中庭の告白
ウィリアムに案内されたのは、王妃の中庭の回廊を抜けた反対側。ここは限られた者しか入れない、主に王族がいる部屋に飾ったりする植物が育てられている場所だという。
数人の庭師が作業しているが、側近や護衛は入口に待たせ、今はウィリアムと二人で歩いている。
「この花!」
最初は緊張していたエルサだったが、知っている花を見つけてすっかりいつもの調子に戻ってきた。
振り返ると王太子の雰囲気も明らかに優しくなっていて、どきりとする。さっきまでは、夜会で挨拶した時程ではないにしろ、隙のない硬い表情だったのに。
どうもエルサは王太子のギャップに弱いらしい。
顔を見るとまた緊張してしまいそうなので、花のことに意識を集中させることにした。
「エルサ嬢が流行らせたと聞きました。湯にいれたときに咲くなんて面白いですね」
冬の市で買ったハーブ風呂が気に入ったエルサは、その後自宅で育てているハーブをいろいろ試してみたのだ。
保温力はあのときに買った帝国産のパースが一番だが、フレーメ国では育たない。そこでエルサの好きな香りの花、フララを試した。
小ぶりのピンクの花で、布にくるまずそのまま浮かべてみると、他のハーブはバラバラになったり萎んでしまうのだが、フララは香りを出すために少し干していても、むしろ湯を吸って再び元気に開花した。
香りと見た目がいいので、貴族の侍女の間から広まり、特別な日の風呂として高位貴族で流行になりつつある。
「ちょうど湯の温度で咲くんですよね。ハーブ湯は我が家も最近始めたのですが、温度や種類によって効果が変わるので試すのが楽しいんです」
「ほう、自分で実験されたのか。気になることは、とことん研究してみる時間は私も好きだな」
「はい!」
キラキラした表情で花を見つめ、試したハーブの説明をするエルサに、ウィリアムは優しく相槌をうつ。
「エルサ嬢、今日は疲れたでしょう。あちらの温室にベンチがあるので入りましょう」
そう言われウィリアムに連れられて入ったのはハーブ専用の温室。
温室の中も様々なハーブが区画ごとに育てられていて、見ているだけで癒されるようだ。ベンチが見えてくると、その奥に青い花のハーブ畑が広がっていた。
「まぁ! パースだわ! フレーメ国では育たないと思っていたのにこんなにたくさん。それになんていい香りなのかしら」
風呂にいれたときと同じパース特有の甘い香りを感じさせつつ、咲いているときはもっとスッキリとした爽やかな香りもする。
テンションの上がるエルサをスマートにベンチにエスコートし、座らせてくれる。
「気に入っているようでよかった。私も母に紹介したら気に入ったようで、帝国の土と同じ成分、温度になるように魔石で管理して育てているんです」
そう説明し、同じく隣に座ってハーブを見つめる王太子に、夕市で出会った男性を思い出す。
「…もしかして以前夕市でお会いしたのは?」
「思い出してくれた?」
いたずらがバレた時のように照れた笑顔でエルサを見つめる。
エルサは慌てて頭を下げる。
「あの時は王太子殿下とは知らず、申し訳ありませんでした」
「リアムと」
「え?」
「エルサ嬢、殿下ではなくどうかリアムと呼んでほしい。街に出るときはそう名乗っているんだ」
まさか侯爵家といえど、会ってすぐの未来の王にそのような呼び方ができるはずがない。
