王太子あらわる
中庭の入口、花のアーチの下に立つウィリアムはまるで物語の騎士のよう。
突然現れた王太子に、令嬢達が顔を赤らめる。
王妃に先程伝えた言葉は本心だが、ウィリアムの見た目はどうしても女性を魅了する。
「殿下、早いですって! き、急に走ったら、はぁっはぁ、皆が、ついて来れません」
唯一護衛と共に追いついた側近が、息を乱しながら王太子を諌める声が聞こえる。そして他の側近やオレリアの兄、ダニエルがやって来た。
花の庭園の入り口は、今ではとても暑苦しい密度である。
「あら、ウィリアム。淑女のお茶会に口を出すなんて。とても紳士とは言えないわね。そんな風に育てた覚えはなくってよ」
眉をひそめつつも興味深そうな視線を送る王妃に、改めて姿勢を正し挨拶をする。
後ろの者達も慌てて敬礼した。
「失礼しました。突然このような格好で申し訳ありません。母がお茶会を開いていると、訓練所で聞きまして。ダニエルがアウトンノ夫人を迎えにいくというので付いてきてしまいました」
エルサ達は王妃の客という立場なので、ここでは王妃にならい、黙礼だけして立ち上がることはしない。しかし口を挟むことも出来ないので、二人のやり取りを見守ることになる。
といっても令嬢達の視線はウィリアムに釘付けで、会話の内容までは入っていない様子である。
「あなた…ダニエルより先に到着していましたよ」
呆れ顔の王妃。
「川の、いえ、なんだか話の流れが心配だったので。母はいつも皆さんとのお茶会を楽しみにしているのですが、たまに羽目を外し過ぎるので。無茶を言いませんでしたか?」
「全く失礼しちゃうわね」
トゲのある言葉とは裏腹に、楽しそうな王妃を見て、二人のやり取りにハラハラしていたエルサも肩の力を抜いた。
王太子殿下の表情は読めないけれど、お二人の関係は良好なのね。よかったわ。
そんな二人の間を和ませるように、ウィリアムの義理の叔母にあたるヤシール公爵夫人が笑顔で話しかける。
「ウィリアムごきげんよう。留学して本当に成長したわね。あなたがお茶会に顔を出すなんて。とても有意義で楽しい時間でしたよ。もっと早く来てくれたら一緒にお茶を飲めたのに。ニースも久しぶりね。夜会にいなかったから、帝国に残ってしまったのかと心配していたのよ」
王太子を諌めた側近はニースと言うらしい。
こちらもいい笑顔で答えている。
「公爵夫人ご無沙汰しております。帝国の水も合っていたのですが、幼い頃にウィリアム殿下に忠誠を誓ってしまったので、どこへ行くにも一緒なのです」
「ニース、その気持ち悪い表現はやめてくれ」
彫刻のような無表情の王太子と軽い雰囲気のある側近は、見た目は対照的だが、二人の気安いやりとりに、王太子の信頼が窺える。
調子にのって近づこうとするニースを避けながら、ウィリアムが話しかける。
「ところで皆さんはそろそろ時間なのでは?馬車止めに迎えが来ているようですよ。それから母上、私のことはご心配なく。自分で伝えたいこともあるのです」
ウィリアムが最後につけ加えた言葉は母にしか聞こえない。
「うふふ、ごめんなさいね。あら!もうこんな時間。楽しい時間はあっという間ね。皆様、急なのに集まってくれてありがとう。迎えの馬車も来ているみたいだし、名残惜しいけど案内させるわ。ダニエルはこちらへ」
侍女がナタリアを運ぶために来たダニエルに、目立たない裏の道を教える。
ダニエルがそっとナタリアを抱え、オレリアがあとから付いていく。最後に心配そうにエルサを見つめるのには気づいたが、エルサは笑顔で見送ることしか出来なかった。
そしてそれぞれが、楽しい時間だったと王妃に挨拶しながら帰っていく。
正直エルサはもうくたくたである。
ただでさえ緊張する王妃の茶会、しかも内容が内容だけに動揺する心を隠し、侯爵家の令嬢として鍛えられた表情、言葉選び、所作を総動員して乗り越えたのだ。自分の心と向き合うという課題は残るが、とにかくこの場はやりきった感満載で、あとはゴールテープを切るばかりである。
そんな思いで、しかし最後まで気を抜かず優雅な動きで挨拶をするため立ち上がり…
「そうそう! ソフィアにはもう少し話があるの。あなたエルサさんを中庭に案内しなさい。どうせ暇なんでしょ?」
王妃がウィリアムに声をかける。
「…っんぅ」
このタイミングで空気を読んだのか読まないのか、挨拶をするため視線をあげようとしていたエルサは、急な提案に息をのむ。
「大丈夫ですか? 母は言い出したら聞かないので、このままご案内しても? さすがにお疲れのようだし、中庭の温室のベンチで休みましょう。行けますか?」
側に来たウィリアムから気遣うような優しい声かけとともに腕を出され、思わずまた絡めてしまったのも仕方がない。
「えぇ。ありがとうございます」
変な声が出てしまったけど、聞こえていないかしら。殿下に気を使わせるわけにはいかないわ。
ぐっと気合いを入れ直し、何事もなかったかのように美しく微笑み隣に並ぶ。
そんなエルサを気遣い、優しいまなざしで見つめるウィリアム。
「では、後でね」
王妃とソフィアに温かい目で見つめられつつ、いいタイミングで来たウィリアムにそのままエスコートされ、エルサは流されていくのであった…
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