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エルサの日常




エルサの朝は早い。

日が昇るとともに侍女が起こしに来る。

そして朝食用の軽めのドレスに着替え、支度をしたら庭に出て花の手入れを行う。


すでに庭師や屋敷の使用人が仕事を始めているなかに、軽く挨拶を交わし花の様子を見る。


小さな頃からの習慣なので、今さら恐縮されることはないが、やはり小さな頃からの習慣で、お手伝いできることはないかなど、なにくれと声をかけられる。


それが終わったら必ず家族揃って朝食を食べ、一日の予定を共有し合う時間がある。



「それで、どこまですすんでるの?」

食事を終え、母ソフィアから質問されたのは、最近エルサが取り組んでいる物について。

「椅子車だっけ?」

「『車椅子』よ、リヒト。大まかなデザインは考えたから、商会で仲良くなった大工の方に見てもらおうと思ってるわ。前に話したときに、必要そうな道具も揃えてくれるって言っていたし、今日のお昼過ぎに行く予定よ」

「アイデアだけでなく、製作にも関わるのか?危ないことはダメだぞ」

「実際に作るのは職人に任せますので、安心してくださいませ。女性目線で、ドレスが美しく見えるようにって伝えても、いまいちピンときていないようでしたもの。全体のデザインや揺れも、気になるところは話し合っておかないと」

「完成したら、ナタリアをうちに呼べるわね」

もっと言いたそうな父だったが、嬉しそうにしている母を見て言葉を飲み込んだ。


「オレリア様にはもう話してあるんですか?」

「まだよ。せめて形になってからじゃないと、今シーズン中に出来るかも分からないし」

「そうだね。僕も手伝うから、街へ出掛ける時は教えてください。それにしても、椅子に座ったまま移動させるなんて、よく思い付いたよね」

「ドリス様達のお陰ですわ。やっぱり王都はいろいろな文化があつまっていいわね。もちろん、領地も大好きだけど」


アイデアなんていうものは、どこにでも種があるとエルサは思う。

ちょっとした面白いことや不便なこと、新しい発見を丁寧に育てて、エルサの場合は妄想を膨らませて形にする。

実を結ばなかったものもたくさんあるが、気になることはやってみよう!

が、エルサの基本だ。


にこにこと思いを馳せるエルサに、家族も笑顔になる。



さて、せっかくならと商会に行く前に街を歩くことにしたため、少し早めにリヒトと出かけることになった。

付き添いは侍女のミーナと護衛が二人。

なぜ護衛が二人もいるのかというと…


あ! あの店は先日開店準備中だったのに、オープンしてるわ! ふぅん、今はこんなデザインのドレスが出ているのね。あら、この奥にも店ができてるわ。ちょっと覗いてみようかしら。


きょろきょろと見回すこともなければ、走り出すこともない。とても優雅に見えるのに、エルサは突然消えるのだ。

今でこそ、店に入る前やリヒトから離れる際はちゃんと声をかけるが、昔はちょっと目を離した隙に、興味のある店や路地に入ったりして周りを困らせていたので、エルサ専用の護衛が必ず一人は付くようになった。



そんなこんなで、リヒトに声をかけつつ街を歩いていると昼が近くなってきた。

「少し早いですがあちらでお昼にしましょう。ナンナン亭という店に予約をいれましたので」

リヒトが予約してくれた店は、南方の料理のレストランらしい。

エルサは王都に滞在中はできるだけ各地の料理を味わいたいと思っていて、それを知っているリヒトが手配してくれたのだ。


女性が好むカジュアルなカフェのような雰囲気だが、ちゃんとランチメニューもあった。


フルーツの乗ったケーキが数多くあるなか、目を引かれたのはフルーツと肉を一緒に調理したり、ナッツ類と魚を一緒に調理したりと、エルサには味の想像ができない日替わりランチ。

もちろんそちらを注文し、エルサは初めて食べる料理に大満足だった。

おそるおそる口にいれたリヒトや、別のテーブルで食べている侍女のミーナや護衛達も気に入ったようだ。


「あのフルーツをソースとして使ってみるのもいいわね。帰ったら料理長に聞いてみましょう」

ミーナと話ながら店を出ると、


「あら、ごきげんようエルサ様」


店の前に護衛をつれたエスターテ侯爵令嬢のアンナがいた。予期しない場所での出会いだが、すぐに笑顔で返す。


「ごきげんよう、アンナ様もこちらのお店に?」

スイーツカフェとしては貴族も楽しめそうだが、ランチとしてはカジュアルな店である。

エルサは意外に思い聞いてみた。


「ええ。エルサ様は、やはりフルーツのデザートを?」

ナンナン亭は、料理よりも南国のフルーツ目当てにデザートを食べに来る客が多い。

フルーツと肉という組み合わせには抵抗がある人も多く、店の看板もスイーツの絵ばかりだ。


「いいえ。日替わりのランチをいただきましたわ。お肉とパイナップルが一緒に調理されていて、初めてでしたがとても柔らかくて美味しかったんですの」

エルサの言葉を聞き、アンナの表情が心なしか柔らかくなったように見える。

「…そう。ここはエスターテ家が資金を出しているんです。南の地方出身の方に郷土料理を味わってもらいたくて。まぁ、王都ではフルーツはデザートと決まっているみたいですけど」

