新年の花火 その2
ー何か不安なことがあったかい?ー
跪いて同じ目線で覗きこむ金の瞳は、先ほど挨拶していた王太子とは別人かと思うほど柔らかい。
暗くなってきたとはいえ、些細な明かりの中でも煌めく金の髪の王太子の存在感はすさまじく、さらに跪いたことで周囲の注目が集まる。
しかし視線が低くなったところで、感じる威厳は損なわれないのは、さすが王族である。
当のウィリアムは周りなど全く目に入らないとでも言うように、その瞳にエルサだけを映している。
ついぐるぐると思考の渦にのまれていたエルサだが、その金の瞳と目が合いはっとした。
「ウィリアム殿下。なんでも、ありません。大丈夫ですわ」
「姉上?」
侯爵令嬢として教育を受け、高位貴族として周りの見本になるように、侮られないように、振る舞ってきた。
気づきかけた、自分にとって初めての気持ちに混乱しているからといって、ここで取り乱してはいけない。
ウィリアムや、同じように見つめるリヒト、オレリアを安心させるようにそっと微笑みを返す。
それでもまるで、本心を見ようとしているかのように、エルサの返事を聞いても動こうとしないウィリアムにエルサは戸惑う。
自分の鼓動が包まれた手を通してウィリアムに伝わってしまうのではないか。とっさに引こうとした手は、優しく包まれているだけなのにびくともしない。
その時、
どーん! パラパラパラ
どーん! パラパラパラ
花火が始まったようだ。
ファンファーレも鳴り響き、ようやくウィリアムも椅子に座ってくれた。
「あとで話そうね」という言葉と共に、手は繋がれたままだが。
エルサ達のテーブルに注目していた人々も、花火の方に意識を向けたようだ。
王宮の庭で見る花火は、屋敷で見るそれよりかなり大きく、視界いっぱいに明かりが広がる。
防音の魔石のお陰で音量はかなり押さえられているが、ビリビリと轟きが体に響く感覚も新鮮だ。
新年の花火には、死者への鎮魂の意味と、生きる者への厄除けと、希望の加護の意味があると言う。
花火の前半は鎮魂と厄除けがメインなので、ゆっくりと丁寧に大きな花火がうち上がる。
本当に、花火の明かりと響きの振動を感じる度に、心が洗われていくようだわ。
どーん! どーん!
パラパラ パラパラ
「すてき」
思わずオレリアから声が漏れる。
「すごい迫力だ。色も混ざっていて綺麗だなぁ。当たり前だけど、屋敷と反対側の王宮から見ても同じ形なんだね」
花火は球体だと知っていても、改めてみると不思議だ。
「ふふっリヒトったら。そうね、王都のどこから見ても、花火は同じように見える。常に自分達の方を向いていると思わせてくれるわね」
今頃屋敷から同じ花火を見ているだろう両親や使用人の顔を思いだし、エルサはふっと幸せな気持ちになる。
そうよ、私はどこへいっても変わらないわ。
私は私だもの。
今きっと王都中の民が同じ花火を見上げてる。
私もどこから見られても恥ずかしくないようにいたいわ。
それに…
手を握られたままのウィリアムをそっと見る。
ほんの少し自信をなくしかけたエルサにすぐに気づいてくれた。
弱気になっている暇はないわ。
リアム様とともに王国民の希望になれるように相応しくあるべき。いえ、ありたい。
幼い頃から優秀だと言われていても、きっと人の何倍も努力だってしたに違いない。
その人の隣に立つために、私も努力し続けよう。
真っ暗な夜を一瞬で明るく照らす花火を見ながらエルサは思った。
ひゅーるるるる~
(花火のように民の心を明るく照らしたい。でも)
どーん パラパラパラ
(燃え尽きておちるのはだめね)
花火とともにマッチョ小人がうち上がり、花火とともに落ちていく妄想を慌てて打ち消す。
「ふふっ」
手を繋いだウィリアムも楽しそうに花火を見ている。
前半の花火が終わったのか、一度真っ暗になりゆっくりと照明が戻される。音楽も再開したようだ。
「みんなに花火の加護があったかな。少し歩こうか」
そういってウィリアムはエルサに手をのばす。
庭園は観覧用のテーブルが並んだ広場がいくつかあり、その広場の周りに低い花の小道が網の目のように通っていて自由に歩けるようになっている。
リヒトとオレリア、ウィリアムとエルサの順で、それぞれ先ほど見た花火の感想を話ながらゆっくり歩く。
薄暗いとはいえ、王太子と侯爵のグループではかなり視線を感じる。
ふいにウィリアムがリヒトに耳打ちし、エルサの手を引いた。
「こっちだよ」「?」
何もないと思った高い生け垣の奥に手を引かれると
「…ここは?」
美しい花に囲まれた小さな空間となっていた。
振り返るとリヒトとオレリアが見えるが、入ってこようとはしていない。
「認識阻害の仕組みがある場所なんだ。普段は魔石で鍵もかけているけど、今日みたいな日の王族の逃げ場所かな」
初めて見る、いたずらっぽい笑顔だ。
たしかに解放された庭園では、注目を浴び続け、時には囲まれたりと気も抜けないだろう。
「私に教えてもよかったのですか?」
「もちろん。エルサは私の特別な人だからね」
ウィリアムに優しく微笑まれどきりとする。
ウィリアムが自分に少なくない好意を向けてくれているのは理解している。会えない間も手紙をもらう度にその人柄や博識さを十分に理解した。尊敬できる素晴らしい人だ。
そんな人に「特別」と言ってもらえるなんて。
…どうしよう。嬉しい
もう、認めよう。
エルサは自分の気持ちに名前をつけた。
あなたを好きになってしまったと。
―――――!!
繋いだウィリアムの手が一瞬ピクリとしたが、エルサは気づかない。
この優しい瞳を向けてくれる人に対して、何が返せるだろうかとか。
周りを安心させるために会ったばかりの私と婚約して、あとから落胆されたらどうしようとか。
これからもっと素敵な出会いがあるかもしれないのにとか。
侯爵令嬢として自信があるからといって、王太子の横に並ぶ自信がすぐにできるものではない。
もしも、がっかりされたら…
ふさわしくないと言われたら…
ぐるぐると考えていたことは、結局、ウィリアムの隣に本当の意味で立ちたいからこそ生まれるのだと認めた。
認めてしまうと全てがすっきりする。
あとは前に向かってやるべきことをするだけだ。
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