王妃の王妃による王妃のプレゼン
「王妃にならない?」
まぁ、まずは王太子妃だけど。と、
お茶のおかわりを勧めるくらいの軽さで放たれたその言葉とは裏腹に、内容はエルサの人生だけでなく国の未来を左右するものである。
はっと息を飲む音が聞こえたのはこちら側、令嬢席のみ。
王妃の周りに座っている親たちの席は落ち着いているところをみると、先に話がいっていたのかもしれない。
「王妃って大変なように感じるかもしれないけれど、王宮のご飯は美味しいし、最新のドレスは着られるし、結婚しても仕事を続けられるし、公務も執務もどれだけしても怒られないし、国のためになる研究分野に予算をさく権限があるし、国内外への視察を兼ねた旅行もできるし…。いいわよぉ~」
勧誘の仕方が軽い!
そして、後半の内容が重い!
どんなに美味しい物を食べられても、美しいドレスを着ることができても、その地位の重責はここにいる令嬢ならば言わなくとも分かる。それを簡単な事のように語れるのは学問の女神と呼ばれる王妃だからだ。
これは…新手の王妃ジョーク??
まさか本気じゃないですよね??
だめだめ、流されてはいけないわ。
王妃様の真意を見極めてから話せば、きっと分かってくださるはず。
…ごくり。
「あの。僭越ながら申し上げますと、王妃様は私と王太子殿下が最初に踊ったからそのように提案されているのでしょうか。それならば、皆様も最初は緊張したかと思いますが、実際王太子殿下はとても気さくで話しやすい方でしたよね。優秀な方ですし、あまり時間はかけられないとはいえ、私でなくともきっとすぐに素敵なご縁を結ばれると思います。それになにより、王太子殿下の気持ちも大切にしていただきたいと思います」
よし! 伝えることは伝えた!
エルサは令嬢達の援護を待つ。
「………。」
「………。」
おや。
同じく踊ったであろうアンナとオレリアの反応が悪い。
王妃を見ると口角が上がっている。
「多分皆、ウィリアムと踊ったときに何かしら思うものがあったのでしょう。たしかにマナーとしてエスコートするときには紳士的に応対するし、エルサさんと踊るのを見ていなければ気が付かなかったかも知れないわね。だって私も驚いたもの」
エルサが意見しても怒ることはなく、
むしろ優しい母の顔になる。
「つまりね、ウィリアムにとってエルサさんは特別なのよ。もちろん、あなたの気持ちも大切だけれど。あなたが言ってくれたように、本当は優しくていい子なの。我が子ながら優秀だし、ほうっておいても立派な王になるでしょう。でもね、その時に隣に心を許せる存在がいてほしいと、親として思うのよ。あなたは夜会で会ったのが初めてと言っていたから知らないでしょうけど、人前で笑顔を見せることなんてまずないのよ。私達家族にさえも。この二人と踊ったときも紳士的とは思えど、歩み寄ろうという表情ではなかったわね」
エルサはあの夜を思い出す。
最初こそお互い緊張していたが、話しているときは笑顔が多かった気がする。短い時間のなかで、いろいろな表情が見れて、壇上の挨拶の時に感じた王族と臣下という壁も感じなかった。
そういう人だと思っていたのだが…
なんとなく心がざわつき、言葉が出てこない。
「私がなぜ今日の場を設けて、エルサさんだけでなく皆を集めたと思う? それはね、将来王妃の支えになるのは、ここにいる高位貴族の女性達だからなの」
令嬢達を見渡し、最後にエルサを見る。
「王妃というのはね、ただ、王の横で笑顔で座っているだけでは務まらない。自分で考え、王と共に民の前を歩いていくべきだと思っているのよ。だからといって、一人で頑張っていても国は動かせない。王に大臣達がいるようにね。周りを巻き込んで、ううん、巻き込めるだけの力が必要なのよ。私も多くの者にたくさん支えられてきたわ。特に私は帝国から嫁いで来たから、ここにいる夫人達には本当によく助けられたの」
王妃の言葉に夫人達が優しく頷く。
「そして、あなたたちは幼い頃から高位貴族として教育を受けてきたわね。ここにいる誰が王妃となってもおかしくないくらい、国のことを思ってくれていると信じているの。私が信頼する女性達が信頼している子達だからよ。そんな中でウィリアムが気持ちを動かしたのはエルサさん、あなただけ。他の皆が劣っているというのではけしてなく、人と人との縁。そして、それぞれが与えられる役割が違うだけ。エルサさんが王妃となり、それを皆が支えることは、私が強制することはできないわ。それでも実際未来の王となるウィリアムが帰国したのを機に、私の考えを話しておきたかったの。年始の今でないと、こうして集まることは難しいでしょうし、皆も言いたいことがあれば遠慮せずに話してちょうだい」
真剣な王妃の言葉を、
令嬢達もそれぞれ受け止めた。
侯爵位であり、一番歳上となるアンナが話し出す。
「わたくしは、先日王太子殿下と踊りながら少しだけお話させていただいた時、殿下をお支えしたいと心から思いました。それと同時に、あくまで臣下としてお話ししてくださることで、わたくしでは横に並び立つことはできないことを理解したつもりです。しかしながら、わたくしは、将来王妃になる方は国母として完璧な淑女の素質がある方を支持したいと思います。失礼ながら、エルサ様をそのような対象に見たことがなかったので、今はまだなんとも言えません」
もっと強く反対されると思っていたが、アンナのなかに貴族として一貫したものがあるのだと分かり、エルサは今の定まらない自分の考えを反省する。
アンナの話を受けて、次にオレリアが話しだす。
「私は、尊敬できるエルサ様ならきっと立派な王妃様になってくださると信じていますし、支えのひとつになれればと思います。ただ、先ほど王妃殿下が仰ったように、政略を考えないのでしたら、どうかお二人の気持ちを大切にしていただきたいです」
エルサは緊張しながらも自分の意見をしっかり言うオレリアをみて思う。
オレリア様、私の気持ちを考えてくださって。
本当に、私の気持ちはどうなんだろう。
自分でもよくわからない。
最後に辺境伯令嬢のドリス。
「わ、わたくしは!父からこのイリスが、もし王太子殿下の目に留まれば縁談をおすすめしたいと言われて参りました」
はっきりと縁談を出され、場に緊張が走る。
しかし、と、当事者となるイリスが続ける。
「先日のお二人の様子を見ると…、王太子殿下はとても素敵でしたが、エルサ様の美しさもとても素晴らしいと思いますの。まるで物語の一場面のようでしたわ。もちろん、容姿だけでなく、お二人それぞれのこれまでのご活躍も辺境まで届いております。なのでお二人が国を率いるときには、辺境から国を支えることをお姉様と決めてきました」
頬を染め、熱い視線でエルサを見る。
イリスが一歩引いたことで、場の緊張感は収まったが…
イリス様、ドリス様、辺境伯当主のご意見はよいのでしょうか…?
