恋バナ
エドガーのサロンをでて、今度は一本外側のカジュアルな商店が並ぶ通りを歩く。
雑貨屋や花屋、カフェなどが並び、下町ほどではないが、お忍びの貴族や裕福な平民が楽しめる賑わった通りだ。
「エルサはこの辺りもよく来るのか?」
店の特徴やおすすめを話しながら歩くエルサに、ダニエルが訊ねる。
「はい。王都に滞在している間の趣味は街歩きといっても、過言ではありませんわ」
貴族の、それも高位貴族の令嬢が自慢げに答える趣味ではないのだが、幼い頃からエルサを知っているダニエルは「侯爵様達にあまり心配かけるなよ」と肩をすくめる。
通りでは、各々気に入ったリボンや刺繍糸、髪飾りに小物入れなどを次々と購入し、まとめて屋敷に送る手配をする。
ダニエルはなにか言いたそうにしていたが、『女子会』という単語を思いだし、諦めたように店の前で待っていた。
その後、今度はオレリアが前から気になっていたと言うレストランカフェに入り昼食となった。
花がたくさん飾られた内装の可愛らしいカフェは、全て女性客で占められており、カップルすら見当たらない。
「お兄様達はあちらに」とオレリアに指し示された向かいのカフェは、どうやら同じように遠慮したり追い出された付き添いの男達の溜まり場となっているらしく、大きなガラス張りの窓から見守れるようになっている。
看板メニューもエルサ達が入ろうとしているカフェと違い、ワンプレート大盛りの護衛達が好みそうなものが多い。
侯爵子息を突き放すのもどうかと思うが、妹のオレリアに言われ、ダニエル含む護衛は素直に向かいの店のテラスに陣取った。
保温の魔石で寒くはないだろうが、すぐに駆けつけられるからとテラスを選ぶあたり、ダニエルの護衛能力と過保護が表れている。
ダニエル以外の護衛が、自分達が店の前で立って見てるのでどうぞ店内へと言うのを無理矢理連れて入るあたり、護衛に対しても兄貴分を発揮しているようだ。
店内に入るとオレリアやエルサの顔を見て、すぐに花がたくさん飾られて景色のよい、窓際の奥の席を用意された。
王都で商いを営むものにとって、侯爵4家の顔を覚えていない者はモグリだなのだ。
「わぁ、すべてのメニューにプチプレートがあるのですね! これなら色々な料理が楽しめそうですわ」
嬉しそうにメニューを見るイリス。
そんなイリスを見ながら、オレリアが話す。
「イリス様はとても可愛らしいですね。私もイリス様のような妹がほしかったですわ」
言葉にしてから母ナタリアが自分を産んだためにさらに弱ってしまったことを思いだし、表情が曇った。
なにかを察したのか、イリスが明るく声をかける。
「オレリア様、もしお嫌でなければ王都にいる間はお姉さまとお呼びしてもいいですか? ドリスお姉様が結婚してしまうと思うと寂しくて。もちろん、ドリスお姉様も大好きですし、代わりという意味ではないんです!」
「まぁイリスったら。領地では妹達の面倒もよく見るのに、ここでは末っ子のようね」
イリスの提案にオレリアも顔をあげた。
「もちろんいいわよ! あぁ、イリスがお兄様と結婚してくれたら姉妹になれるのに」
「ふふ。オレリア様、ダニエル様とイリス様が結婚したら、オレリア様が妹ですよ」
エルサの突っ込みに、雰囲気が明るくなった。
「イリス様、私もお姉様になれるかしら」
エルサはわくわくして問いかけるが
「大変光栄なことですが、エルサ様は…お姫様ですから」と、頬を染めて辞退されてしまった。
残念そうなエルサに「まぁ未来の王妃様ですからね」と、今度はオレリアが慰める。
かわいらしいプレートに乗ったランチが運ばれ味の感想を言い合ったあとは、女子会の醍醐味、恋バナである。
オレリアは自分のことはさておき、母ナタリアと同じように人の話を聞くのが好きだ。
「イリス様には婚約者や気になる方はいらっしゃらないの?」
「残念ながらおりませんわ。まだ準成人を迎えたところなので、これからご縁があるといいのですが」
「そう。ちなみに、好みの男性像はあるのかしら」
「好み? そうですね。辺境では身分に関わらず力仕事が得意な大柄な方が多かったので、そういうかたの方が安心感がありますわ」
オレリアの目が光る。
「ふんふん、大柄で力強い方ね。性格は?」
「うーん。あまり考えたことがないですけど、父と母がとても仲が良かったので、一途で優しい人がいいです」
オレリアの広角が上がる。
「過保護すぎるのは困るかしら?」
「押し付けるようなことがなければ、過保護にしてくれる男性なんて理想じゃないですか? 愛されてるって思えますよね。きっと」
手を前に組み、目をキラキラさせて素直に答えてくれるのを見て、オレリアはにっこりと笑った。
「ふふふ、イリス様、王都滞在中に、ぜひうちにも遊びにいらしてくださいね。」
オレリア様、なにか企んでますね…
話の流れから、次は唯一婚約者がいるドリスの話を聞くことに。
「ドリス様は来年結婚されるんですよね。婚約者の方とも幼なじみだとか」
「えぇ。兄のように思っていた期間が長かったので最初はピンと来ませんでしたが…」
そこで頬を染める。
「実は婚約した冬に、私雪山で遭難しかけまして」
「まぁ!」
「吹雪いてきたので山にいくつかある小屋に着いたときに自分のバッグを見たら」
「?」
「彼が万が一の時用にとてもたくさんの食べ物や保温の魔石を入れてくれていたことに気がついたんです。いつも橇に載せているし、はぐれない限りは必要なものは彼が全て用意してくれていたので、全然知らなくて…」
(す! すごい! 辺境の地にもオカン体質の方がいるなんて)
普段は落ち着いて見えるドリスの世話をせっせと焼く婚約者様の妄想が広がるわ!
