馬車とソリで車椅子
ウィリアムに返事をしたことで、王家から正式に婚約の打診があった。
やはり王家としては、今まで全く女性に関心を示さなかった王太子の唯一の相手を、どんな形でも逃すつもりはないらしい。
すでに本人に返事をしてしまったので、侯爵家としては《諾》とシンプルに返したが、父シリウスは、「そっちがその気なら…」となにやら不穏なことを呟いている。
エルサの中では、国王となるウィリアムを側で支えますという返事だったので、不満はないものの、このスピード対応には戸惑っている。
さて王妃のお茶会から数日。
エルサは母と共に、付き合いのある伯爵家のお茶会に参加していた。
いつも入場時には視線を集めるエルサだが、今日はさらに多くの視線を感じる。
「ごきげんよう。ご招待くださりありがとうございます」
「ごきげんよう。エルサ様が参加してくださることで、一層華やかになりますわ」
主催者に挨拶すると、意味ありげに返される。
婚約の件はまだ発表されていないが、年末の夜会以降、次期王太子妃候補と噂されさているためだろう。
今日の主催の伯爵家は適齢期の令嬢がいないため、本心から誉めてくれたのだと思うが、エルサに集まる視線の中には、嫉妬をにじませたものも多く感じる。
しばらくは母と同じテーブルの人達と話していたが、話が一段落したところで最近知り合った顔を見つけ、断りを入れて席を移ることにした。
「ドリス様、イリス様、ごきげんよう」
「まぁ、エルサ様ごきげんよう」
「お会いできて嬉しいです」
王妃のお茶会で知り合った辺境伯の姉妹が参加していたのだ。
辺境伯という高い身分と派手な衣装から受ける印象のせいで、周りの令嬢も近寄り難いというのもあるだろう。王都にあまり知り合いもいないので、二人だけで話していたようだ。
裏のない笑顔で近づくエルサに対して、少し緊張して挨拶する姉ドリス。
妹のイリスはエルサを見て頬を染めている。
「エルサ様のドレス、とっても素敵ですわね。私達、辺境でしか服を仕立てたことがなくて、なんだか浮いてしまっているようですの」
「ありがとうございます。イリス様も似合っていて素敵ですよ。うーん、たしかに王都では、シンプルなドレスが流行っているので、違いはありますが。王都には他国を含め様々な人が集まりますから、地域ごとの違いを知るのも私は好きですよ」
「そう言っていただけると安心しますわ。貴族がみんなそういう考えならいいのですけど…。私達の領地では、ドレスは派手に、特に明るい色は裕福な者の証という文化があるんです」
「まぁ、知りませんでした! 私も明るい色は好きです。遠くからでも見つけやすいですし」
最初は遠巻きにエルサ達の様子を窺っていた令嬢達も、エルサが楽しそうに話しているだけで、自然と輪に入ってくる。
エルサの返事を聞いて、緊張していたドリスも話しだした。
「そうなんです! 辺境は雪がたくさん降るので、昔から明るい色で見つけやすいというのも重視されてまして。あとは布を合わせて暖かくするという防寒の意味も。ただ、昔から変わらずで重いという難点もありまして、やはりもう少し良くなるといいですわね」
「うーんそうですね。王都の仕立て屋ならシンプルな木型に詳しいので、すこしスッキリした形で仕立ててみたらいかがでしょうか。明るい色はそのままでもトーンを変えたり、差し色にしたり、布を合わせるにしてもたとえば…」
ドリス達から辺境の生活と文化を聞いて、エルサはアイデアを出していく。
話が盛り上がると、そばで聞いていた令嬢達も自分達の領地の文化や、王都滞在時の行きつけの店を積極的すすめだした。
どうやら辺境程でないにしても、王都から遠い領地の貴族達は文化の違いを工夫してやり過ごしているらしい。
貴族の令嬢というものは、基本的に自分がいいと思うものを薦めたいし流行らせたい。
最初はエルサに対抗するつもりでいた令嬢達も、そんな心理を擽られ、すっかり輪が広がった。
無事に辺境伯姉妹も馴染むことができたようでエルサは安心する。
「素敵です!! ぜひこの滞在中に皆様が教えてくださった商会を訪ねてみますわ」
輪の中でも一番年下のイリスが目をキラキラさせて皆からアドバイスを受けている。
そんな様子を嬉しそうに見ながら、ドリスは思う。
この短い時間に癖のある令嬢達をまとめ、さらに私達姉妹のことまで見てくださるなんて。エルサ様をすぐに認められた王妃様は慧眼の持ち主ですわ。それに王太子殿下も人を見る目があるのね。
本当はエルサはそこまで深く考えてはいない。
令嬢の輪に囲まれるのはいつものことで、その中に悪意があろうがなかろうが、実のある話ができればそれでよし。
貴族としての心得と本物の淑女の笑顔が備わっているので、輪に入ってくれるレベルの令嬢の悪意など痛くもないのだ。