「まあ、そうでしたの。本当に美味しかったので、いつか南の方にも旅行に行って見たいと思いましたわ。最初はスイーツカフェだと思ったのですが、美味しそうなランチメニューを見つけたら、試さないなんて勿体ないですわ」

「…エルサ様。先入観を持たずに食べてくださってありがとうございます」

静かにアンナは礼をした。



その後予定通り、プリマヴェラ家が出資している商会で大工と顔を合わせ、車椅子についての話を進める。

エルサが大工とデザインについて話している間に、リヒトは商会の担当者と今後の販路について話し合った。


この車椅子はナタリアの為だけでなく、今後は王国全土に広めていくということで計画が進んでいる。


エルサも困っている人に広めるのは大賛成で、利益を最優先にはしないということ以外は細かい商業の事はリヒトに任せた。


プリマヴェラ家の人間は総じて優秀だ。

もちろんエルサが主になって売り込んでも誰も反対はしないが、それぞれ役割分担して前向きに取り組み、結果としてプリマヴェラ家は繁栄している。



さて、夕飯後の時間も家族の時間になることが多いプリマヴェラ家。


「今日は話が進んでよかったわ。まさか試作品を見せてもらえるなんて。王都の商会と領地の工房に繋がりを作っておいてよかった」

「ナタリア様だけでなく、車椅子の需要はきっとあります。貴族用のデザインに力をいれたものから、平民でも手に入るシンプルなものまで、これから忙しくなりそうだね」

「そうね。やっぱり王都にいる間に一区切りつくところまでは決めたいわ」

日中の工房での話から、これからの事業展開にまで姉弟で盛り上がる。


そんな二人を見て父シリウスが話しかける。


「そのことなんだけどね、エルサ、リヒト。今年は社交の季節が終わっても、王都にいようと思うんだが」

「まぁ! 王都に残れば王宮に呼び出されるからって毎年帰っていたのに。もしかして、私のせいでしょうか」

エルサが申し訳なさそうに父を見たので、あわててシリウスが応える。

「いや、えーっと。エルサには王太子妃教育があるからできれば王都に滞在してほしいとは言われてたけど、領地から通おうと思えば通えるし。それだけじゃなくてね。リヒトも準成人になったし、私もついに育児から手が離れたとみなされて、議会の議長を務めることになったんだ。来冬の議会からだからまだ先だけど、引き継ぎとかで王宮に呼ばれることも増えるし。議長は任期制だから、リヒトもそれまでは王宮の仕事に専念したら…」

「「…したら?」」

「家族みんなの時間も増えるかなって」

てへっ


「……」

てへ?

っていうか、15で育児勤務が終わると見なされるってどんな!?

と、家族は思った。


実は何度か議長の役を推薦されていたシリウス。

発言力が偏らないように3年の任期で大臣の持ち回り制となっているが、王都に常駐することが必須となるため、「子供が準成人になるまでは」と頑なに断っていたのだ。


「もちろん領地の事も手を抜くつもりはないけど、議長の間は王宮から事務官が手配されるし、領地の本邸の侍従達も優秀だから、月に一度戻って確認したら大丈夫。エルサが気に病むことは何もないよ。もちろん、たまには領民達に顔を見せに皆で帰ってもいいんだし」


父の話を聞いてそれならばと、エルサも安心した。


「お父様、今までありがとうございました。議長のお仕事頑張ってくださいね」


「…!エ、エ、エルサー!!」


今まで家族のために育児勤務(?)をしてくれていた父を労ったつもりが、号泣されてしまった。


そのセリフは結婚式の花嫁の挨拶のようだと、エルサ以外は気づいたのだが、泣く父と焦って慰めるエルサをあたたかく見守ることにした母ソフィアとリヒトであった。



お読みいただきありがとうございます。

お気持ち程度に、評価ボタンを押していただけると嬉しいです。


お時間ありましたらこちらもどうぞ。

「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」

https://ncode.syosetu.com/n1347gx/

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