女子会
「「「ごきげんよう、エルサ様」」」
「ごきげんよう、オレリア様、ドリス様、イリス様。あら? ダニエル様も? お久しぶりでございます」
オレリアと一緒に、ドリス姉妹に王都を案内する約束をしていたのだ。
街の広場に着くと、すでにエルサ以外の3人が到着しており、それぞれに護衛をつけているのだが、オレリアの護衛はなんと兄のダニエルだった。
「こんにちは、エルサ。驚かせたかな? 今日は俺のことは護衛だと思ってくれ。スクード辺境伯の護衛とも王宮の訓練所で顔を会わせたことがあるから、心配しなくても実力は分かってくれてると思う」
若干緊張気味のドリスとイリスだが、それ以上に辺境伯付きの護衛の顔がひきつっている。
護衛だと思えって言われても…ねぇ
ダニエルにとっては大切な妹と、妹のように接しているエルサが出掛ける日にちょうど休みが重なったというだけなのだが、過保護とはいえ、侯爵家の嫡男が護衛をするなど、聞いたことがない。
とはいえ、エルサとオレリアはいつものことだと肩をすくめ、「お兄様、今日は『女子会』ですからね」と釘をさすにとどめた。
さて。まず向かったのは、王都でも一流のドレスサロン。
ドリスとイリスは先日のお茶会以降、勧められた店で普段着をいくつか買ったようで、今日も動きやすくて色の白い二人に似合う明るい色のワンピースを着ている。
しかし、正式なドレスはまだ選べていないということだったので、エルサおすすめの店に連れてきたのだ。
店に入るとサロンのトップデザイナー兼店長のエドガー自ら出迎えてくれた。
「エルサ様、オレリア様、お久しぶりでございます。スクード辺境伯ご令嬢様方、ようこそお越しくださいました」
さすが一流サロン。店長の言葉に従い店内のスタッフが一斉に頭を下げる。
…が、
「まぁ! なんて引き締まった素敵な身体でしょう。お仕立てしがいがありますわ。ピンクがいいかしら、いや、でも水色も合わせたいし…まずは採寸かしらね。エルサ様からご希望は伺っておりますしなにか気になることがあれば何でもお伝えくださいませね。さぁさぁ、どうぞこちらへ!」
きっちりと下げていた頭をあげ、ドリス達を見た瞬間、怒濤の如く話し始める。
「お久しぶりね、エドガーさん。私も付き添うわ」
エドガーの見た目と喋りのギャップに困惑気味なドリス姉妹を助けるため、エルサがゆっくりとドリス達を奥にエスコートする。
店長のエドガーは代々王都の一等地でドレスサロンを営んできた家系の長男である。
エドガーの父親が経営する本店が、王宮に一番近い通りにあり、主に既婚者が着る落ち着いたドレスや式典用などの伝統のドレスがメインの品揃えなのに対し、エドガーが任されているこの店は、比較的若い世代に人気の明るい色合いのドレスや、新しい素材に挑戦している。
エドガーの外見は、最新のビロードのジャケットスタイルに、癖のある髪を後ろに固め、清潔感のあるシャツからのぞく首にはしっかりと喉仏がある紳士である。
しかしエルサが準成人のドレスを作りに来た2年前から、なぜかこのような話し方に定着した。
一流サロンのイメージを壊す、かなり思いきったイメチェンだが、もともと身長も高く常に最新の服を着こなすことでファンの多かった彼は、親しみやすい接客と合わせて評判になり、『ギャップ萌え』なるジャンルのファンまで増えたらしい。
店内を歩きながら、ドリス達が美しく飾られている色とりどりのドレスにワクワクしているのを見て、エルサも自分が初めて訪れた時を思い出していた。
初めて会った時のエドガーさんは、今とは雰囲気が違ってずっと強張っていたような…?
