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恋は人(周り)を狂わせる その2




王宮の馬車止めに着き、ドアが開けられる。

そこで待っているのは、そう。

本日最後の被害者、ウィリアム。



「おはよう。プリマヴェラ侯爵、エルサ嬢」

「「おはようございます、王太子殿下」」


エルサと目が合うと、自然と腰を抱きに行くようになったのはいつからか。


しかし、今日に限ってはシリウスの不穏な空気を察したのか、伸ばしかけていた手をひゅっと引き、健全にエルサの手をとったエスコートの形をとった。


シリウスはその流れを鋭い視線で追いかけ、

「殿下、研究室までエルサをくれぐれもよろしくお願いいたします。午後からは私も合流しますゆえ」


そう言って、仕事のため泣く泣くその場を離れていった。



午前中は予定通り研究室で担当者と挨拶を交わし、カラの活用についての資料を渡したり、ウィリアムが進めている国の大規模エネルギーについてなど、質問しあって過ごした。


最初は半信半疑だった研究者達も、エルサが持ち込んだ加工後のカラを見せると、前のめりになって議論が進む。

エルサの名を出さないことを残念がってはいたが、それもエルサを守るためのことだとウィリアムが説明してくれた。


すっかり意気投合した研究者達と、昼ご飯を一緒に研究棟の食堂で食べる。


ウィリアムも研究室では、王太子という肩書きをはずせるようで、心なしかリラックスしている。

ここにいる研究者達は自分の興味には貪欲だが、それ以外に関してはあまり執着しない。

エルサの身分や今後のことも伝えているが、気後れせずに話す彼らは、エルサと気が合うはずだと、ウィリアムは一人納得する。


「ウィリアム様、こんな素晴らしいご令嬢がいるなら早く紹介してくださいよ」

「侯爵ご令嬢でなければ、研究室にスカウトしたいくらい素晴らしいです」


研究者達は下心なくエルサに話しかけるが、その都度横にいるウィリアムの表情の温度が下がっていく。

それに、ベンチに横に並んでいるのだが、ものすごく近い。


「私も魔石の加工について新しく学べてよかったです。ウィリアム様が帝国で専門にしていたことも少しは理解できましたし。大規模エネルギーのお役に立てたら嬉しいです」

自分のことを知れて嬉しいと話すエルサにウィリアムの気持ちが浮上する。研究者を見る顔は相変わらず無表情だが。


「殿下の研究とエルサ様のカラを上手く活用できれば、さらに国が安定します! ぜひ定期的に顔を出してくださいね」

「えぇ。もちろん」


ウィリアムの無表情はデフォルトなので、研究者達は気にせず話を続ける。

侯爵令嬢、そして未来の王妃にお願いできるレベルではないのだが、ウィリアムと付き合いの長い彼らは理解してるのかしていないのか…



その後シリウスが合流し、今後について話し合うことになった。


ちなみにシリウスが来た途端、蜘蛛の子を散らすように周りにいた研究者達は逃げていった。

どうやら空気は読めるようだ。


父とウィリアムが話すあいだは、エルサは庭園を散歩することにした。



「まぁ、プリマヴェラ侯爵家のエルサ様だわ。本当にお美しいわね」

「歩き方も上品で、どのような花を愛でられていらっしゃるのかしら」


庭園に来ていた貴族達は、侯爵家より格下で、特に親しいわけでもないのでエルサに話しかけることはない。


遠巻きに見られることに慣れているエルサは、特に気にせず美しい花を見ていた。


そして意識は今朝から考えている事に戻る。


「はぁ。今さらどのタイミングでお伝えしたらいいのかしら…」


研究室では魔石に気持ちが向いていたので、意識していなかった悩みを思い出し、吸い寄せられるように近づいた白い薔薇の前で、思わず呟いてしまう。


無意識に香りを嗅ごうと花に顔を寄せ目を閉じたその姿は、まるで花の妖精が本来のあるべき場所へ帰ってしまう瞬間を切り出したかのよう。


花と妖精、物語の一場面のようにあまりに幻想的な光景に、見ていた貴族も時が止まったかのように釘付けになる。


そこへタイミングよくシリウスとの話し合いを終えたウィリアムが、お茶をしようと迎えに来た。


「エルサ、お待た…せっ!」


ニースと話ながらエルサを迎えに来たウィリアムは、近づいて顔を向けた途端


恋に落ちた。



いや、正確にはすでに落ちているのだが…


花の香りに意識を向けるエルサの心には、邪心や欲もなく、ただただ澄んだ空気が漂っている。


王宮では意識して能力を調整しているウィリアムが、完全に力を解放してもなにも見えないんじゃないかと思うほど、神聖な光景だった。


今までも、可愛い、興味深い、尊敬できるなど、いろいろな感情を言い訳に、将来の王妃として愛しさを感じていたが、『恋』しているという自覚はなかったウィリアム。


そもそも人間の色々な感情を()()きたウィリアムは、自分に恋が出来るとは思っていなかったのだ。


それが、


なんて幸せな心だろう。

安心できる心だろう。

人に心を奪われるのに身を任せるのがこんなに幸せだとは。


王になるものとしては、相手に盲目になる『恋』という感情は非常に危険で、警戒すべきである。


しかし、エルサなら。


エルサだからこそ心を許せ、そういう相手に出会えたこと、安心して心を預けられる自分をウィリアムは初めて幸せだと思った。



「リアム様?」


側に来て、いつもならすぐにエスコートに回る手が動かないウィリアムに、不思議そうに声をかける。


見つめあう二人…

もしかして、 今こそお伝えするチャンスじゃないかしら。



そう思うも、エルサの視界に、遠巻きに見ている貴族や護衛立ちが映る。


うぅ、恥ずかしいわ。


それに、

リアム様が同じように思ってくれてなかったらどうしよう…


信頼してくれて大切に接してくれているからといって、私のようにドキドキしたり、ふいに思い出してしまうほどの感情ではなかったら…


ウィリアムの心の動揺が読めないエルサ。

エルサのなかにあった勇気が急速に萎んでいく。



先程までの凛とした雰囲気と違い、うじうじと考え込んでしまうエルサを、それはそれで堪らなく可愛いと思うウィリアムは重症だ。


悩んでいる内容までは分からない。

もっと何でも話してくれたらいいのにと、ウィリアムは思う。

「エルサ、週明けのプリマヴェラ家の夜会には参加させてもらうから」

俯いてしまったエルサの頬にそっと手を添え、目を合わせる。


いつものウィリアムに、安心したエルサの顔がふわりと笑顔になる。

「お待ちしています」



ーあぁ、好きがあふれそう

ーあぁ、愛しさが止まらない



『『この気持ちを伝えたい』』


多数の目がある王宮で、いきなり告白劇をするわけにもいかず、二人は悶々としたままお茶をし、シリウスが迎えに来たところで解散した。



_____________


その夜、

プリマヴェラ侯爵家邸では

侍女ミーナは、エルサのために温まるハーブティーについて夜遅くまで勉強し、

庭師のダンは、弟子達に暗くなるから帰ろうと言われてもギリギリまで花の手入れをし、

父シリウスは、ソフィアの顔を見て新婚当初を思いだし頬を染め、

周りに呆れられていた。


そして、

この国の王太子ウィリアムは、目を瞑り花の香りを嗅ぐエルサを思いだし、眠れぬ夜を過ごしたのだった。



お読みいただきありがとうございます。

お気持ち程度に、評価ボタンを押していただけると嬉しいです。


お時間ありましたらこちらもどうぞ。

「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」

https://ncode.syosetu.com/n1347gx/

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