「ですが。ここは王宮ですし、殿下のことを愛称でお呼びするわけには」
「ここには殿下はたくさんいるからな。それにまた一緒に街を歩きたいと思ってるんだ。だめだろうか」
さっきまで余裕の笑顔で話していたウィリアムだが、エルサを覗きこむまっすぐな瞳はエルサの心をざわつかせる。
やはりエルサはこの顔のギャップに弱いらしい。
「ウィリアム様…?」
「リアムだ」
名前で呼ばれて少し顔が緩んだように見えたが、愛称呼びを譲る気はなさそうだ。
「かしこまりました、公の場以外でということでしたら。リアム様、私もエルサとお呼びください」
エルサの返答を聞いて、嬉しそうに柔らかく笑うウィリアム。先程より距離が近くなり、鼻歌でも歌い出しそうなウィリアムに、エルサはなんだか温かい気持ちで花を見ながら座っていた。
「そういえば、殿下はどうしてこちらへ?」
「…」
「…あの、」
「…」
「…リアム様?」
「うん?」
もう殿下と呼ばれて返事をする気はないらしい。
笑顔でこちらを向くウィリアムが、不敬にも可愛いと感じてしまう。
やっぱり仕事以外ではとっても話しやすい方なんだわ。ここは思いきって聞いてみましょう。
「…リアム様、もしかして本日お茶会で王妃様の話した内容をご存じでした?」
「いや。知らないよ。まぁ、予想はついたから、君に会いに行こうと思ってたら、先を越されちゃったっていうね。母の行動力を侮っていたよ」
「そうでしたか。でん、リアム様はその…っ!」
王妃の話をどう伝えたらよいかエルサが迷っていると、ウィリアムに手を取られた。
「エルサ」
「はい?」
急に名を呼ばれどきりとする。
「まさか母に先を越されるとは思わず、情けない私を許してほしい。急な話で戸惑っているとは思うのだが、どうか私との結婚を前向きに考えてくれないだろうか」
エルサの手を取ったまま、正面から見つめられる。
きらきらと輝く金の髪に、吸い込まれそうな金の瞳。改めてその非の打ち所のない整った顔に見つめられ、さすがのエルサも思わず頷きそうになり、冷静になるため一呼吸する。
「あの、リアム様はそれでいいのでしょうか。まだ私たちは今日で2度目、夕市をいれても3度目ですよ? あまり話したことすらありません。王妃様はリアム様のお気持ちを尊重するとおっしゃっていましたし、国のためとはいえ帰国されたばかりですから、まだ急いで決めなくてもいいのではないでしょうか」
エルサの気持ちが追い付いてないのもあるが、やはり帰国したばかりのウィリアムに縁談を迫るのは、酷だと思う。
王妃様には申し訳ないけれど…
「…やはり言葉にしないと伝わらないものだな。貴女は私の気持ちまで考えてくれているというのに」
ウィリアムは照れたように目を逸らしたあと、気合いを入れ直し、真剣な瞳でエルサを見つめた。
「エルサ。私は自分の意思で、あなたとこの先一緒にいたいと思う。国のためになることでもあるが、それは結果論だ。正直に話すと、まだ出会ったばかりで、自分でもこれが恋なのか、信頼なのか確信が持てない。それでも、この先私の気持ちは貴女にしか動かないだろう。こんなことは初めてなんだ。貴女の気持ちを優先しなければと分かっているが、成人して貴女が婚約者を決めてしまう前に私の考えを話しておきたかったんだ」
ウィリアムの突然の告白に、エルサの心臓が鳴る。
こ、これは、デジャブ!?