どうだったかしら。
二人の採寸をしたあとは、細かいルールが多い夜会用のドレスはエルサとドリスが相談して決めることにし、イリスにはオレリアとダニエルが付き添い、お茶会で着られる既成のドレスを選んでもらうことにした。
エルサとドリスはエドガーに案内され、生地がたくさん置いてあるテーブルに並んで座る。
「こちらがエルサ様から提案のあった生地の見本ですわ」
エドガーからドリスに色とりどりのハンカチサイズの生地見本が渡される。
「とても素敵です! 柔らかくて手触りがいいですわね。それに軽い!発色も薄いものから濃いものまで。…ただ、この薄さですと、辺境で着るには少し心許ないですね。勿体ないけれど王都に置いておいてこちらに滞在中の専用にしましょうか」
ドリスは赤が好きなのか、赤系統の生地を何枚も見比べて目をキラキラさせている。
そんな楽しそうなドリスに、エドガーはエルサから頼まれていたものを見せる。
「ふふふ。ドリス様、こちらは表の生地ですわ。裏地にはこちらを使います」
にこにこしながら同じくテーブルに並んだ塊をドリスに渡した。
「これが生地ですの?」
エドガーに渡されたそれは、薄いクッションのようなものだった。
「こちらには北の山で採れた羽衣という植物を入れております。
保温性があり、ドレスの裏地に使うと、冬の夜会でも温かく、軽いので踊る邪魔にもなりません。まだあまり出回っておりませんが、実は今年の夜会では王族の方々は、裏地としてお召しになってたんですよ」
「まぁ! そんな素材があるなんて知らなかったわ。さすが王都ね。辺境の雪でも大丈夫かしら」
「はい。もともと北の雪山で採れる植物ですから、氷点下でも固くなりませんし、雪も弾いて重くなりません」
「すごいわ! 是非その羽衣を使った軽くて暖かいドレスを仕立てたいですわ。色はどうしようかしら」
辺境でも着れると聞いて、ドリスのテンションが上がる。
「ドリス様、この明るい色と濃い色を重ねてグラデーションのようにしたらいかがかしら。夜会でも馴染みやすいですし、裾の色は年末の夜会で着ていた色に似ていますから、辺境でも受け入れられやすいのではなくて?」
エルサが三枚の生地見本を順番に並べる。
「ほんと! 重ねても重くならないし、グラデーションなら薄い色も取り入れられて、イリスは絶対喜ぶわ。このピンクと赤、水色と青でそれぞれ夜会用に作りたいのだけど」
ドリスが生地見本を手にとってエドガーに告げると
「グラデーション! 創作意欲が漲ります!」
とスケッチブックを手に取り素早くデザインを描き始めた。
先ほどまでの女性らしい口調と、鬼気迫る筆遣いのギャップにドリスが驚いていると
「いつものことなのよ。そんなにかからないと思うけど、お茶でもして待ちましょう」とエルサが誘う。
店のスタッフも慣れた様子でコーヒーを持ってきた。
一息ついて、ふとオレリア達の方を見ると、イリスが嬉しそうに試着したものをオレリア達に見てもらっている。
オレリアもダニエルも面倒見がいいので、年下のイリスはまるでオレリア兄妹の末っ子のように愛でられている。
エルサとドリスはその光景を微笑ましくみていた。
「ところでエルサ様、あの羽衣という素材、辺境の領地にも仕入れられないかしら」
「羽衣ですか? うーん、山のかなり高いところにあるのでなかなか採れず、今はまだ王都でもこの店にしか卸せていないんです」
「まぁ、そうなんですね。それは残念ですわ」
「平地でも栽培できるようになればいいんですけどね」
羽衣は北の山から魔石を取り寄せるときに偶々クッションとして入っていたものだ。
軽くて柔らかいことから現地の人がクッション代わりに使ったのだろう。
普段ならそのまま捨てられてしまうそれを活用するアイデアは、もちろんエルサからだ。
箱に入った魔石が、ふわふわの羽衣に包まれているのをみて『魔石になりたい』と呟いたところから始まったとか…
「それにしても王都でもこの店だけなんて。飾ってあるドレスもデザインだけでなく着心地も良さそうですし、素敵なお店を紹介していただいてありがとうございます」
「あら。嬉しいことを仰っていただけて。しかしながらドリス様、実はあの羽衣を裏地として活用するって思いついたのはエルサ様なんですよ。私共はそのアイデアを形にさせていただいたんです」
「まぁ! そうなんですか!?」
「ふふっ。私一人では実現しなかったことですわ。ここまで軽くて羽衣と相性のいい生地で仕上げていただいたからこそですわ」
どう考えてもこの羽衣は今後のドレス界に改革を起こすだろう。
それなのに、自分からは主張せず、ましてや平民であろう店主を誉めるなんて。
「エ、エルサ様って…」
天使! 神! いや、 女神!!
さすがイリスの姉ドリス。
姉妹揃ってすっかりエルサの虜になってしまった。
描きあげたエドガーのデザインを、イリスも呼んで二人で確認し歓声をあげる。
「「次の王宮の夜会が楽しみですわ」」
イリスも何着か選んだので、後日送ってもらうよう頼み、店を出た。
―――― 高地でしか咲かない羽衣の花が研究によって広く栽培されるようになり、辺境の地を通して隣国へとフレーメ風ドレスブームを巻き起こすのは少し先のはなし。
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