冬のはじまり
冬が近づいてくるのを、
エルサは母の忙しさで感じた。
「エルサ! リヒト! 明日朝には出発するのですから、あまり夜更かしして体調を崩してはだめよ。あと、そこにあるものはこちらへ置いておくから持ち出さないでね。カルダム! 頼んでおいたあれだけど…」
はたから見れば、けして急いでいるように見えないのに、母は私たち姉弟のいる居間へ入ったと思ったら、執事の名前を呼びながら一瞬で消えていった。
エルサの目には母の残像しか見えない。
(いつも優雅に見えるけど、すごい速さ。お母様のあのドレスの中は、筋肉隆々かつ忍び技術を持った小人達が、下から担ぎ上げて運んでいたりして)
「ふふっ」
汗だくマッチョな小人が、優雅に足を組んで座る母の足腰を、お互い切磋琢磨しながら静かに素早く運んでいる妄想に、思わず笑ってしまう。
それは、初めて見た人ならば、
息をのむほど美しい微笑みだった。
エルサ・プリマヴェラはフレーメ王国の侯爵令嬢である。
艶のある豊かな茶色の髪に、長い睫毛と儚げな印象ながらも、大きな薄グレーの瞳。全てのパーツが理想的に並ぶ白い肌は、まるで花の妖精のようだと他者からは評されている。
しかし、
「姉上、また変な妄想してるでしょ。
焦点が合ってないよ、戻っておいでよ」
弟は騙されないのである。
一緒に横で本を読んでいた、同じく茶髪に、知性的な美しい顔をした弟のリヒトが、姉より少し濃いグレーの瞳を細めて、怪訝な顔で覗いてくる。
「もうっリヒト。私の観察しないでっていつも言ってるでしょ。部屋へ戻るわ、あなたもほどほどにね」
母のスカート下の妄想から戻ったエルサは、控えていた侍女のミーナに本を渡し、少し動揺しながらも、やはり端から見れば優雅に立ち上がり居間をあとにした。
ここフレーメ王国の多くの貴族は、春から秋までは領地で過ごし、雪が降る前に王都の屋敷へ移動する。
そのまま王宮へ出仕しつつ、年末年始はさまざまな夜会で貴族としての交流を深め、また、春には領地へ戻るのだ。
侯爵家であるプリマヴェラ家は、フレーメ王国の高位貴族である。
侯爵の上の公爵は、王族が臣籍に降りたときにのみ使われるので、実質国内の貴族の中では侯爵が一番上。
さらにエルサの父、シリウス・プリマヴェラ侯爵はフレーメ国王と学生時代からの友人であり、領地で行っている様々な改革のおかげで納税も多いため、議会では大臣席を賜り発言力も大きい。
まぁその分妬まれたりもするが。
外では隙を見せない父シリウスにとって妻のソフィア、娘のエルサ、息子のリヒトは心のオアシスであり、目にいれても痛くないほど愛する家族である。
その父はひと足先に、秋の議会へ出席するため旅立った。しかし家族がいない王都の屋敷に堪えられないと使者を寄越したため、予定より早く、家族も合流することになったのだ。
といっても、プリマヴェラ侯爵領は王都から東へ馬車で半日ほど。貴族領としてはかなり優遇された場所だ。
「お父様ったら、私たちが行かないと領地に帰るだなんて。せっかく今年イチオシのワインを広めてもらおうと思ってるのに。ミーナも準備急がせちゃって、悪いわね」
部屋に戻り、エルサはミーナと荷造りの最終確認をする。
ドレスや宝石、必要なものは王都の屋敷にも十分にあるが、身の周りのものや、付き合いのある他貴族への土産など、持っていくものも多い。
もちろん、そのほとんどは母ソフィアと、侍女長リーナの指揮のもと、屋敷で働く者達によって、既になされている。
ちなみに侍女長リーナの娘、ミーナが、エルサの専属侍女である。
「エルサ様、大丈夫ですよ。奥様と侍女長から、おそらく出発が早まるだろうと言われておりましたから」
「だよね。私もそんな気がしてた。
そろそろ寝るわ。明日もよろしくね」
「はい。おやすみなさいませ」
家族内では残念な、愛すべき父、という共通の認識である。
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