王妃のお茶会
年始の休息日が過ぎると、また社交が始まる。春の王宮の夜会までは、どの貴族も王都に滞在しているので、そこまでが勝負である。
「今年は本当に招待状が多いわねぇ。予定を組むのが大変だわ」
爵位や開催日毎に仕分けられてはいるが、山のようなカードを開封しながらソフィアがため息をつく。
「リヒトの準成人や、私の成人がありますからね」
横で仕訳を手伝いながらエルサが言う。
「それだけじゃないでしょうに。我が家の夜会も招待客を考え直さないと」
年末の夜会以降、それまでの招待状に加え、付き合いの浅かった貴族たちからも続々と届いている。
エルサと王太子のダンスを見た人達から、次期王妃に一番近いのはエルサだと思われたのだろう。
そこに、今朝届いた分が追加される。
「あら、これは」
執事が[最優先]の場所に置こうとした封筒を手に取った。
王家の蝋封が押してある。
「お茶会の招待ね、主催は王妃様。5日後、あなたと私が招待されているわ」
「ずいぶん急な開催ですね」
「高位貴族のみの集まりのようね。年末の夜会のこともあるし、話を合わせておきたいのかしら。ふーん、そうねぇ。それまではお茶会の招待はすべてお断りして、夜会だけシリウスと私で行くことにしましょう」
そう言いながら、招待状に添えられた手紙を読んでいる。
「…なんだか申し訳ありません」
正直なところエルサには、噂されるほどの実感はない。
話してみれば柔らかい印象の青年だった王太子のことだ。先日はたまたま自分が最初に踊ったが、すぐにみんなも慣れてくるだろう。
なんだか大袈裟に噂されて、あとからやっぱり違ったとなるのも気まずい。
王妃様のお茶会にはオレリア様も来るだろうから、誤解を解けるといいんだけど。
それに、アンナ様も…!
仕分けは執事に任せて、ソフィアとエルサはお茶会のドレスを選ぶことにした。
さて、しばらく屋敷にこもることになったエルサが、社交場で噂のまとになっているとも知らずのんびり過ごしている間に、あっという間に王妃のお茶会の日になった。
ここは新年を祝う花がふんだんに飾られた王宮の中庭の一角である。
中庭と言っても王妃専用の中庭であり、招待客以外は入れない。
母はたまに王妃の私的なお茶会に呼ばれてここにも来ているが、防音の魔石が設置されていて、他の人に聞かれたくないときに使う場所のようだ。
大きなテーブルがある会場に案内されると、既にオレリアとその母ナタリアが座っていた。
今日の参加者は10人、王妃を含め11人なので、長いテーブルに全員で座るらしい。
「エルサ様、ごきげんよう。今年もエルサ様にとって幸せな一年になりますよう」
「オレリア様、ごきげんよう。オレリア様にとっても素晴らしい一年になりますよう」
夜会以来の再会で、話したいことはたくさんあるが、さすがに王宮では淑女としての振るまいに気をつける。それでもオレリアの視線には、話したくてうずうずしているのが感じられて苦笑する。
(こんな時、二人だけに分かる合図で伝えあえたらいいのに)
手をあげたり下ろしたり左右に降ったりしながら「先日の夜会のことは、皆が思うほど大したことではないですよー」と伝えるミニエルサと、「そんな言い訳は受け付けませんよ!説明プリーズ」と可愛く腕を組むミニオレリアが、二人の足元でやりとりしているのを妄想する。
今度オレリア様に相談してみようかしら。
提案する合図の動きを考えているうちに、エスターテ侯爵夫人とその令嬢アンナ、そして辺境伯令嬢のうち2人が案内されて来るのが見えた。
すぐに妄想から戻り、気持ちを切り替えて立ち上がると、いつも通り女性でも見惚れてしまう笑顔で挨拶する。
「アンナ様、ごきげんよう。そしてスクード辺境伯のドリス様、イリス様。皆様にとって素晴らしい一年になりますよう。私はプリマヴェラ侯爵家長女、エルサ・プリマヴェラです」
妄想癖があろうとも侯爵令嬢の対応力を侮ってはいけない。
エルサの存在に気づいてもさすがに今日は大人しいアンナと、ぎこちなく体を強ばらせた辺境伯令嬢達。
辺境伯のご令嬢は夜会ほどではないが、今日もカラフルな装いである。
「は、初めましてエルサ様。ドリス・スクードと申します。今年も明るい一年になりますよう。このような場に慣れておらず、不作法があればどうかご容赦下さいませ」
姉のドリスがやや緊張しながら挨拶を返す。
妹のイリスは頬を染め、「イリス・スクードと申します。私たちの名前まで覚えてくださって嬉しいですわ」と、一緒にお辞儀をした後もエルサを見つめている。
「エルサ様ごきげんよう。今年もあなたにとってよい一年になりますよう」
アンナも淑女の礼を優雅に返す。
国内の貴族は全て頭に入っているエルサだが、招待状が来てからこの1週間で、再確認してよかった。辺境の情報はなかなか入ってこないので、優秀な執事に最新の勉強を頼んだのだ。
辺境伯は伯爵位であるが、隣国との国境沿いという、軍事面でも貿易面でも重要な場所となるため、昔から王族の婚家先になったりと強い縁を築いており、侯爵位よりは格下とはいえ高位貴族にあたる。