(言葉は違えど、距離の詰め方と話の勢いが王妃様にそっくりだわ…さすが親子。)
うぅ、リアム様のうしろに王妃様が見える…
「リアム様…」
「す、すまない! ニースにも慌てるなと言われていたのに」
エルサの妄想を視たウィリアムは、はっと我にかえり、エルサを気遣ってくれるが、もちろんエルサにはわからない。
ここまでの流れも先ほどの王妃とそっくりで、逆に冷静になってきた。
「ニース様?」
「あぁ。さっきもいたが側近の一人で、帝国にも一緒に留学していたんだ」
「とても仲が良さそうでしたね。お二人が信頼しあっているのが伝わりました」
「仲がいいかは別として、裏表なく指摘してくれるから信頼はしている」
「信頼ですか…」
思わず先ほどの告白から話がそれてしまい、気まずい沈黙が続いたあと、意を決してエルサが答える。
「王妃様も御自身が信頼できる方に支えられていると仰っていました。リアム様にもニース様がいらっしゃるように。…私も、リアム様の支えのひとりになれますでしょうか。まだどのような形を目指せばいいのかも分かりませんが」
ウィリアムの正直な告白に、エルサも応えたいと思った。
まだ会って少しだが、いつも完璧を求められるエルサのことを気遣ってくれる人。
外見や地位ではなく、内面を知ろうとしてくれる人。エルサの知識意欲を応援してくれる人。
それになによりあの瞳で見つめられると、心がざわつくのだ。
ウィリアムが言っていたように、これが恋なのか、臣下としての信頼なのかまだわからない。
ただ、たまに見せる優しいウィリアムの優しい顔が彼の本心なら、もっと笑顔の時間を増やしてあげたい、ウィリアムのことを知りたいと、エルサも家族以外に対して初めて思った。
「…!エルサ!ありがとう! 今はそう思ってくれるだけで充分だ。貴女が本心からそう言ってくれているのが嬉しい。私も王となるまでにすべきことは計り知れないし、楽な道を選べないこともあるだろう。それでも、貴女の信頼を裏切らぬ努力をすることを約束する。…本当に隣に並んでくれるか?」
嬉しそうに微笑んだあと、ウィリアムはエルサの手を取り、優しいながらもキリっとした王太子の顔で最後にもう一度確認する。
「これから、どうぞよろしくお願いします」
緊張と照れで、頬をうっすら染めたエルサの上目使いは破壊力抜群だ。
王太子の仮面は一瞬で砂となって消えた。
「エルサ!」
そのまま手を引かれてウィリアムの腕の中に入る。
急な体勢にエルサはもう顔があげられない。
うつむいて耳まで赤く染めるエルサを覗き見て、ウィリアムは蕩けるように微笑んだのだった。
「あら、お待たせしたかと思ったけど、早すぎたかしら」
ウィリアムが腕の中の温もりを堪能していると、空気を読んだのか読まないのか、笑顔で王妃と母が歩いてくる。
こんな姿を見られるわけにはと、エルサは焦ってウィリアムの胸を押し、腕の中から出ようとするが、先を読んだようにウィリアムの手が待ち構えていたので、結局そのまま手を繋ぐ形になってしまった。
恥ずかしさで赤くなったエルサを優しい目で見つめるウィリアム。
そんな二人ににっこりと王妃が話しかける。
「エルサさん。今日は突然ごめんなさいね。ソフィアもなにも話してなかったなんて知らなくて。どうやら二人で話し合えたようね。もうウィリアムがなかなか動かないから、ヤキモキしちゃって」
「母上は楽しんでいるだけでしょう。とはいえ、機会を作っていただいた事には感謝します。エルサ嬢とこれから二人の形を築いていこうと思います」
繋いだ手に優しく力を込めつつ、
王妃にしっかりと宣言した。
結局この日一日で、エルサの未来はほぼ決まってしまった。
まぁ、学問の女神と優秀なその息子の手にかかれば、最初から分かっていた結果かもしれない。
それでも、エルサの気持ちが動かなければウィリアムは諦めるつもりだったし、心が視えるウィリアムの様子次第では、王妃も諦めただろう。
…たぶん。
庭を出ると護衛も付いて、ぞろぞろと馬車止めまで歩く。
す、すごい大がかりだわ。
王妃様と、リアム様にお見送りをさせてしまうなんて。
馬車に乗ろうとする直前までウィリアムに手を取られ、仕上げとばかりに甲に口づけを受ける。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでくださいね。それではまた。エルサ」
離れ際に小さく名を呼ばれエルサの顔は熱くなる。
「王妃様、ウィリアム殿下、本日はありがとうございました」
頬を染めながら笑顔で丁寧に礼をするエルサは儚げで本当に妖精のように美しい。
初めて見るウィリアムの行動とエルサを見つめる表情に固まっていた側近と護衛達が、今度はエルサの笑顔に固まったのだった。
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「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」
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