中庭の告白?
プリマヴェラ侯爵邸の中庭は、王宮ほどではないが、落ち着いた雰囲気で、美しい季節の花が計算して植えられている。
木々も全て整えられていて、目の肥えたウィリアムでも感心する。
「見事だな。良い庭師を雇っている」
「ありがとうございます」
先程までリヒトも交えサロンでの会話が弾んだので、二人きりになってもエルサの緊張はだいぶ薄くなったようだ。
ウィリアムは花を見つつも、久しぶりに会うエルサの裏のない笑顔を堪能していると、庭の一角にある明らかに他とは違う配色の花園に着いた。庭の雰囲気が変わってしまいそうだが、サロンからは見えないようになっているので、気がつかなかった。
「こちらが、私が自由に使える花壇です」
「ほう」
大小の様々な色の花がのびのびと育っている。
どれも発色がよく丁寧に育てられていることがわかる。庭のデザインというよりは切り花として楽しめそうだ。
「ピンクや赤だけでなく変わった色も多いが美しいな。この花は?」
「リアム様の知っている花ですわ。あててみてください」
少し照れながらも、先日約束した通り呼んだことに気づき、ウィリアムが笑顔になる。
もっと照れたエルサを見ていたいが、エルサの妄想のマッチョ小人が出て来てカウントダウンを始めだす。
ちくたくちくたく…
「うーん、私が知っている花は多くはないが…このピンクはフルルかな?」
マッチョ小人はニコニコしている。
「半分正解ですわ。実はここにあるもの全てがフルルなんです」
エルサは少しだけ得意気に手を広げて花を指す。
「…これ、全てがフルル?」
「はい」
「私の知っているフルルとはだいぶ違うようだが…」
ウィリアムが驚くのも無理はない。
ウィリアムでも知っているほどメジャーな花のフルルだが、王国の建国より昔から色も大きさも変わらずに今に至る。色も香りもいいので、数多くの研究者達が改良しようとしたのに…だ。
「通常のフルルにちょっと加工してから掛け合わせてみました! ハーブ湯にするときも、保温だけでなく、傷を癒す効果や、頭をスッキリさせる効果など色によって変わるんです。領地の特産にしようと、今農家の方とさらに改良中で、みんな張り切ってくれているんですよ」
「エルサが直接農家と話すのか?」
「はい! 領地ではよく街や畑に視察に行くので」
視察にいっても責任者と話すだけで終わる領主が多いだろう。それで事足りるので、わざわざ農家や商店の人間と話す事はない。まして令嬢ともなれば聞いたことがない。
にわかには信じがたいが、エルサの心に相変わらず嘘や誇張は視えない。
「このところ視察にはいろいろ出向いたが、さすがに農家や現場の人間と話す事はないな」
ウィリアムは素直に感心する。
「現地にはそのための役割者がいますので、いいのではないでしょうか。リアム様やお父様が直接話しかけたら、驚かれますわ。私の場合はなんというか、趣味みたいなものですし」
どう考えても、見た目も所作も美しいエルサに話しかけられて、驚かなかったはずはないのだが、不思議と溶け込むのが早いのはプリマヴェラ領が特殊なのか、エルサが特殊なのか。
「ふふ。次に地方へ視察に行くときは、こっそりエルサにも案内してもらおうかな」
楽しそうに話すウィリアムの提案を聞き、またもエルサの妄想が始まる。
(うちの領だけかもしれないけれど、農家の方って言葉が独特なのよね~。通訳がいるかもしれないわ)
領地の平民のほとんどは、一生王都に出ずに過ごし、代々跡を継いでいるため土着の言葉遣いが残っていることが多い。
農民「こま~んたれぶぅ」
小人「こんにちはと言っていマッチョ」
農「エ~ルさのナ~ンと?」
小「エルサ様とどういうご関係かと聞いていマッチョ」
農「しる~ぶぷれ~」
小「教えてほしいと言っていマッチョ」
「っく。…ぷくく、あはははは」
農家の話す独特の言い回しもだが、マッチョ小人が間に入って通訳する妄想をみて、堪えられなくなったウィリアムが声をあげて笑う。
「り、リアム様? やはり貴族らしくなくて、おかしいですか?」
