天界の宮殿
白い大理石が差し込む陽光を反射して、鏡のようにうっすらと周囲のものを映し出す。それはまるで薄氷のよう。
その床が惜しげもなくずっと続く回廊から見える庭は、緑に溢れ、鳥の囀りも聞こえた。
「如何されましたか?」
案内役の妖精族の侍女が、足を止めたロンフォールへ振り返った。
「いえ……失礼しました」
龍帝従騎士団の妖精族の侍女より、ここの侍女は、だいぶ落ち着きがあって貫禄もある。浮世離れしている、とでもいえばいいのか。
「相変わらずでございますね」
何度か来ていて、ここの四季のいずれも見てきたが、やはり思わず足を止めてしまう。心を引き留めてやまない何かが、庭だけでなくあらゆるところにあるようなのだが、それがなんなのか、ロンフォールにはいまだにわからない。
__この場所の全てが、浮世離れしているのかもしれない……。
この場所は、外界から隔絶されているのは確かだ。
帝都の上空の遥か高みにあって、棲んでいる者や踏み入れる者は限られている。
「なかなか来られないですし、ここの庭は見事ですから」
くつくつ笑って言うのは、相変わらず龍の頭蓋の兜を被り、本来ならその上に被る龍の面のような兜は小脇に抱えた元帥。その横には、第一礼装に身を包み、兜を小脇に抱える団長がいた。
「手入れされているはずなのに、自然のままで……とても庭とは思えないからな」
「上に住む我々の手慰みのようなものですが」
この高天原には、山も湖も谷もある。下界の首都州マルクトの面積とそう大差なく、地形もほぼそれという。
限られた者のひとりである彼女に、さあ、と長い腕を伸ばして先を促すその緩やかな所作に誘われ、歩みを再開した。
人の気配が感じられない回廊に響く、軍靴の音と甲冑の金属音。その無機質な音の合間合間に、鳥の囀りが彩りを添える。まるで、帝都の二苑の森を歩いている時のようである。
回廊を進んだ先には、大きな観音開きの黒い扉が、あらゆるものを拒むように聳えていた。
「得物の類は、こちらへお預けください」
侍女の言葉に応じて、3人はそれぞれ腰の得物を預けた。元帥と団長がその前に跪き首を垂れるので、ロンフォールもそれに倣う。
そして、妖精族の侍女が立礼をとると、いかにも重そうな音を立て、観音開きの扉が開いた。その扉を開ける番人のようなものは、扉の外にも内側にもいない__まじないで開くらしい。
一同は扉が開き切ると、すっくと立ちあがる。
得物を押し抱くようにして侍女は一歩さがり、一行を進むように促すので、それに従って、長細い空間__謁見の間へ足を踏み入れた。
目立った照明がないにもかかわらず、中は明るい。白い大理石に外の光が反射して、光が空間全体に広がっているからだろう。まるで、光が反射する清涼な水の中にいるような錯覚に陥る。同時に、脚付き香炉から紫煙が昇っているから、靄の中にいるようでもあった。
その空間にはすでに先客がいた。教皇と大賢者、そして各州侯の面々だ。
玉座にむかって馬蹄型に広がる長い卓。その中央をふたつに割った形で広く通用をとし、左右に配された椅子に腰を据えた彼らの中、見知った人物をロンフォールは見つけた。
__ネツァク州侯ビルネンベルク侯爵夫人……。
九州侯の中に、天を突くような立ち耳の白い獣人と視線が交わる。すると、獣人はとても上品に、淑女然とした笑みを向けてくる。
ロンフォールは、小さく目立たないように、視線を伏せるようにして挨拶を返した。
彼女の長男がダアトの前の元帥だったロンフォリオン・フォン・ビルネンベルク卿。独自に手助けになるだろう、と配下としてブラウシュトルツ卿を遣わした張本人だ。
そして、馬蹄型に配された座よりも最奥に、階のある台が鎮座していた。その上には固そうな石でできた椅子があるはずだが、今は天井から垂れる薄絹に遮られて確認できない。
そこは、高御座__玉座である。
靄の中にあって、その玉座はまさしく天界のもののようである。
階の下には、角の生えた少年。身なりは、やんごとなき身分を思わせる、蓬莱のそれに近い。
__天麒。
麒麟の片割れの雄。
表情のない少年は、目を伏せ、軽く会釈を新たな面々に送る。
3人は足を止め丁寧な礼で応じ、先客たちの視線を受けつつ、その階の前まで進んだ。