「ところで雪が降るほどの寒さということは、魔石も質が良いものがとれるのでしょうか」
ドレスのアドバイスは他の令嬢に任せ、エルサは気になったことを聞いてみた。
「はい。寒い間に採掘してきちんと保管しておけば品質を損なわず加工することができるんですよ。まぁ、そのためには雪の中に探しにいかなくてはいけないんですけどね」
「雪の中! それは危険なお仕事ですわね」
心配そうにエルサは呟く。
「確かに危険は伴いますが、よく訓練された犬橇を利用して行くので、私でも経験がありますわ」
「まぁ! ドリス様が? すごいわ。それに犬橇なんて本の中でしか知らない世界です。いつか見てみたいですわ」
「ぜひ機会があれば領地へいらしてくださいませ。犬橇は小回りがきくので、山だけでなく、屋敷の敷地などの庭先で日常使いもできるんです。そこなら安全ですわ。辺境では馬車を利用する方がもしかしたら少ないかもしれませんわね。ふふ、きっと驚かれますわね」
「庭先でも…本当に文化が違うのですね」
興味のある魔石の活用についても話していると、そろそろ帰る頃だと母ソフィアが迎えに来た。
「ドリス様、イリス様、今度はぜひ我が家にも遊びに来てくださいな。もっと仲良くなりたいですわ」
エルサの誘いにドリスもイリスもとても嬉しそうに頷いた。
「はい必ず!王都の貴族の方達の中には、辺境を遅れた文化だという人たちもいて、少し気後れしていたんですけど、エルサ様と話せてよかったです」
今まで落ち着いて見えたドリスが、最後に手を握って見せた表情は、とても柔らかいものになっていた。
姉とエルサの握手を羨ましそうに見ていたイリスは、姉が手を離すと同時にエルサの手を握り小さな声で話す。
「王妃様のお茶会でお伝えしたこと、お父様の同意もとりましたので。どうぞ王太子殿下とラブラブな未来を作ってくださいね」
瞳をキラキラさせて熱く伝えられてしまうと、とても否定しづらい。
「…ラブラブ。あ、ありがとうございます」
とりあえず微笑んでおいた。
イリスの中ではウィリアムとエルサは相思相愛のようだ。
帰りの馬車、母と向かい合わせに座ったエルサはふと友人のことを思い出した。
「そういえば今日はオレリア様はいらっしゃいませんでしたね。先日うちに泊まりに来た際には、参加するとおっしゃっていましたが」
「そうなのよ。ナタリアが風邪気味らしくてね。あまりひどくはないらしいけど」
「心配ですね。お母様はよくナタリア様とお茶をするんですよね。それでも我が家へ呼んだ記憶はほとんどないのですが」
「ナタリアもたまには外は出て気分転換してほしいとは思っているんだけどね。うちの家令に運ばせるわけにもいかないし」
カタカタと馬車は進む。
馬車で遠くには移動はできても、敷地内の移動の方が案外大変なのよね…
敷地内…
…ふむ。
(そういえば、犬橇は庭先でも使えるとドリス様達が話していらしたわね。馬車より小さくて小回りも聞くからと。馬車と違って足が出てしまうから、王都の常識からするとあり得ないけれど)
足を開いてまたがるのではなく、座面を椅子型にしたソリに乗るナタリアを、前から夫ガッシュが引っ張る、、のは現実的ではないから、持ち手をつけて後ろから押す。
いいわね!あっでも、ソリの方向転換はスピードと力がいるわね。安全にゆっくり回転するとすると…
エルサの妄想のガッシュは、ソリを引いて押して回して、息も絶え絶えである。
そこでエルサの乗っている馬車が大きくカーブし揺れた。
(そうよ!ソリじゃなくて足元をタイヤにしたら小回りも聞くし、浮かせるからドレスの裾も擦らないわ!)
いつものマッチョ小人達が走ってきて、ソリの板を小さなタイヤに付け替える。
うん!これなら座ったまま移動できるし、ドレスも気にならないわね。
マッチョ小人とガッシュがハイタッチしている絵が見えるようだ。
どうして今まで気がつかなかったのかしら!
いわゆる乳母車を椅子型にしたようなイメージだが、フレーメ国の文化にはなかった。
日除けのない馬車が日常使いされないフレーメ国では、貴族の女性を外にさらして運ぶなど考えもしなかったからだ。
しかし、庭先や敷地内、屋内であればエルサでも受け入れられる。
犬ソリ、椅子ソリ、椅子車、
ううーん、
車椅子!
やっぱり文化の違いは宝の発見の連続だわ。
ドリス様達と話せてよかった!
妄想しながら眉間にシワを寄せたり、なにかを思い付いて目をキラキラさせたり。
これから計画することにワクワクしながら表情を変えるエルサに、母ソフィアは「こんなところを見たらさすがの王太子も、驚くかしら」と、ウィリアムがそれを楽しんでいるとも思わず悩むのだった。
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