でも嬉しそうに話す母の目には、涙が浮かんでいる。
「大丈夫よ。若い頃と違って、今の私には愛情たっぷりクッションもあるんだから」
そう言って背中に見せるクッションには、見事な刺繍が縁取りされている。
オレリアの力作だ。
「今度のプリマヴェラ家の夜会にもこれで出席していいかしら?」
「もちろんよ。他の夫人達も貴方の顔を見る機会が増えたら喜ぶと思うわ」
もう一度二人は抱き合い、ソフィア越しにやっと、エルサと、その横にいる王太子に気づく。
「まぁ! 大変失礼しました。ごきげんよう、王太子殿下」
椅子に座っての最敬礼をとるナタリアと、同じく礼をするガッシュ。
さっと表情を切り替え優雅に振る舞うが、その声には喜びが混じっている。
「こんにちは、アウトンノ侯爵、夫人。楽にしてくれ。私も車椅子が気になって遊びに来たんだ。気に入ったようでよかった」
王太子の気さくな対応に安堵し、再度礼をする。
ガッシュがエルサ達の前に来る。
「改めて、この度は我が妻のために本当にありがとうございます。アウトンノ侯爵家として心よりお礼申し上げる。私たちに返せるものがあれば遠慮なく言ってくれ。私はナタリアを抱えることも喜びだったのですが、こうしてナタリアの笑顔が見られるなら、もっと早く他の方法も考えればよかったと今さら気づかされました」
「お礼なんて、ナタリアの笑顔が見られればいいのよ。それに、うちも功績が増えたし。ウィンウィンね」
恐縮する侯爵とナタリアに、代表してソフィアがウインクしながら返す。
「車椅子についてはこれから国の管理下で、病院や必要なところへ広められるようにしていくつもりだ。将来のエルサの功績にもなるし、ぜひ、アウトンノ夫人には率先して広めてもらいたい」
「もちろんですわ! 私以外にも様々な理由で自由に歩けない人は大勢いるはずだもの。それにエルサが王太子妃になったとき、誰にも文句は言わせない基盤造りも任せてちょうだい」
『王太子妃』というナタリアの言葉に、ウィリアムもエルサも目を合わせて照れる。
そんな二人を見て、ナタリアも以前との違いに気づき、うんうんと頷いた。
そこへ執事に連れられ、オレリアとダニエルが入ってきた。
「お母様! 先に行くなんて。私はお茶の時間に間に合うように支度をしていたのに」
「母上。行動力がありすぎます」
今日のアウトンノ一家は、どうやらいつもの貴族然とした仮面を忘れてきたらしい。
「あなた達、まずはご挨拶でしょう! まったく」
慌てたのか息を切らしながら早足で来た兄妹を、ナタリアが嗜める。
先ほどまでの興奮したナタリアの姿は、どこへやら、である。
ただ、それほどまでに車椅子の効果があったのなら、喜ばしいことだと、その場にいるもの達は思うのだった。
ーーーー出掛ける機会が増え体力のついたナタリアが、以前より自分の足で歩けるようになり、さらに侯爵夫人が車椅子で出掛けることにより、劇場やサロンなどでバリアフリー化がすすむのは、ほんの少し先のはなし。
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