置かれていた円座にそれぞれ並び、元帥は片膝をつく。元帥以下の身分である団長とロンフォールは、両手をついて額を冷たい大理石の床へつける、最高の礼である叩頭礼をとった。
「元帥以下、リョンロート団長、レーヴェンベルク中隊長。仰せにより、罷り越しました」
「面を」
ダアトの言葉に、高御座__その下に控える麒麟が、朗々とした声で短く命じた。
薄絹が覆う高御座に、椅子に腰かけた人影は見えるが、どういった人物かまでは伺うことができない。
蓬莱の御簾と同じ役割があって、龍帝はその人相を表に出すことはほぼないのだ。そして、直接言葉を発することもなく、麒麟が変わって言葉を伝えている。
階の下の近臣に言の葉伝える君__故に、陛下、とされる。
「今、色々と話し合っていたところ。方針としてはほぼ決まった」
ロンフォールが帝都へ戻って、即日、話し合いがもたれたらしい。
まずは、出奔者の処遇。これは、元帥と団長のお陰で、極秘の任に就いていたということで、お咎めはなしであった。
次に、ノヴァ・ケルビム派への評価が、ロンフォールの内偵をもとに行われた。__その結果が決したのだ。
「……だが、卿らの報告を改めて吟味したい、と陛下の仰せである。__レーヴェンベルガー」
「はっ」
天麒の呼びかけに、ロンフォールは背筋を正した。
「ノヴァ・ケルビム派は、導師が未だ昏倒しており、導師そのものの評価はできません。ですが、行動をともにする者たちの行動や言動をみるに、我々がこれまで抱いてきた危惧は、いささか過ぎたものと思います」
「彼らは共存共栄を強く望んでいる__そういうことでよいのだな?」
「御意。ですが、禍事の神子の処遇について、我々のやり方には不満を抱いている様子でした。我々ヒトだけでは、手に負えない上、あの処遇は不憫でならない。故に、上位種である片翼族__ノヴァ・ケルビム派を率いる導師の下で庇護するほうが妥当、という主張もございます」
背筋を伸ばし、すっ、と鼻先で玉座の方を見つめていた教皇が、わずかにロンフォールの方へと視線を向け、再び戻す。
教皇は女性。歳はロンフォールより若く、16のはず。しかしながら、冴え冴えとした視線で、感情の起伏がほぼ無い__というのがロンフォールの印象である。理性と感情を切り離しきった存在。特にこの教皇は、それが顕著だ。
「卿は何と申したのだ?」
教皇は、冷たい印象を与える声で抑揚なく問うた。
「そのあたりについて、譲れない点であることは、申し伝えてあります。信用がならないのですから」
「敵ではないが、味方でもない__と」
是、と天麒の言葉にロンフォールは頷いた。
収穫が少なかったことは、とても残念なことだ。特に導師について、探りを入れようにも限度があった。
天麒は、背後の薄絹の向こうを振り返って丁寧に頷き、改めてロンフォールを見、次いで一同を見渡した。
「我々帝国は、ノヴァ・ケルビム派に対して、危険視することはいささか過ぎたことであると認め、今後はある程度の距離を保ち、彼らの動向を見守る__よろしいな」
少年の姿にはそぐわないほど、はっきりと言い放つ声は、明瞭であった。
一同は静かに頷き、元帥もまた片膝をついたまま面を下げた。ロンフォールと団長は、再び床に額を付け叩頭礼をとる。
「これにて、終いとする」
天麒が言い放った刹那、香炉から立ち昇っていた紫煙が、一度膨らむように爆ぜ、その後何事もなかったように立ち昇らなくなった。
再び皆が一礼して静かに席を立ち始め、ロンフォールもそれに倣って立ち上がろうとした瞬間、天麒が声を上げた。
「団長、元帥、レーヴェンベルク卿はそのまま待て」
その場にいた面々、驚きに動きを止める。
煙が途絶えるということは、この場はまさしく終わりを迎えたことを表していて、皆に立ち去るよう促している合図でもあったのだ。
それでも彼らは、地位ある者として、すぐに平静を装って静々と部屋を後にした。
響く扉の重い音を背中に聞きながら、目の前の薄絹を見つめ言葉__指示を待つ。
天麒が高御所の横に位置する、物陰に隠れるようにしてある扉へと視線を映すと、扉が開かれた。
その扉から姿を見せたものに、ロンフォールは瞠目し、我が目を疑った。
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