「す、すまない、ふふ。エルサと視察に行けたら楽しいだろうと思って想像してしまったんだ。エルサのよく行くところを教えてくれる?」
「もちろんですわ。現地の方が緊張してしまったら、私が通訳しますわね」
「そうか。エルサが通訳してくれるのか。ふふふ」
人によっては現地の平民と話すことを不快に思うこともあるのに、リアム様は寛容な方でよかったわ。意外に笑い上戸だから、農家の人の方言を聞いても笑わないように、先に伝えておかないとね。
声をあげて楽しそうに笑うウィリアムに、エルサもこんなことでも役に立てるのなら、と思うのだった。
ようやく落ち着きを取り戻したウィリアムを、東屋に案内し、並んで座ると、側で保温の魔石の籠を持って歩いていた侍女のミーナが、籠を椅子の脇に置き離れる。
二人が落ち着いて話せるよう配慮してくれたことに感心し、何とはなしに置いた籠を見て、ウィリアムはおや? となった。
「エルサ、この魔石はカラでは?」
侯爵家で使っている、籠に入った保温の魔石。
その色をみてウィリアムが不思議そうに聞く。
「ふふ、そう見えますよね」
エルサがいたずらっぽい笑顔で答える。
通常魔石は、自然界で採れた場所によって色が違う。使い道は加工次第なので、いわゆるエネルギーの固まりのようなものだ。
一般的には大きいものや、色が濃くて黒に近いほど、エネルギー量が高く質が良いとされる。
そしてそのどれもが、使っているうちにだんだん白く軽くなり、全て真っ白になったら使用できなくなり、カラと呼ばれる。
カラの魔石は自然界に返すと、百年以上かけてまたエネルギーが貯まるらしい。
「どうぞ触ってみてください。あ! 下にある小さな青い魔石は熱いので気をつけて」
「触る? ……っ暖かい! どう見てもカラなのに。周りの温度もこの白い魔石が影響しているように感じるのだが。一体どうなっているんだ?」
たしかに周りの気温は保温の効果で暖かい。
心底不思議そうに尋ねる。
「おっしゃる通り、その白い魔石はカラなんです。ただ、少し加工することによって、他の魔石と干渉することができるんです」
「なっ!!…どういう事だ?」
白い魔石を持ち上げたり近くで見たりと、ウィリアムが真剣に探る様子を楽しそうに見つめるエルサ。
「ふふ。このカラは小さい方の青い魔石の有効範囲をキープしつつ、カラの大きな魔石の時間だけ、長く使えるようになるんです。まだ、保温や照明などの簡単なものしかできなくて、研究中なんですけどね」
嬉しそうに話すエルサの後ろで、マッチョ小人とエルサが完成した魔石を手に祝杯をあげている。
「ははは。……酒?」
あまりに衝撃的な情報に呆然とし、つい視えたものをそのまま呟いてしまったウィリアムに、エルサが驚く。
「まぁ! なぜわかったのですか!? アルコールを使うって! ひょっとして帝国でも研究されています?」
思わず呟いた言葉が正解だったらしい。
「い、いや、まさか。他の研究で聞いた話だったか、たまたま当てられたのか。ははは。。」
実際、使用済みの魔石の使い道の研究なんて聞いたこともない。自然界に戻せばいずれは復活することもあり、加工の研究は進んでも、今まで誰もカラに興味は持たなかった。
幸い国の魔石産出量は少なくはないが、ほぼ全てのエネルギー元となるため、今後国が発展していくのに伴い必要な量も増えるだろう。帝国に留学していたウィリアムは、さらに先を見据えて効果的に使う研究をしていたのだ。
そんなウィリアムが興奮するのも無理はない。
「…私が帝国で研究していた大規模エネルギーにも応用できるかもしれない」
一通りぶつぶつと思考を巡らせていたウィリアムが、はっと顔をあげる。
魔石の件で色々と聞きたいことはあるが、今はエルサとの大切な時間だ。
今度侯爵かリヒトに話を聞こう。そう思いエルサを見ると、エルサもウィリアムを見ていたようで、急に目が合いエルサは顔を赤くする。
エルサが意識していることに気づき、ウィリアムは目を細める。