その後、インヴェルノ侯爵夫人とヤシール公爵夫人も続いて入場したので、それぞれが新年の挨拶を交わした。
長いテーブルの端に王妃。王妃に近い席から順に公爵・侯爵夫人が並び、令嬢達はその手前に集められる形になるようだ。
それぞれ、今日の話題について思い当たるところはあるものの、王妃が来るまでは最近の流行の話題などを静かに話している。
そして、落ち着いて優雅に見えるエルサは実は今、とてもご機嫌である。
ドリス様とイリス様とこんなに早くお話ができるなんて、参加してよかったわぁ。まだ緊張されてるみたい。
この春のうちに仲良くなれるといいんだけど。
引きこもり中に辺境のことを学び、すっかり興味を持ってしまった。
「ドリス様、今日はアリス様とジョイス様は参加されないのでしょうか」
ドリスというのは辺境伯令嬢長女である。
辺境伯家には男児がいないため、仲のよい伯爵家から婿をとることが決まっていて、現在婚約中である。辺境伯夫人は数年前に身罷られたため、長女ドリスが女主人代理として支えているとのことだ。一緒に来ているイリスが次女、その下に双子のアリスとジョイスがいる。
「二人は先に領地へ戻ったんです。領地の新年の祭に顔を出さねばなりませんので」
「まぁ、そうですか。可愛らしいお二人とも話してみたかったので残念ですが。でも冬に祭をするなんて、とても興味深いですわ。ドリス様イリス様、ぜひ辺境の事をこの機会に教えてくださいませ」
辺境に興味をもってもらい嬉しかったのか、やっとドリスが笑顔になった。
「侯爵家のエルサ様にそのように言っていただけて光栄です。私達も母が亡くなってから王都に来ることがなかなか出来なかったので、滞在中にいろいろ学びたいと思っているのです」
嬉しい!
ここに来てエルサの心のテンションはマックスである。すでに気持ちは辺境の地の自然へ向けて出発している。
エルサが冬の祭についていろいろ聞いていると、オレリアやアンナも普段辺境の話を聞く機会がないので、自然と輪に加わった。
いつもは同じお茶会に出席していても、高位貴族のみで固まるのはあまり良しとされないため、実はこの光景はとても珍しい。母親たちはそんなエルサを中心として新たに出来た輪を、温かく見守っていた。
しばらくして王妃が入る合図があると、
一斉に入り口を向き、カーテシーをする。
「皆様ごきげんよう。この一年も素晴らしいものになりますよう」
そういって、王妃はにこやかに席に着いた。
「もう挨拶はすんでるかしら。辺境伯のご令嬢達は先日の夜会が初めてだったわね」
「は、はい!王妃様、私達までご招待いただき誠にありがとうございます」
代表でドリスが挨拶したが、とても緊張しているのが分かる。
「辺境を守る大切な貴族だもの。機会があるときに皆と顔合わせができて嬉しいわ」
「辺境伯は再婚をするつもりがないようだし、次期夫人として困ったことがあったらぜひ相談してね」
世話焼きのヤシール公爵夫人の言葉である。
「あああありがとうございます!」
国の最高位の女性二人に話しかけられて、ドリスはもう倒れそうである。
この国の王妃ローズは、帝国の血を引く透明感のある色素の薄い肌と美しい知的な容姿、そして結婚するまで王女でありながら研究者としても活躍していたということから、学問の女神と呼ばれている。
王に対して時に意見し、自ら行動をおこし、しかし絶対的なところで王を信じて支えているその姿に、臣下や国民の信頼は厚い。
お茶会でも年齢問わず話を聞き、間違っていることは正されるが、感情的に怒る姿は見たことがない。本来なら不敬ととられそうで言いづらいことでも、お茶が終わる頃には全て話してしまう雰囲気がある。
美味しいケーキを食べ終え、お茶のおかわりをいれた侍女が下がったのを見て、王妃が話しだした。
「そろそろ本題を話さなきゃね。今日集まってもらったのは実はね、ウィリアムの結婚についてなの」
急な流れに令嬢達は手を止める。
「帰国したばかりだけど、もうすぐ18、成人でしょ。あまり長く相手を決めないと、国内の貴族の結婚もまとまらないし」
政略結婚は減ったとはいえ、娘を王家に嫁がせたい親や、夜会でウィリアムを熱い目で見ていた多くの令嬢は、王太子の婚約者が決まるまで他とは縁を結ばないだろう。
「アーサーも私も、ある程度の爵位と、それに見合った振る舞いができることは前提として、出来るだけ本人の希望した人を迎えるつもりでいたの。でも、昔からずっと、どのご令嬢にも興味を示さなくてね。幸い帝国との関係が守られている今は、外国との縁を繋げるために結婚させなくてもいいし。それならここにいる、私が信頼しているご令嬢の誰かと仲良くなってほしいなって、ついこの間までは考えてたんだけど…」
そこで言葉を切りまっすぐエルサをみる。
「先日の夜会を見て、皆も気づいたと思うけど。エルサさん、王妃にならない?」
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