試飲会
サロンと呼ぶには広すぎる、贅沢な調度品がセンスよく飾られている部屋で、ヤシール公爵の乾杯の挨拶とともに、ワイン試飲会が始まった。
ワイン好きが多く集まるだけあって、皆真剣に味を評価し、深い味わいと芳醇な香りに驚きの声をあげる。
さっそく何人かの家から、夜会用の買い付けの問い合わせがあり、すぐに奥の部屋で担当の商会が対応する。
プリマヴェラ家からは赤ワインを用意したが、他の出席者達も被らないように、領地特産の白ワインや、酒に合う食べ物を提供し、互いに情報交換し合っている。
高位貴族の中でも、親しい者達だけの集まりのため、品を保ちつつもリラックスした雰囲気である。
話題となるのは領地のこと、新しい娯楽の話。
そして、今年の社交界について。
「今年はウィリアム王太子が帰ってくるそうよ」
「王妃様の故郷のグレイス帝国に留学して、首席で卒業されたと聞いたわ。近隣諸国の中でもあちらの学問は飛び抜けているとか」
「社交界に出席される、準成人の15歳になられてすぐに留学されたから、私は近くで拝見したことはないけど。小さい頃は金の髪に金の瞳で天使のようだったと聞いたことがあるわ」
社交界では人の噂が一番盛り上がる。
今年は留学から帰ってくるウィリアム王太子の話題でもちきりになりそうだ。
「たしかもうすぐ18になられるはず、エルサ様と同じ歳ですわね」
小さい頃から友人である一つ歳下のオレリアに話をふられたエルサは「そうね。私もお会いしたことはないわ。リヒトはどんな方か知ってる?」
と横に並ぶリヒトを見る。
今年始めに準成人である15になったリヒトは、王宮で父について学ぶようになると共に、騎士団の訓練も時々参加させてもらうなど、顔が広い。
「学問も剣もかなり優秀だったと団長はおっしゃっていましたよ。ただ位が高すぎるからか、近寄りがたいお方だとも聞いたことがありますね」
「あの団長がそのように仰るなんて」
「婚約者はまだいらっしゃらないのよね」
「全てにおいて完璧なお方。どの夜会に出席されるのかしら、調べないと」
女性陣の目がキラキラからギラギラへと変わっていく。
(完璧な王子様ってどんなものかしら。団長が認めるということは、体はムキムキってことかしら。日焼けした肌に金の髪。あっ学問も優秀と言うことは瓶底眼鏡??)
半裸の日焼けしたガチマッチョ金髪眼鏡が、ポーズをキメながら筆を筋肉で折っている。それを周りで、いつものマッチョ小人が崇め称える。
調子にのった金髪眼鏡は、そのまま天使の羽で会場を飛び回り、キラキラと光と汗を振り撒…「ぶふぉっ」
突然変な音がしてエルサは我にかえる。
ワイン樽の奥で話していた人がむせたようだ。ヤシール公爵ご夫妻と、、横にいらっしゃるのはどなたかしら。
着ている黒のジャケットは、最近流行りの装飾でなく、精巧な金の刺繍がとても綺麗だわ。フレーメ国には珍しい黒髪。
それに瞳は…金色?
もしかしたら他国の方なのかも。
「姉上、どうかした?」
ぼんやりと考えを巡らせていたエルサに、リヒトが声をかける。
「なんでもないわ。ヤシール公爵様にもご挨拶に参りましょう」
友人達に挨拶をし、もう一度振り向くと、そこにはもうヤシール公爵夫妻のみで、一緒にいたはずの男性は見当たらない。
「ヤシール公爵様、奥様、本日は素敵な会にご招待いただきまして、ありがとうございます」
「このような場で我が領のワインをご紹介させていただきましたこと、大変嬉しく思います」
エルサとリヒトは腕を組み、互いに1対の人形のように美しい笑顔で挨拶をする。
「これほど美味しいワインを数年で完成させるとは、プリマヴェラ家の活躍をこれからも期待しているよ」
「二人が並ぶと本当に目を引くわね。
縁談もたくさんあるときいたけど、シリウスはまだ決めるつもりはないって先程も話してたわ。エルサちゃんがお嫁さんになってくれたら嬉しいのに」
「アレクセイはエルサ嬢になついているからね」
アレクセイは10歳になるヤシール夫妻の長男で、たまにお茶会についてきて話をする。
幼さは残るが、目元のほくろが既に色気を感じさせる甘い顔立ちで、女性を誉めるその様は、「女性を勘違いさせてしまう」と心配になるほど。
「アレクセイ様は領地の産業にも関心がおありですから、僭越ながら姉のような気持ちで私の知識をお伝えさせていただいております」
「ふふ。またお茶会で相手してあげてね。夜会にはまだ出られないから今頃ふてくされてるわ」
「ありがとうございます。ぜひまたお話ししたいとお伝えくださいませ。
ところで、今日は他国のお客様もいらっしゃるのでしょうか? 先ほどお話しされていたように見えたのですが」
「あぁ、彼はこの国の人間だよ。今年の社交界には出るから、また会う機会もあるだろう。
さぁ、美味しいワインと楽しい時間に乾杯しよう!」
ヤシール公爵の再度の乾杯に皆が笑顔で応え、楽しい夜となった。
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