それぞれの令嬢が自分の意思で話をするのを見て、王妃も満足そうだ。
「貴族として建前の会話も重要だけど、たまにはこうして本音を言うのもいいものよね。昔はよくソフィア達とも意見を言い合ったわ」
ここまでストレートに語り合うことは高位貴族であればあるほど珍しいが、王妃や母達の雰囲気から、この場でその選択が出来たことが正しかったのだと悟る。
「ソフィアからエルサさんは領地の運営に興味があるって聞いてるけど、王妃ならもっと規模の大きい、国の運営に携われるから、今までのことも無駄にならないわ。領民を思う気持ちを、国民を思う気持ちに広げるだけよ。侯爵家では国内外の勉強を受けていると聞いているし、立ち振舞いは今のところ充分。あとは上に立つものとしてのことは私が教えてあげるわ。アンナ嬢が納得できる王妃を、いいえ、歴代最高の王妃を一緒に目指しましょう!」
お、王妃様って知的でクールな印象だったけど、こんなに熱い方だったのね。歴代最高の王妃って、ローズ様自身も十分歴代最高だと思いますよ。
というか、なんだか話がまとまってきてませんか?
エルサはもう激流に流されている気分だ。
すっかり岸が見えない…
「ローズ様。お気持ちは分かりますが、さすがにアプローチが強すぎます。エルサの気持ちが追い付くのを少しは待ってくださいませ。エルサが不安なままでは、シリウスが国外逃亡させかねませんわ」
ここで母が助け船を出してくれた。
なんとかこの船につかまらなければ!
「あらソフィア。シリウスがエルサさんだけを逃亡させるはずがないから、その時はプリマヴェラ侯爵家がいなくなっちゃうじゃない。それはだめだわ。ごめんなさいエルサさん。皆から二人の気持ちを尊重するように言われていたのに、つい熱くなっちゃったわね」
不穏なことを口にしつつも、口調は軽く表情は穏やかだ。母達もここでだけは、思ったことを話せるのだろう。
それにしても父のそのような行動が、リアルに予測できる。
「まぁシリウスが囲っていたせいで、エルサには今まで縁を繋いであげられなかったのよね。残念ながら本人の興味が向かなかった部分も大きいし。結局待ってるより、この子には外堀から埋めた方がいい気もするわね」
「そうねぇ。エルサは小さい頃から知っているけど、令息達に囲まれても互いに牽制しあって本人に届いてないようだし、エルサを引っ張れるくらい気概のある方が合っているのかしらね」
ん? お母様??ナタリア様まで??
「エルサさんの気持ちはもちろんだけれど、ローズ様の気持ちも分かりますわ。あのウィリアム殿下が心を開いたんですもの」
「そうねぇ。それに本当にお似合いの二人だったし。エルサさんの活躍は私もよく知っていますから不安はないわ。嫁に出てしまったけれど、うちの娘も力になるわよ」
ヤシール公爵夫人とインヴェルノ侯爵夫人の追い風も強い。
「殿下がどなたと縁を結んでも、臣下としてお支えします。うちの娘も殿下に憧れてはおりますが、他の形で支えることに異議はありません」
エスターテ侯爵夫人もアンナと同じきつい見た目と話し方だが、母親らしい優しい顔でアンナを見る。
…いや、皆様。
本人の意思を尊重するという言葉はどこへいったのでしょうか。
「どうしても結婚する相手として生理的に無理! ってことなら遠慮せずに早めに教えてちょうだいね。まぁ、もしそうだったら最初からあの子はダンスに誘ってないと思うけど、それに「そこまでですよ!」
突然の優しくも強い声に、王妃の話が遮られる。
いよいよ激流から滝が見えてきたエルサは、会話が一旦切れたことに安堵した。
ん?でも王妃様を止められるなんて…
声のする方を見ると、騎士の訓練服を身につけ、少し息を乱した王太子が立っていた。
後方には同じく息を乱した数名の護衛がいる。その様子から、よほど急いできたのだと分かる。
「母上。何の話をしているのですか?」
どうやらエルサの川下りはまだ続くようだ…
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「婚約者が運命の恋を仕掛けてきます」
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