「「やはりドリス様のお相手も面倒見が良さそうな方ですね、さすが姉妹!」」
思わずエルサとオレリアの声が重なる。
「私たちのことより、オレリア様やエルサ様の話も聞きたいですわ」
照れたドリスがこちら側に話を振ってきた。
「うーん。私はまだ、先にお兄様が決まってからでいいと思ってるわ」
オレリアが先に答える。
「ふふっ。もうダニエル様は近いうちに決まるかもしれないわよ。でも、そういえばオレリア様の好みの男性像って聞いたことないけど、どうなのかしら?」
「そうですねぇ。ほんとに、まだまだと思っているんですけど。しいてあげるなら好きなものや大切にしていることが同じ人がいいですわ」
「たしかに価値観が近いのは大切よね」
オレリアが大切にしているものを、一緒に大切にしてくれる人に出会えるといいな。
エルサは妹のような親友の幸せを願う。
「それで、エルサ様は? 王宮でも花火でも、とても仲が良さそうにしていらっしゃいましたけど。ご婚約の話はすすんでいるんですか?」
オレリアだけでなく、ドリス、イリス全員が興味深そうにエルサを見る。
「仲が、良さそう…、 次の王宮の夜会で婚約を公にする予定ですね」
「さすが殿下! 仕事が早い!」
大きな声は出さないものの、一気にその場の熱気が上がる。
「本当に。殿下も帰国されたばかりですし、婚約まで急いで結ばなくてもいいかと思うんですが…」
その空気を読まず、素直に王太子の心配をするエルサ。
「まぁ、のんびりしてたらエルサ様は人気がありますからね」
「とはいえ、王妃様のお茶会以来、交流が続いているとか。噂になっていますよ」
「エルサ様も多少は好意を寄せていらっしゃるのではないですか?」
いつになく3人がぐいぐいと迫る。
もちろん、端からみればちょっと楽しそうな優雅なティータイムにしか見えないが。
「そ、それは。私、顔に出てしまってますか? 王妃様のお茶会の時は、まだ自分の気持ちが分かっていませんでしたが。今は、…お慕いしていますわ」
ぽっと頬を染め、うつむいてはにかむエルサの美しさに、オレリア達だけでなく、遠目でちらちらと見ていた他のテーブルの女性達も一瞬思考が止まる。
「こ、神々しい…」
と、呟かれたのはどのテーブルか。
「ま、まぁ! ついに相思相愛ですわね」
いち早く我にかえったオレリアが話をまとめる。
「そうですね。私は殿下が跪いて愛を誓ったという噂、聞きましたわ」
「私は花火の幕間に何度も口説かれていたと聞きましたわ」
エルサの気持ちが分かったことで、ドリスやイリスも今まで遠慮していた最近の噂を話す。
しかし、その話を聞き、今度はエルサが我にかえる。
「えぇ! どちらも違いますわ。跪いたのは、落ち込んだ私を心配してくださったからで、口説かれていた?ように見えたのは話しながら歩いていただけですもの。親しくはなったと思いますが…」
「でも、殿下からお気持ちは伝えられたのでしょう? 王妃様の後押しもありましが、何より殿下のあのご様子では」
オレリアが問いかけ、わくわくとした三人に見つめられる。
が、
「…? 伝えられ… て、ないわね」
エルサの答えを聞き今度はイリスが問いかける。
「ではエルサ様のお気持ちは伝えられたのですか?」
「伝えて…も、いないわ」
あら? よく考えたらリアム様に自分の気持ちを伝えていないわ!
はたと、気づいてしまった。
「エルサ様?」
「ぜひお気持ちをお伝えしてくださいね」
「ますます愛されてしまいますわね」
「応援しておりますわ」
なんとなく察した3人である。
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「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」
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