王太子の訪問
先日のお茶会で辺境伯姉妹と仲良くなってから、家へ招いたり、辺境近くの領地の令嬢を紹介してもらって、地方の話を聞いたりと、エルサはとても充実した日々を送っていた。
ウィリアムとの婚約は、次の王宮の夜会で発表されるらしい。
三日に一度は丁寧な手紙や花束が贈られてくるが、議会が続く新年はとても忙しいらしく、会えてはいない。
エルサとしても、王都滞在中に社交とは別のやりたいことも見つけてしまい、忙しくしているのでちょうどいいくらいだ。
ウィリアムのことを考えると心がざわざわとするが、まだ自分の気持ちの整理がつかないので先延ばしにしているともいう。
「今日はあれの部品の参考にこっそり街まで出掛けちゃおうかしら。ふふーん」
久しぶりに予定がない1日。
両親も出掛けているため、朝食後は作業部屋にこもり、図面を書いたり計算したり調べものをしたりして、自由に過ごしていた。
「エルサ様、王宮の使者がエルサ様宛のお手紙を持って参りました」
作業部屋がノックされ、執事のカルダムが入ってきた。
「ありがとう。…あら?」
王宮と聞いて予想していた通りウィリアムからの手紙だったが、急いで書いたのかメモのように短いものだった。
「大変…ウィリアム様がいらっしゃるわ。しかも今日ですって」
「まぁ! 旦那様も奥様もご不在ですが、いかがいたしましょうか」
側についていた侍女のミーナが慌て出す。
さすがに王族の訪問とあれば、侯爵家としてしっかりと準備せねばなるまいが、両親が不在のためエルサが代理で迎えるしかない。
「視察の帰りに寄られるみたいだから、まだ時間があるわね。明るい時間になるだろうから、中庭の見えるサロンにしましょう。気は使わなくていいと書いてあるけど、お茶ができるように用意してちょうだい。お付きの方の分も隣の部屋にセッティングしておいて、ご一緒でも別々でも対応できるように。カルダム、リーナ、よろしくね」
すぐに頭のなかで、ウィリアムが来る時間に合わせて、一番快適に過ごしてもらえる場所とプランを計画する。
「「かしこまりました!」」
「それから、ミーナはリヒトを呼んできてくれる?」
「は、はい!」
ちょうどリヒトが騎士団での訓練中に足を痛めて家にいたため、リヒトと二人、なんとか準備を整えた。
早馬による先触れがあり、しばらくして王太子の乗った馬車が到着する。
エルサ、リヒトを中心に、使用人一同が門の前に並ぶ。
「「お越しくださいましてありがとうございます」」
最敬礼でエルサとリヒトが迎える。
「急な訪問になってしまってすまない。予定が変更になり時間ができたのが、昨夜だったから。朝のうちに王宮でシリウスからエルサが家にいると聞いてね。リヒトも療養中にすまない。大丈夫か?」
「はい、少し捻っただけなのですが、父から休むように言われまして。出仕できず申し訳ありません」
「無理して長引いてもいけないし、必要に応じて休むことも大切だ」
「ありがとうございます、殿下」
お互い気安いとは言えない雰囲気だが、思った以上に話す二人の横で、エルサは一人冷や汗をかいていた。
お忍びで出掛けなくてよかったーーっ!!
そんなエルサにウィリアムだけが気づき、エルサと目が合うと、氷が溶けるように笑顔に変わる。
「エルサ、会いたかったよ」
エルサにとってはウィリアムの向ける笑顔は最初からだが、同じく正面から見る事になったリヒトは固まり、使用人達も男女問わず見惚れた。
「ごほごほ、ごほん」
楽しそうにエルサを見つめて話が進まないウィリアムの後ろから、側近のニースがわざとらしく咳をする。
それに気づいたウィリアムだが、振り返ることもせずエルサに伝える。
「あぁ、紹介するよ。王宮でも顔を見ていると思うが、私の側近の一人、ニースだ。クルトン伯爵の3男で、乳兄弟。大体どこに行くにもいるが、気にしなくていい。用があるときだけ思い出せばいい」
「な! 殿下! 雑! 用があるときだけ思い出すってひどくないですか? プリマヴェラ侯爵令嬢、改めてご挨拶を。ウィリアム王太子殿下の側近のニース・クルトンと申します。どうぞ、ニースとお呼びください。殿下に言いにくいことなどあれば、私が上手いこと言いますので、頼ってくださいませ。リヒト様とは王宮で会ったときに仲良くさせてもらってます」
ウィリアムへの接し方や口調は軽いが、丁寧な挨拶には王太子の側近の品を感じる。
その後サロンへと案内するエルサとリヒトの後ろで、「惚れるなよ」とか「あまり視るのはルール違反ですからね」とか内容は聞こえないがごそごそと話す様子を感じ、本当に仲が良いのね、とエルサは感心する。
