新年
「はっ」と気がついたときには、
年が明けていた。
今は王宮の夜会の次の日の朝。
新年最初の日である。
王太子とのダンスのあと、エルサは「国王に話があるから残る」と言う父から弟に託され、連れ去られるように馬車に乗せられ帰宅した。
夜も遅かったのでそのまま侍女に任せて湯あみをし、寝てしまったようだ。
しっかり寝たので疲れはとれたが、まだ頭のなかは整理できず、ぐるぐるしている。
王太子殿下は何を考えていたのかしら。
最初はあんなに無表情だったのに。
まさか私の顔が好み…ってことも無さそうよね。
エルサに一目惚れして、褒め口説いてくる輩は多いが、ウィリアムはエルサの容姿について一切言及していない。
それに口説かれてもいないのに、初めて会った殿下をそんな方だと決めつけるのはよくないわ。
きっと、そろそろ踊らなければと思った時に、近くにいたのが侯爵家の私だから、誘っても問題ないと思ったのでしょう。
自国の夜会は初めてだとおっしゃっていたから、前半は緊張してらしたのかもね。
でも、
ダンスの最後に手の甲に口づけられた事を思い出し、枕に顔を伏せる。
あれはまるで小説の王子様だった。
いや、実際に王子様だけど。
不意打ちすぎる!
公的な場での挨拶としてはなくもないが、あくまでも挨拶の一環である。ダンス後に抱き合ってするものではない。
高位貴族であるエルサは、褒め口説かれこそすれ、上からリードされることには耐性がない。
考えすぎるとまた悶える事になりそうなので、気持ちを切り替え、着替える為に侍女ミーナを呼ぶことにした。
「おはようございます、エルサ様。よい一年になりますように」
「おはよう。ミーナも素敵な一年になりますように」
昨夜はボーッとしていてあまり話ができなかったので、心配そうな顔をしているミーナに笑顔で答えれば、ほっとした表情になった。
二人だけの時は気軽に話しているが、このタイミングであれこれ聞いてこない優秀な侍女に、心の中で感謝する。
さて、朝食をとるためダイニングルームへ向かいドアを開く。
神妙な顔の父と弟、そして優しく微笑む母の3人がこちらをみていた。
「お父様、お母様、リヒト、おはようございます。よい一年になりますように」
3人に挨拶をすれば、父が代表で返してくれる。
「おはよう。エルサにとって素晴らしい年になりますように」
席につき、食事が始まる。
カチャカチャと控えめなカトラリーの音だけが広い部屋に響く。
新年だというのに、この気まずい空気はなんだろう。やましいことは何もないのに、皆の視線から自分が原因のような気がしてならない。
「うぉっほん。さてエルサ、昨日はよく眠れたか」
漸く父のわざとらしい咳払いで会話が始まった。
「はい。疲れていたのかぐっすり眠りました」
「そうか。エルサを疲れさせるなんて生意気な」
聞こえないほど小さな声で返事をする父は、あまり眠れていないのか、目の下に隈がある。
「お父様こそ、大丈夫ですか? そういえば、昨夜はお父様は帰られたのは遅かったのですか?」
「いや、アーサーと少し話をしてすぐにソフィアと帰ってきたよ」
「…そうですか」
アーサーというのは国王の名前である。
公的な場では絶対にあり得ない呼び方だが、学生時代からの友人として、私的な場ではごく稀に本人に対しても呼んでいる。
…主に腹をたてているときに。
沈黙が続く。
仲の良いプリマヴェラ家の食卓としてはかなり珍しい。
耐えられず、エルサが声をかける。
「リヒトは初めての年末の夜会だったけど、良い出会いはあったのかしら」
「ないよ。何人かとは誘われて踊ったけど、途中からそれどころじゃなかったからね」
怒っているわけではなさそうだが、じとりとした目で見られているのが気になる。
「?」
「んもう! エルサ! あなたのことよ。ウィリアム殿下に突然エスコートされて踊りだすんだもの。ビックリしたじゃないの。いつの間に親しくしていたの?」
「ソ、ソフィア。し、した、親しくなんて…してないだろう?」
父の動揺がひどい。
「お母様。ただ夜会でお話しして踊っただけですわ。お顔を見たのも昨日が初めてです。接してみればとても話しやすい方だとは思いましたが、親しくというには語弊があるように思いますわ」
「「話しやすい…?」」
父とリヒトの声が重なる。
「ええ。笑顔で話して下さいましたよ。もしかしたらお仕事中は厳しい方なのかもしれませんけど。王太子殿下があのような方で臣下として誇らしく思いましたわ」
「… 」
確かに優秀で将来の王として信頼はできる。
しかし、その仕事以外こそ他人を寄せ付けず、エルサの言う「話しやすい方」とは正反対で通っていたはずなのだが…
今、誰の話をしてるんだっけな…?
父の意識は一瞬だけ遠のく
「そういえば、リヒトこそ殿下に話しかけられているのを見かけたわよ」
「あれはっ…王宮で挨拶したときに覚えてもらっていただけだよ」
「あら、うちの子達は知らないうちに顔を広げているのね。さすが私とシリウスの子だわ。誇らしいわね、シリウス」
笑顔の母に、「ソフィア…もう一人?」父がもじもじし始めた。
何度も言うが、外では非常に優秀な父である。
「こほん。そういうわけで、お父様やお母様が考えているようなことは、残念ながらありません。夜会ですもの、殿下だって私だけと踊ったわけではないでしょう?」
エルサは見ていないが、あの後もしばらく夜会は続いていたはずだ。
「たしかに王太子殿下はあの後、他の侯爵令嬢とも踊られて、早めに退場された」
父の答えに、やっぱり最初から侯爵家と踊る予定だったのねと納得する。
頭のモヤモヤは消えたが、今度はなんとなく心がモヤモヤする。でも、それで良いのだと、エルサはそっと蓋をした。
「あなたが国王に他の令嬢とも踊るように進言したんでしょ。でもねエルサ、王太子殿下が表情を変えたのはあなただけよ。2曲踊ったのもあなただけ。どういう理由からかはさておき、きっと今年は忙しくなるわよ」
最後に爆弾を落とす母。
「で、殿下はフレーメ国では夜会は初めてと仰っていたから、きっと知らないのです」
「そうかしらね(留学先の帝国も2曲踊ることの意味は同じなのだけどね)」
母は最後まで笑顔で、
父と弟は何とも言えない表情で、
新年最初の食事を終えた。
年が明けたといっても特にすることはない。
そのまま部屋に戻る気分ではなかったので、エルサは屋敷の図書室に寄ることにした。
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