「素晴らしいな。先ほどの魔石といい、花の改良といい。プリマヴェラ侯爵は何を目指しているのか。それに、私に見せてもよかったのか?」
エルサともっと話をしようとウィリアムが問う。
するとマッチョ小人がびくりとしたまま目をそらし口笛を吹き出す。分かりやすく怪しいそぶりに、ウィリアムは笑ってしまう。
「わかった。いずれ発表されるまでは黙っておくよ。ただ魔石の件は個人的には研究に参加させてほしいんだが」
笑いながらもお願いするウィリアムに、
「違うんです。えと、たしかにまだ完璧ではないので、公にするつもりはないのですが。今日お見せした花と魔石は、私がすすめているものなので、父の許可は要らないんです。もちろん、後程報告はしますが。特に魔石の件は近いうちにリアム様にはお伝えしようと、父とも話していまして」
思わぬ告白に今度こそウィリアムは唖然とする。
「エルサの研究…?」
「以前、研究することを認めてくださったのが嬉しかったので」
中庭に差す日の光に照らされて、伏し目がちに微笑むエルサは本当に花の妖精のようだ。
しかし、やっていることの価値は国を動かす怪物級のもの。
「エルサ、君って人は…」
ウィリアムは天を仰ぐ。
今までも目立ってはいたが、それでも侯爵令嬢としての活躍と留められ、平和に暮らしていられたのは、シリウスの守りがあったからだ。
これからはエルサ本人の活躍を国民に出し地位を認めさせつつ、自分が守っていかなくてはとウィリアムは決意する。
その後エルサから、カラの研究の経過や今後の可能性を聞き出したあと、ウィリアムは過保護なくらい、エルサ自身の価値と可能性を本人にも自分にも言い聞かせた。
エルサとしても、研究の価値や侯爵家としての自分の価値は分かっているつもりだが、利用しようとするのではなく、ここまで想ってくれるウィリアムに、素直に嬉しいと思った。
そうこうするうちに時間となり、まだ言い足りないと後ろ髪を引かれつつも、前回と同じく側近のニースに諌められ帰っていった。
帰りの馬車、ウィリアムは母の言葉を思い出す。
昔からウィリアムの母ローズは、「愛だけでは王妃は務まらない」と話していた。公務や世継はもちろんの事、その振る舞い全てが見られて、評価されるのだと。
エルサをそんな地位に引き上げてしまうことは申し訳ないが、客観的に見てもエルサは王妃の器がある。エルサのことを知れば知るほどそう思わずにはいられない。
とはいえエルサの気持ちが完全に自分に向いているとは言えないのに、婚約をすすめてしまったウィリアムは後ろめたく思うのも事実だ。
誰にも文句は言わせないし、自分が守る。絶対にエルサに自分を好きになってもらい、幸せにしようと決意する。
ウィリアムにとって、もうエルサ以外は考えられないし、エルサが他の男と結ばれる未来も受け入れられない。
もちろんきっかけはエルサの面白い妄想(と、おそらく見た目も一目惚れ)に魅せられたからではあったが、その研究熱心な性格や、令嬢としての責任感のある振る舞い、好きなことを話すときに見せる笑顔にと、今では全てを愛しく感じる。
同時に、僕も負けていられないなと思うのだった。
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サロンにて。
「それにしてもあの二人、雰囲気は甘いのに、会話の内容は大臣の会議みたいだよね。せっかく二人きりにしたのに」
「まぁ、エルサ様ですからね。殿下も最初はいい感じで押してましたのに、すっかりエルサ様の話にハマってしまいましたし」
「ま、姉上だからね。楽しそうだからいいか」
「さようでございますね」
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「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」
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