ニース含む側近と護衛は、ウィリアムの意向で隣の部屋に待機することになり、サロンでは丸いテーブルに、ウィリアム、エルサ、リヒトが3人で座った。
まだ婚約発表前ということで、さすがに2人きりで過ごすのは憚られるので、リヒトが自然な形で横に付くことを申し出たのだ。
「エルサ、会えてよかった。議会や視察が続いて、なかなか会いに来られなくてすまない」
「いいえ。いつも丁寧なお手紙や綺麗な花を、ありがとうございます。いただいたお花は私の部屋に飾ってから、屋敷にも少しずつ飾らせていただいています」
そして花が目に入るたびにウィリアム様のことを思いだし、少しドキドキします。
と、心の中で付け加える。
部屋の花を見ては赤面するミニエルサの妄想が見え、ウィリアムの笑顔が増す。
「いつも思い出してほしいから、よかった」
蕩けるような笑顔で言われ、さすがのエルサも赤くなる。
「こほん。王太子殿下、姉を気にかけていただき家族として感謝します。ところで、本日は何か急ぎのご用がありましたでしょうか」
「ウィリアムでいいよ。いずれ義弟になるんだ、あまり堅苦しくするな。それより言い回しがプリマヴェラ侯爵に似てきたぞ。今日はエルサの顔を見に来たのが一番の目的だけれど、もう一つ。婚約発表より前になってしまうが、新年の花火を誘いに来たんだ」
「新年の花火ですか」
「王家主催とはいえ、あれは技術部に任せているからな。準備は大変だが当日は挨拶したあとは自由でいられる。王宮の庭園なら開放しているから来やすいだろう。それとも、もう誰かと約束を?」
「いえ、いつも家族で庭から見ております。王宮からですと、もっと迫力があると聞いてますのでお誘いいただき嬉しく思います。ですが、やはり発表前に一緒にいるところを見られるのは…」
エルサは躊躇する。
夜会以降、エルサが王太子妃候補という噂はもちろんのこと、今まで婚約者を受け付けなかったのは、プリマヴェラ家が最初からその地位を狙っていたのではという噂があると、遠回しにお茶会で言われたのだ。
侯爵令嬢に直接言う勇気はないらしく、エルサに教えてきた令嬢もそのように思って親切にも噂として教えてくれたのだろう。
人の噂に惑わされるエルサではないが、侯爵家が誤解されるのは容認できないと思っていると、
「? 、少なくとも、王宮に出仕している大臣や高位貴族達の反応は大丈夫だと思うぞ。夜会では私のせいで、エルサを誤解するやつらもでて、申し訳なかった。しかしシリウスのお陰で、エルサに野心があったわけではないのは知れ渡っている。今では私の一目惚れだと噂されているよ」
エルサの不安を感じたウィリアムが衝撃の事実を口にする。
そう。実は、お茶会に出席する女達と、王宮に出仕する男達では全く異なる噂が流れているのだ。
「姉上。王太…、ウィリアム様のおっしゃることは大体真実です。父上が、議会や執務でそれはもうネチネチネチネチと、ウィリアム様を口撃しているので、プリマヴェラ家が最初から狙っていたと思う者はかなり減っています」
「ウィリアム様、申し訳ありません!」
エルサは青ざめる。
「ははっ。シリウスの指摘は全て正しいから気にするな。あれを全てかわせるように、認めてもらえるように…ドリョクスルマデダ」
笑いながら気にしないといってくれたウィリアムだが、議会でのシリウスを思い出したのか遠い目をしている。
気を取り直し再度問いかける。
「それより、私と花火を見てくれるだろうか。まだ、一緒の外出は気になるか?」
「ええと、夜の外出になるので、父に聞いてみないとわかりませんが…許可が出たらぜひ」
「ありがとう」
リヒトのなかで、姉の気持ちを尊重してくれたウィリアムの好感度が上がる。
「せっかくですから姉上、中庭の花をご案内しては?」
「中庭? そ、そうね、ウィリアム様。王宮ほどではありませんが、季節の花が咲いて見頃なんです。私が育てているものもありますの。ご案内させてください」
中庭という単語で、前回の告白を思いだし少し顔が赤くなるエルサ。
「エルサが自ら? それは見てみたいな」
その心に気づき、にっこりとウィリアムが提案にのる。
「僕は足を休めるためこちらにいますが、様子はわかるので、用があればいつでも呼んでください」
二人きりにさせるわけにはいかないが、いずれ婚姻する仲だ。もう少し後押ししてもいいのではと思ったリヒトは、サロンに残ることにした。
ウィリアムとリヒトも最初こそぎこちなかったが、侍女がストールと保温の魔石を用意している間に最近の出来事などを話し、打ち解けた雰囲気になっていた。
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